新連載「弧 愁」について
この度関係者の協力を得て霊長類フォーラム(PF)が新たな形でスタートすることになりました。オンラインを介した情報交換が特別視されていた時代はあっという間に過ぎ去り、片手打ちのワープロ操作者でもインターネットからの情報入手が不可欠になりつつあります。PFの衣替えを契機として、これまで以上に活発な情報交換の場としてPFが機能することを心から期待しています。
新たにスタートするPFに新しい連載読み物をお届けすることになりました。「集団遺伝学講座」を担当されている安田徳一先生の「弧愁」です。
「集団遺伝学講座」開始にあたって「前書き」にも書きましたが、安田先生とは20年近く前に当時の放射線医学総合研究所の遺伝部でお会いしたのが始めで、その後カニクイザル繁殖育成集団の遺伝的コントロールの具体的方法や解析方法などで大変貴重な意見をいただいてきました。
いつ頃からかは忘れましたが、筑波で日本遺伝学会が開かれた折りに単身で霊長類センターを訪ねられ、笠間まで足を伸ばして話をしたのがきっかけになって、一年に一回(最近ではお盆の時期が多くなりましたが)千葉から筑波に遠出されてお話をうかがうことが慣例化しています。時にはセンターの研究室や廊下で、時には万博公園で、また何年に一回は筑波山程度に遠出して、丸一日お話をするだけですが、先生の話される想い出話がすこぶるおもしろく、同じ話をほぼ毎年聞かされているにもかかわらず、毎年話に引き込まれる経験をしています。
岩波新書に木村資生先生の「生物進化を考える」という名著があります。その前半部の「生物の多様性と進化の考え」と「遺伝学に基づく進化機構論の発達史」は統計遺伝学や集団遺伝学の成り立ちを知る上で大変よくまとめられています。ラマルク、ダーウィン、メンデルなどの名前は知っていましたが、フィッシャー、ホールディン、ライト、クロ−といった集団遺伝学の大御所の存在を知ったのはこの本のおかげでした。この本にはこれら集団遺伝学の巨星達のスナップ写真が挿し絵で入っていて、集団遺伝学の発達と新しい進化理論の構築がほんの数十年前のできごとであることを生々しく実感させてくれる大変印象深い読み物でした。
安田先生との話の中にはこの写真に登場する木村、ライト、クローなどという大御所の名前が至る所に登場し、その個性や人格などが生き生きと語られます。出会いのエピソードなどはそれだけでドラマです。これら集団遺伝学の巨星達と数年間日常をともに過ごした日本人研究者もそう多くはないでしょう。毎年お聞きする話に年毎の矛盾がなくほぼ完璧なストーリーになっていることは、安田先生にとってこの時期の思い出がよほど強烈であった証です。
昨年の夏に例年のように1日お会いして、古き良き時代の話をうかがっているうちに、これらの思い出を文にしてもらってフォーラムに連載することを思いつきました。物語としても大変おもしろい読み物になると考えたからです。しばらく逡巡されていましたが、フォーラムの衣替えの目玉という殺し文句で引き受けてもらいました。
安田先生にとって懐かしい回顧が、フォーラム会員にとって一級の科学史になればこれに越したことはありません。私の手元にはすでに数編の原稿が送られてきています。毎回の締めは連載物に必要不可欠な次回を期待させずにはおかない巧妙な文章で終わっています。
初回をお送りしますので、今後の連載を期待してください。
筑波霊長類センター、寺尾恵治