安田徳一{YASUDA,Norikazu}
11.4 突然変異遺伝子の固定するまでの時間(世代)
有限集団に現われた突然変異遺伝子はその多くは消失するが、あるものは固定する。Fその固定する確率については前章で述べた。次に興味ある問題はそれが固定するまでの時間あるいは消失するまでの時間である。集団内での遺伝子の置き換えは種の進化にとって重要なことと考えられる(Muller 1922)から、まれな突然変異遺伝子が、消失するものを除いて、固定するまでの時間が平均してどのくらいであるかを予測することは生物進化を考える上でたいへん興味深いことである。
11.4.1 後ろ向き(拡散)方程式によるアプローチ(Kimura & Ohta 1969a,b)
N個体からなる2倍体の集団で、突然変異遺伝子gの頻度をp、その対立遺伝子の頻度Gを1-pとする。u(p,t)をt=0での頻度pの突然変異遺伝子がt時間までに固定する確率としよう。第t時間後に突然変異遺伝子gが固定する確率は
∂u(p,t)/∂t
と表わすことができるから、
T1(p)=∫t{∂u(p,t)/∂t}dt
はt=0での頻度がpの突然変異遺伝子がt時間までに固定するのに要する平均時間(世代数)である。ここで積分の範囲は(0,∞)である。t時間以前に消失するものを除くと
t1(p)=T1(p)/u(p)
ここにu(p)=u(p,t→∞)である。
すでに第29回講座でu(p)は求めているから、ここではT1(p)が得られればよい。
後ろ向きの方程式の各項をtで微分し、それぞれの項にtを乗じ、最後にt∈(0,∞)の範囲で積分する。結果を数式で表わすと次のようになる。
∫t{∂2u(p,t)/∂t2}=(Vp/2)∂2{T1(p)}/∂p2+Mp∂{T1(p)}/∂p
左辺は部分積分の公式から、-u(p)となる。ただしt{∂u(p,t)/∂t}の項はt=∞で0になるものとする。したがって、T1(p)について次の常微分方程式が得られる。
∂2{T1(p)}/∂p2+(2Mp/Vp)∂{T1(p)}/∂p+2u(p)/Vp=0
境界条件は
t1(p→0)=正の定数
t1(1)=0.
最初の条件については若干の説明が必要であろう。有限集団に現われた突然変異遺伝子が有限の時間で固定するにはp→0のときT1(p)→Kp (K=定数>0)となることを表わしている。第二の条件はp=1はすでに固定している状態であるから、単に固定するまでの時間は0であることを表わしているに過ぎない。
これらの境界条件の下で、この常微分方程式を解くと
T1(p)=u(p)∫ψ(y)u(y){1-u(y)}dy + {1-u(p)}∫ψ(y){u(y)}2dy
ここで右辺第一項の積分範囲は(p,1)、右辺第二項の積分範囲は(0,p)である。また
ψ(x)=2∫G(y)dy/{VxG(x)}
である。この式の積分範囲は(0,1)で、
G(x)=exp{-∫(2My/Vy)dy} {積分範囲は(0,x)}。
したがって最初の頻度がpの突然変異遺伝子が集団中に固定するまでの平均時間t1(p)は次のようになる。
t1(p)=∫ψ(y)u(y){1-u(y)}dy + [{1-u(p)}/u(p)]∫ψ(y){u(y)}2dy
(右辺第一項の積分範囲は(p,1)、右辺第二項の積分範囲は(0,p)である)。
また固定するものを除きいて、最初の頻度がpの突然変異が集団から消失するまでの平均時間t0(p)は次のようになる。
t0(p)=[u(p)/{1-u(p)}]∫ψ(y)u(y){1-u(y)}dy + ∫ψ(y){u(y)}2dy
{右辺第一項の積分範囲は(p,1)、右辺第二項の積分範囲は(0,p)である}。
上記の2式でp=1/(2N)とおけば新たに出現した1個の突然変異遺伝子の固定あるいは消失までの平均時間が得られる。ここでNは集団の実際の大きさである。
11.4.1 特別の場合
- 中立遺伝子(機会的変動のみ):Mp=0, Vp=p(1-p)/(2Ne)
(消失したものを除き)固定するまでの平均時間は
t1(p) | =-(1/p){4Ne(1-p)loge(1-p)} |
→4Ne (p→0) |
実際にp の取り得る最小の正値は1/(2N)であるから、新たに生じた突然変異遺伝子が有効な大きさNeの集団で固定するまでの平均時間は4Ne時間である。ただしそれまでに消失してしまった突然変異遺伝子は考慮しない。pの値はまれであればよいのだから、必ずしも最初の集団で突然変異遺伝子は1個でなくてもよい。
(固定したものを除き)消失するまでの平均時間は
t0(p) | =-4Ne{p/(1-p)}logep |
→2(Ne/N)loge(2N) (p→1/2N) |
p→1/2Nのときの固定あるいは消失までの平均時間の分散は次のようになる (Kimura & Ohta 1969b)。
σ2[t1{p→1/(2N)}] | =(2.14Ne)2 |
σ2[t0{p→1/(2N)}] | =(4Ne)2/N – [2(Ne/N)loge(2N)]2 |
~4.64Ne2/N (N、Neが共に十分大きいとき) |
新たに生じた中立突然変異が固定する平均の時間は 4Ne±0.54(4Ne) である(Narain 1970)。
実際の大きさN、有効な大きさの割合(Ne/N)が与えられたときの新たに生じた中立な突然変異が消失するまでの平均時間t0{p→1/(2N)}の例を計算すると次のようになる。
N\(Ne/N) | 1.0 | 0.8 | 0.5 | 0.2 | 0.1 | 0.33±標準偏差 |
10 | 5.99 | 4.79 | 3.00 | 1.20 | 0.60 | 2.00±3.71 |
50 | 9.21 | 7.37 | 4.61 | 1.84 | 0.92 | 3.07±8.91 |
100 | 10.60 | 8.48 | 5.30 | 2.12 | 1.06 | 3.53±12.86 |
200 | 11.98 | 9.58 | 5.99 | 2.40 | 1.20 | 3.99±18.43 |
500 | 13.82 | 11.06 | 6.91 | 2.76 | 1.38 | 4.61±29.46 |
1,000 | 15.20 | 12.16 | 7.60 | 3.04 | 1.52 | 5.07±41.86 |
5,000 | 18.42 | 14.79 | 9.21 | 3.68 | 1.84 | 6.14±94.08 |
10,000 | 19.81 | 15.85 | 9.91 | 3.96 | 1.98 | 6.60±133.17 |
生じてから比較的早い時間で消失することがわかる。Ne/N=1/3の場合についての平均消失時間の標準偏差を示した。集団の実際の大きさが大きくなると標準偏差がむやみと大きくなり、消失までの時間の予測がより難しくなることがわかる。
B.遺伝子選択(ヘテロの適応度が両ホモの平均となる)
Mp=(s/2)p(1-p), Vp=p(1-p)/(2Ne) であるから
t1(p)=J1+[1-u(p)}/u(p)]J2
ここに
J1=[2/{s(1-e-2Ns)}]∫[{(e2Nsy-1)/(e-2Nsy-e-2Ns)}/{y(1-y)}]dy
J2=[2/{s(1-e-2Ns)}]∫[{(e2Nsy-1)/(e-2Nsy-e-2Ns)}/{y(1-y)}]dy
J1の積分範囲は(p,1)、J2の積分範囲は(0,p)である。
消失までの平均時間は2Ns≧1のとき
t0(p→1/2N)=2(Ne/N){loge(2N)-loge(2Nes)+1-γ}
である。ここにγ=0.577…はオイラーの定数である。
N=Neの場合は
t0(p→1/2N)=2{-loge(s)+0.423}
となり、選択係数に依存し、集団の大きさにはよらない。このときの消失までの平均時間は、たとえば次のようになる。
s | 0.01 | 0.1 | 0.2 | 0.5 | 0.7 | 1.0 |
t0(p→1/2N) | 10.05 | 5.45 | 4.06 | 2.23 | 1.55 | 0.84 |
致死遺伝子(s=1)が消失するのはほぼ次の時間であるが、1%の選択係数の選択では10世代後である。これは大きさ(N=Ne)が50ぐらいの集団での中立突然変異遺伝子の消失時間に相当する。
- 完全劣性の有害遺伝子については2Nesが十分大きい(2Ns≧1)なら次のように表わされる。
t0(p→1/2N)=2(Ne/N){loge(2N)-(1/2)loge(2Nes)+1-(γ/2)}
ここにsは劣性のホモ接合の選択係数である。N=Neならば
t0(p→1/2N)=2[loge√{N/(2s)}+0.712]
2Ns≧1の若干のNとsの組合わせについての平均時間t0(p→1/2N)は次のようになる。
s\N | 10 | 20 | 50 | 100 | 200 | 500 | 1,000 | 2,000 | 5,000 | 10,000 |
0.001 | 15.23 | 16.15 | 16.84 | |||||||
0.01 | 10.63 | 11.55 | 12.24 | 12.93 | 13.85 | 14.54 | ||||
0.1 | 6.02 | 6.94 | 7.63 | 8.33 | 9.24 | 9.94 | 10.63 | 11.55 | 12.24 | |
0.2 | 4.64 | 5.33 | 6.25 | 6.94 | 7.63 | 8.55 | 9.24 | 9.94 | 10.85 | 11.55 |
0.5 | 3.72 | 4.42 | 5.33 | 6.02 | 6.72 | 7.63 | 8.33 | 9.02 | 9.94 | 10.63 |
0.7 | 3.39 | 4.08 | 4.99 | 5.69 | 6.38 | 7.30 | 7.99 | 8.68 | 9.60 | 10.29 |
1.0 | 1.51 | 3.72 | 4.64 | 5.33 | 6.02 | 6.94 | 7.63 | 8.33 | 9.24 | 9.94 |
集団の大きさに関らず選択係数s=0.01のときとs=1(致死)での消失までの平均時間数の相違は2~3世代と予測できる。
12.平衡状態における遺伝子頻度の分布
11.2節では遺伝子頻度に機会的変動を起こさせる要因を取り上げ、比較的簡単な条件を仮定して、遺伝子頻度の確率過程の問題を前向き方程式の解を求める形で扱った。しかし自然集団においてはそれらの要因が単独に働くのはむしろ例外で、通常は遺伝子頻度の定方向的な変化を起こさせる諸要因とあいまって、複雑な作用が集団の遺伝子構成に影響していると考えられる。したがって遺伝子頻度の平衡は実際にはその平衡点の近くで、ゆらぎのある確率分布をしていると考えられる。この分布がどのようなものであるかをいろいろの条件で調べてみよう。
12.1 ライトの分布式:前向きの方程式の応用
ボックス12 | 確率過程としての遺伝子頻度の変化 |
集団遺伝学から進化を考えると、そのもっとも基本となるのは世代を追った集団の遺伝子頻度の変化である。
いちばん簡単な方法はHaldane(1924)が好んで用いた決定論的な扱いである。もし集団が十分多くの個体からなり、長い期間にわたって不変な環境におかれるなら、かなり満足できる結果がこの方法で求められる。 しかし現実の集団は幾多の要因が作用しており、遺伝子頻度の変化はまったくの決定論的ではありえない。とくに生物進化は長い世代にわたって変動を続ける環境で進行すると考えるのが普通だから、は確率過程として考察するのがより現実的な扱いである。確率過程は本来数学用語で、時間(世代)の進行と伴って起こる確率事象のことである。 集団遺伝学において遺伝子頻度の変化を確率過程としてとらえた最初はフィッシャー(Fisher 1922)である。親世代の遺伝子プールから子世代の遺伝子プールを形成する受精の過程を配偶子の任意抽出と位置付けて、この過程が遺伝子頻度の機会的変動を起こすとみた。取り扱いを簡単にするために世代が十分経過した後の定常状態のみを扱ったが、遺伝子頻度の分布に関する熱伝導の偏微分方程式(前向き方程式)を工夫し、さらに遺伝子の固定確率の計算には確率母関数を用いる関数方程式の方法に言及している。考え方および方法の斬新さの点で独創的な論文で、機会的変動による対立遺伝子の共存確率(ヘテロ接合性)の減少率の計算間違いや、誤った優性化の理論など納得のいかない内容もあるが、古典的な文献として必読に値する(Fisher 1930a,b)。 ライトはFisher(1922)の誤りを正し、1931年に「メンデル集団の進化」(Wright 1931)を発表以来、精力的に遺伝子頻度の確率分布に関する論文を発表した。それらについたは以下でふれる予定である。この研究から進化機構として集団構造もとりいれた総合説、(ゆらぎ)移行平衡説shifting and balance theoryを提唱したが、不思議なことにライト自身は理論を検証することには触れていない。 一方確率論の分野で、Kolmogorov(1931)は連続確率過程の研究で放物型偏微分方程式を導入した。いわゆる前向き方程式と後ろ向き方程式である。この論文を入手したライトは遺伝子頻度の確率分布が定常状態のみならずより一般的な解が前向きの方程式から求められることを示した(Wright 1945)。フランスの数学者Malecot(1948)は突然変異と配偶子の任意抽出が作用する場合の一般解に触れたが、実際の解を前向きの方程式からはじめて求めることに成功したのはGoldberg(1950)であった。 木村はさまざまな要因の作用する条件下での遺伝子頻度の確率分布を前向きの方程式から求めることに成功したが、さらに後ろ向きの方程式を用いて突然変異遺伝子の固定する確率や固定するまでの時間を求めるた。他に例をみないいわゆるこの拡散方程式の方法は、様々な生物学的状況での結果が統一のとれたパターンで次々と得られるさまは見事としか言い様がない。多少なりとも触れることにしよう。なおこの理論の最近の発展に関心のあ皆さんは丸山・高畑(1979)の解説の一読をお進めする。 |
定常状態での遺伝子頻度の確率分布φ(x)が存在するなら、前向きの方程式の左辺
∂φ/∂tは0となる。その状態では分布曲線の形には変化はなく、区間(0,1)の任意のxについてネットとしての確率の流れはなくなる。したがって右辺の式で偏微分の階数が一つ減って
(1/2)∂(Vxφ)/∂x-Mxφ=0
これから
φ(x)=(C/Vx)exp{2∫(Mx/Vx)dx}
なる平衡状態における分布を示すライトの公式が得られる。ここにMx、Vxは遺伝子頻度の1世代あたりの変化(δx)の平均、分散で、定数Cは
∫φ(x)dx=1
となるように選ぶ。これは分布曲線の下の面積が1となるようにすることを意味する。
定常状態における分布には2つの意味がある。まず空間的な分布として、ある条件を満たす集団が無数にあるとき、ある瞬間に遺伝子頻度がx~x+dxであるものの割合はφ(x)dxである。次に世代的な分布として、ある条件をみたす1つの集団が無限の世代にわたって存続しつずけたとして、そのうちで遺伝子頻度がx~x+dxとなる世代数はφ(x)に比例する。
定常状態における遺伝子頻度の確率分布は初期の遺伝子頻度pには依存しない。したがって多くの自然集団は長い進化の過程を経てほぼ定常状態に近いと考えられるから、様々な条件下での定常確率分布を求めることは自然集団の遺伝的構成を理解するのに重要であろう。
これまで一般的な公式の得られているのは2個の対立遺伝子を含む1遺伝子座の場合がほとんどである。その他の場合についてはさらに研究の余地が残されているが解析的な扱いは難しい。
ライト(Wright 1938)は定常状態で分布の平均と分散が世代とともに変わらないという条件でこの公式を探りだしている。のちに、分布のすべての積率は世代の変化に対して不変であることを証明した(Wright 1949)。
12.1.1 分集団の間で個体の交換が行われる場合
1つの種が多くの不完全に隔離した分集団の集まりで構成されており、各分集団は外部の集団と毎世代一定の割合mで個体を交換するとしよう。移住グループの遺伝子Gの頻度をpとすると、G遺伝子頻度の1世代あたりの変化率は
δx=m(p-x)
となる。δxの平均値Mxは
Mx | =m(p-x) |
=-m(1-p)x+mp(1-x) |
と表わせる。この式で形式的にu=m(1-p),v=mpとおけばこれはオーダーの低い状態での突然変異のモデルに相当する。u、vはそれぞれ突然変異率と逆突然変異率で、これらは移住率にくらべて数値的に低いオーダーの値をとる。
δxの分散は分集団の有効な大きさをNとすれば
Vx=x(1-x)/(2N)
したがって
2∫(Mx/Vx)dx | =-4Nm(1-p)∫{1/(1-x)}dx+4Nmp∫(1/x)dx |
=4Nm{(1-p)loge(1-x)+plogex}+定数 |
これから、定常状態の遺伝子頻度の分布は
φ(x)=Cx4Nmp-1(1-x)4Nm(1-p)-1
となる。区間(0,1)についての積分したこの形は特殊関数の一つとしてよく知られるベータ関数B{4Nmp,4Nm(1-p)}であらわせるから、C=1/B{4Nmp,4Nm(1-p)}となる。
すなわち
φ(x)=x4Nmp-1(1-x)4Nm(1-p)-1/B{4Nmp,4Nm(1-p)}
この分布の平均E(x)および分散V(x)はそれぞれ
E(x)=∫xφ(x)dx=p
V(x)=∫x2φ(x)dx-{E(x)}2=p(1-p)/(4Nm+1)
となる。また種全体のヘテロ接合の頻度Hは各分集団でのヘテロの頻度が2x(1-x)であることを考えると
H=∫2x(1-x)φ(x)dx=2p(1-p)-2V(x)
FST=V(x)/{p(1-p)}とおけば、この島模型の集団での3遺伝子型の頻度は
遺伝子型 | 頻度 |
GG | p2+p(1-p)FST |
Gg | 2p(1-p)(1-FST) |
gg | (1-p)2+p(1-p)FST |
となる(Wahlund 1928)。これらの結果はすでに得た結果と一致する。
ここで確率分布の形について検討してみよう。形式的にφの一次微分を調べると
dφ/dx | =[{2(1-2Nm)x-(1-4Nmp)}φ]/{x(1-x)} |
=[{2(1-2Nm)(x-x0)}φ]/{x(1-x)} |
ここで x0=(1-4Nmp)/{2(1-2Nm)}~p-{(1-2p)/(4Nm)}である。最後の近似は2Nm≫1のときに成り立つ。これから
2Nm<1⇒ x>x0あるいはx<x0で分布曲線の接線の勾配dφ/dxは0ではないから、分布曲線はU字型になる。すなわち、各分集団でいずれか一つの対立遺伝子が固定する状態である。
2Nm=1⇒いずれのxについても確率密度は同じ(一様)となる。この状態は平均して2世代に1個体を交換する場合である。
2Nm>1⇒分布曲線はx0の値で確率密度が最大の一峰型となる。移住個体数Nmが多くなるほど顕著になる。
現実の集団では個体の交換は主として隣接する分集団の間で行われるであろうから、種全体のG遺伝子の頻度xsを移住者の頻度pで代表するのは適切でない。そこで隣り合う分集団の間の遺伝子頻度の相関係数rを用いて、4Nmpおよび4Nm(1-p)の代りに、それぞれ4Nm(1-r)xs、4Nm(1-r)(1-xs)を用いるのが適切であろう。したがって相関係数rが1に近いと移住個体数(Nm)が多くても遺伝子頻度の機会的な固定や消失が生じることが考えられる (Kimura 1953)。
12.1.2 分集団の間で個体の交換が行われ、選択作用のある場合
A.遺伝子選択
対立遺伝子Gはgに対してマルサス径数で測ってsだけ有利で、両遺伝子の間に優劣関係がない遺伝子選択のモデルを取り上げる。このときG遺伝子の選択による1世代あたりの変化率はsx(1-x)であるから、これに移住(あるいは突然変異)による変化を一緒に考察すると
Mx=sx(1-x)-m(1-p)x+mp(1-x)
Vx=x(1-x)/(2N)
であるから
φ(x)=Ce4Nsxx4Nmp-1(1-x)4Nm(1-p)-1
が得られる。ここに定数Cは∫φ(x)dx=1 {積分の範囲は(0,1)}となるように数値積分をして求める。
分集団が小さければ、大部分の遺伝子座で対立遺伝子のいずれかの1つが固定して、選択の作用はあまり効果がなくなる。一方、分集団が大きくなるにつれて分布が1点に集中する傾向が強くなり、選択作用のわずかな相違で分布に大きな差が生じる。
ここで分布の性質を少し詳しく調べてみよう。4Nmpと4Nm(1-p)が十分小さいとき、すなわち分集団間の移動がほとんどないか、あるいは突然変異がきわめてまれにしか起きない状態を考え、遺伝子選択もごくわずかで少なくとも中立に近い状態(s→0)となる。このときの確率密度は
φ(x)=C/{x(1-x)}=C[{1/x}+{1/(1-x)}]
とあらわせる。これは対立遺伝子Gへの突然変異に対応する分布曲線φ(x)=1/xと、対立遺伝子gへの突然変異に対応する分布曲線φ(x)=1/(1-x)とを同時に考察するものといえる。ここに
C=1/[1/4Nmp+1/{4Nm(1-p)}+2log(3.6N)]
このときのx=0のクラスf0とx=1のクラスfNの頻度はそれぞれ
f0=C/4Nmp, fN=C/{4Nm(1-p)}
となる(木村、1960)。
B.完全劣性遺伝子選択
完全劣性遺伝子をGとする。優性表現個体に対する劣性表現個体の有利さをs、すなわち任意交配のもとで
遺伝子型 | 頻度 | マルサス径数 |
GG | x2 | s |
Gg | 2x(1-x) | 0 |
gg | (1-x)2 | 0 |
で表わされる。このときの確率密度はAの場合と同じようにして求めることができる。
φ(x)=C{x4Nv-1(1-x)4Nuー1}exp(2Nsx2)
この分布はAの場合と同じような形となるが、分集団の大きさが中程度であると消失するクラスの頻度がAにくらべてBの場合では少なくなる(Wright 1937)。
C.超優性の場合の分布式
3種の遺伝子型GG,Gg,ggのマルサス径数をそれぞれ-s1,0,-s2とすると分布の式は次のようになる。
φ(x)=C{x4Nv-1(1-x)4Nu-1}exp{-2Ns1x2-2Ns2(1-x)2}
D.一般の場合の分布式
3種の遺伝子型GG,Gg,ggのマルサス径数をそれぞれ0,-sh,-sとすると次のようになる。
φ(x)=C{x4Nv-1(1-x)4Nu-1}exp{-4Nshx(1-x)-4Ns(1-x)2}
以上のB、Cの場合の確率分布はexp(*)の項を(2Ns)のべき級数に展開することで、2Nsが小さいときの選択の効果を知ることができる。
E.致死遺伝子の分布(Wright 1937)
対立遺伝子Gが致死の場合は、その頻度xの分布は非常に低い範囲に局在するから、Gからg(正常対立遺伝子)への突然変異は実際には無視できよう。
E1.Gが完全劣性の場合
任意交配の集団で、3種の遺伝子型GG,Gg,ggの適応度をそれぞれ0,1,1とすると一世代あたりの遺伝子頻度の変化率と分散は
Mx=v(1-x)-x2/(1+x)、 Vx=x(1-x)/(2N)
これから致死遺伝子の頻度分布は次の式で表わされる。
φ(x)=C(1-x2)2N-1x4Nv-1
事実上xは非常に小さい(<0.01)だから、1-x2~exp(-x2)で近似して
φ(x)=C’exp(-4Nx2)x4Nv-1
と表わされる。これから、y=x2(完全劣性ホモ接合体の頻度)がガンマ分布で近似できることが示される。ここに C’=2(2N)2Nv/Γ(2Nv)である。なおこの式は遺伝子頻度の変化率を近似した
Mx=v-x2
からも直接得られる。分布の平均値は一次の積率として求めることができる。その結果は致死遺伝子の予測頻度であるが、それは
E(x)=Γ(2Nv+0.5))/{√(2N)Γ(2Nv)}
である。集団の大きさが無限大ならE(x)→√(v)(Mx=v-x2で、Mx=0として得られる)である。Nvがほとんど0ならばE(x)→v√(2πN)。すなはち、致死遺伝子の頻度は小集団では大集団より低いと予測される。たとえばv=10-5なら、√(v)=3.16×10-3の値に到達するには集団の大きさNは105のオーダーとなる。
E2.致死遺伝子Gが不完全劣性でヘテロが若干有害の場合
ショウジョウバエの致死遺伝子ではヘテロの数パーセント(h=1/40)が致死であることが知られている。したがって世代あたりの致死遺伝子の平均変化率と分散は
Mx=v-hx(1-f)-{x2(1-f)+xf}~v-(h+f)x-x2
Vx=x/(2N)
ただしxの頻度は十分小さいものとする。ここでfは近交係数で比較的小さい定数である。
致死遺伝子頻度の分布は次の公式で表わされる。
φ(x)=Cx4Nv-1exp{-4N(h+f)x-2Nx2}
ショウジョウバエのようにv=10-5,h=1/40なら、致死遺伝子の平均頻度は集団の有効な大きさに関らずおよそv/(h+f)である。
致死遺伝子による選択が主としてヘテロで行われる、すなわち(h+f)≫√(v)なら
φ(x)=Cx4Nv-1exp{-4N(h+f)x}
で近似できる。ここに C=[4N(h+f)]4Nv/Γ(4Nv)でこれは致死遺伝子の頻度の確率密度が近似的にガンマ分布で表わせることを示している。この分布の平均と分散は
E(x)=v/(h+f)、 V(x)=v/{4N(h+f)2}
である。
致死遺伝子についての実験では個々の致死遺伝子よりむしろ致死遺伝子のある染色体を直接観察することになる。したがって1つ以上の致死遺伝子がある染色体の頻度をX1とすると1-X1=X0は致死遺伝子のない染色体の頻度をあらわす。各座位の致死遺伝子が独立に分布するとすると
X0=exp(-Σxi)
xiは個々の致死遺伝子の頻度である。Σはi個の致死遺伝子のある染色体についての合計を表わす。これから
Q=-logX0=Σxi
であるから、変数Qの平均と分散は
E(Q)=E(Σxi)=U/(h+f)
V(Q)=V(Σxi)=U/{4N(h+f)2}
ただし(h+f)の値はどの遺伝子座でも同じであると近似する。
このような場合ガンマ変数の和はやはりガンマ分布をするから、Qの確率密度は
φ(Q)=CQ4NU-1exp{-4N(h+f)Q}
で、ここにC={4N(h+f)}4NU/Γ(4NU)である。たとえばU=0.005,h=0.025,f=0としてN=10,100,500,1000のときのカ-ブを描くことができる。詳細についてはNei(1968)を参照されたい。
文 献
- Fisher RA, 1922. On the dominance ratio. Proc Roy Soc Edinb. 42: 321-341.
- Fisher RA, 1930a. The distribution of gene ratios for rare mutations. Proc Roy Soc, Edinb 50: 204-219.
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