第20回 ハワイの人々 (04/01/2005)

6.9. ハワイの人々

1.  ハワイは人種の坩堝だという。もともとの先住民はポリネシア人、いわゆるハワイ人が住んでいた。キャプテンクックによりハワイ島の存在がヨーロッパに知られ(1778年)てから、世界各地からいろいろの民族の人々がやって来た。なかでもハワイの文明ともいうべき精神、文化、産業の開発発展の礎としてもっとも大きな功績を残したのは米国伝道団(ミッショナリー)であろう。カメハメハ2世の治世の頃で、タブーの偶像崇拝の陋習の排除やキリスト教を導入した。女性にムームーを着用するようにハワイ人に求めたのもこの頃であったという。山野を覆っていた白檀の濫伐が行なわれたのは1791年頃に始まり、最盛期が20年くらい続いて今日では白檀の面影は何処へ行ったらみられるのだろうか。

アメリカ合衆国の南北戦争が勃発で合衆国北部への砂糖の供給が叫ばれ、ハワイは農業立国として砂糖工業に労働力を補充する必要に迫られた。ポルトガル人、中国人、フィリッピン人、日本人、プエルトリコ人、韓国人など世界の各地から労働者が集められた。以下の報告は3種類のデータによる。第1は1948年から1958年迄の10年間の出産(死産を含む)記録と両親の出生証明書(民族の分類が記載されている)。第2はハワイ血液銀行が保存していたABOとRh血液型の記録。これはパールハーバー・アタックに際して大量の血液が必要となり調査記録したものである。第3の資料はMorton先生らが直接調べたニイハウ島の人達についてのデータで、1950年における人口222人のうち159が「生粋」のハワイ人だという。

1. Chung CS, Morton NE & Yasuda N, 1966. Genetics of Interracial Crosses. Ann New

York Acad Sci 134: 667-687.

2. Morton NE, Chung CS & Mi MP, 1967. Genetics of Interracial Crosses in Hawaii. Karger.

3.  安田徳一、1971. 人間の混血。遺伝25(9): 37-42. (解説)

1860年頃のハワイの人口はほぼ8万人で非ハワイ人はほんの一握りにしか過ぎなかったのだが、1960年代の人口は60万人を越えている。人種の分類には多少なりとも主観が入るが、年ごとにハワイ人が減り、したがって混血ハワイ人part-Hawaiianが増えて、混血ハワイ人が他の民族との生物学的な橋渡しをしている様子が伺える。1948年頃になると、1958年までに出産した子どものうち混血ハワイ人が35%にもなり、両親の世代の約2倍になる。ハワイ在住の主たる構成は白人、ハワイ人、中国人、フィリッピン人、日本人、プエルトリコ人、韓国人の7民族である。これらの民族間の婚姻により21通りの2民族混血が起こり得るし、さらに7民族以外の混血ハワイ人との婚姻を加えると900通りの民族間婚姻があり得るが、実際には520通りが報告されている。

混血の模様は遺伝子マーカー、特に祖先集団間で頻度の相違が顕著な遺伝子を利用するとよい。ABO血液型のB遺伝子、Rh血液型のD遺伝子は共に白人で低く、アジア民族で比較的高い。各民族の母国におけるそれぞれの遺伝子頻度を基準として、ハワイ在住の混血集団の遺伝子頻度を調べてみたところ多くは相違がなかった。しかし、ハワイ人と中国・ハワイ人とで違いが見られた。B遺伝子について言えば、ハワイ人では1810年頃の皆無から1950年まで漸次直線的に増え8%となっているが、中国・ハワイ人は1890年頃の20%から1950年の12%に落ちている。その間白人・ハワイ人のB遺伝子は10%とほぼ一定である。おそらくハワイ人と自称する人達は混血していると考えられ、いくつかのマーカー遺伝子を用いて混血の度合いを計算したところ、白人が8%、中国人が14%、ハワイ人が78%という結果が得られた。すなわち「生粋」のハワイ人と言いながら22%は他民族の寄与があるといえよう。またハワイ人と中国人の混血(ハワイ・中国人)でB遺伝子の頻度が基準より低いのは、ハワイ・中国人が中国人よりもむしろハワイ人と婚姻するチャンス(ハワイ人へのbackcross)が多い事実からも頷ける。

ハワイ群島の東北端にあるニイハウ島は現在R一家の私有地で、ハワイ先住民がほぼ隔離された状況で生活しているという。Dr. CS Chungによると通常の観光客は入島することはできないとという。彼等の学術調査によると、A型25人、B型15人、O型16人、AB型3人とB遺伝子がかなり高い頻度であった。ポリネシア族には元来B遺伝子がないというので、おそらくある時期に混血によりB遺伝子が導入されて、その後遺伝子頻度の機会的浮動が起きたのではないかという。このニイハウ島もキャプテンクックによって発見されたのだが、その後20世紀初頭までごくまれに船が寄る程度で外部との接触はほとんどなかったという。しかし1941年(昭和16年)12月7日突然の訪問者が空からやって来た。それはニイハウ島に不時着した日本人パイロットである。当時、外部のニュースは週に一度来る船で伝えられるのみだったので、住民は戦争が始まったことなどまったく知らず彼を手厚く保護した。ところがこのパイロットは逃げ出し、あまつさえ銃を撃ってきたので、一人のハワイ人が彼の頭を石垣に激しく打ち付けてしまった。次の便船で戦争のニュースが伝えられ、この事件が明るみに出てそのハワイ人はその勇敢な行為で勲章をもらったという。その彼も調査された59人の一人である。彼がB遺伝子を持っていたかはついに聞きそびれたが、この話しは隔離の状況をよく伝えている。

混血による遺伝変異の分析には、実験生物の量的形質でよく用いられるdiallel crossの方法を拡張して、観察された 2民族間婚姻を主体としたいわゆる総当たりダイアリル交雑extended diallel crossingのモデルで行った。このdiallel crossは婚姻相関の影響を避けるために工夫されたものである。3民族以上の混血もハワイで観察されるので、さらにF1、E2での効果も分析することができる。遺伝学的に混血の効果というと、それぞれの民族の特徴的な量的形質が混血により、F1、E2でどう変化するのか。異なる遺伝子プールの組合わせで「不調和」が生じるのではなかろうか。あるいは「雑種強勢(ヘテローシス)」が起こるのではないだろうか。この調査からいずれの効果もハワイでは観察さはれなかった。詳しくは前出の2原著を参照されたい。

たとえば記録された先天性異常の総頻度については母親の年令による差異はあったが、民族差はなかった。しかし特定の先天性異常では民族特異性がみられた。脊椎破裂は白人でも最も多く、先天性内反足がハワイ人に多く、口蓋裂±兎唇は日本人に多かった。これらの違いは母親の帰属する民族より父親の民族によるところが大きく、民族差はむしろ非遺伝的なものと考えられる。混血による影響はみつからず、このことから特定の先天異常がいくつかの遺伝子座で劣性遺伝子がホモになって出現するという仮説は除外されよう。脊椎破裂の出現頻度を調べると環境の影響が著しいことが分かる。たとえば、白人と日本人の出現頻度(10万人あたり)はつぎの通りである。

日本本土の日本人 21
> χ2= 8.5
ハワイの日本人 49
> χ2= 3.6
ハワイの白人 82
> χ2= 5.7
米本土の白人 129

これをみると、日本人も白人も出身地での出現頻度がハワイにおいて収束する傾向がみられる。同じような傾向が後のがんの疫学研究(Nihonsan-study)で女性の乳がんや男性の胃ガンなどの出現頻度でもみられたという。そのリスク因子として前者についてはブタ肉?の脂肪摂取量が、後者では漬物などが指摘されている。当時、遺伝学部の院生は一つの大部屋を仕切ったいくつかのコーナーに2人ずつ詰め込まれていたが、同じ部屋の一角でその疫学研究のインタビューが行われていた。何人かの日系の女性が英語と日本語をまぜながら、朝食の味噌汁は何杯とるのか、たくわんは何切れ食べるのか、昼食のメインデッシュは肉か魚かとなどと、これまた良く聞こえる声が今でも耳に残っている。日本のがん疫学の第一人者 富永祐民 先生に御会いしたのもその頃である。

 妊娠初期胎児死亡、死産、新生児死亡についても民族やその文化・習慣の影響が考えられるが、回帰分析の結果、それぞれの出現頻度への混血の影響は見られなかった。また、赤ちゃんの生後1年以内の生存率は出産時の体重の(上に凸の)2次関数で表わされる(Karn MM & Penrose LS, 1951. Ann Eugen 15: 206-233)ことはよく知られた事実であるが、これは未熟児も過熟児いずれでも死亡率は高く、したがってもっとも生存率の高いいわゆる最適体重というものが考えられる。最適体重は単なる平均値よ

若干重いことが知られている。民族間の相違を調べるため、民族それぞれの出産児について調べたところ次の結果が得られた。

人種 平均体重(g) 最適値(g)
白人 3281 3678
ハワイ人 3252 3646
日本人 3116 3502
フィリッピン人 2981 3358

 

周産期死亡と新生児死亡の頻度を(出生時体重の2次関数)への回帰分析を行った。フィリッピン人の赤ちゃんと白人の出産時体重を比べると、同じ体重なら、フィリッピン人の赤ちゃんの生存率がより高いことがある。このことは、ハワイのように多民族社会では一律に未塾児とする基準体重を決めてしまうのは考えものであるということが示唆されよう。日本の病院ではどうなのだろうか。今日、多くの外国人が日本にやって来ていることだし、このようなデータはそれぞれの出身国で整っていればそれを参考にする必要は十分あるのではなかろうか。

 

結論:18万人のデータから混血による遺伝子プールの不調和やヘテローシスは見つからなかった。