第41回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}

18.6.分子進化のほぼ中立説nearly neutral theory

ダーウインの自然選択説を分子レベルに適用すると、有利な遺伝子が既存の遺伝子と置換する過程の繰り返しが進化である。不利な有害な遺伝子は当然その過程で消失するし、中立遺伝子は過渡的に多型を生じるが結局は消失してしまうので、進化にはかかわりがない。しかし、これは多数の個体の表現型を観察して得た推論である。

木村の中立説は、進化の過程は確率的stochasticであるから、中立な遺伝子も置換することがあると主張する。選択に有利な遺伝子も存在すれば置換し得るが、分子レベルで観察されたデータから推論すると置換する中立遺伝子のほうがはるかに多い。分子レベルでは自然選択に有利でも不利でもない突然変異が機会的浮動で偶然に集団中に広がるものがほとんどで、個体の表現型とは関係がないことを強調している。

太田のほぼ中立説は、有害と中立の中間ともいえるクラスのアミノ酸置換がかなりある、つまり微弱な有害遺伝子の置換が多いと主張する。このようなほぼ中立な突然変異がたくさんあると、中立説との違いはどうなのであろうか。「完全中立な突然変異による遺伝子置換の速度は中立突然変異率に等しい」から、他の要因は関係がないが、ほぼ中立な突然変異の置換速度には集団の大きさが関係してくる。この場合集団が大きいとそれだけ選択の作用が働き、変異は集団から除かれる。集団が小さいと、中立に相当するものがふえて、置換速度が高まりまる。そこには進化速度と集団の大きさとの間に負の相関が予測される。理論的には機会的浮動と選択の相互作用は解析的な研究が難しい複雑な問題である。

18.6.1.ほぼ中立な突然変異

「ほぼ中立な突然変異」という用語は、選択係数が十分小さくてその集団での様子が完全に中立な突然変異遺伝子とあまり違いのない突然変異遺伝子を表わすのに用いられた(Kimura 1968,1969)。このクラスの突然変異遺伝子はアミノ酸置換による進化の基礎としてたいへん重要である。有害突然変異と中立突然変異を明確に区別することはできないが、それらから生じる遺伝的荷重の勾配でその連続性を表わすことができる(Ohta & Kimura 1971)。微弱な有害効果(たとえば、|Nes|<1)を示す突然変異遺伝子ですら、それ相当の荷重を生じるが、そのような遺伝子は集団中では完全に中立な遺伝子と同じような動きを示す。

中立な突然変異とほぼ中立な突然変異を選択作用の点でどのようにして区別するかは重要な問題である(Ohta 1992)。このようなどっちつかずの突然変異遺伝子の性質を理論的に検討してみよう。問題のかぎとなるのは突然変異遺伝子の固定確率である。一番簡単な場合として、選択の有利さがsの相互優性の例で考察してみよう。そのとき(大きさNeの)有限集団での固定確率u(p)は(Nes)の関数であらわされる(第29回講座、11.3.2.3)。

u(p) ={1-exp(-4Nesp)}/{1-exp(-4Nes)}
= p + 2Nesp(1-p) + {(2Nes)2/3}p(1-p)(1-2p)+ … (|2Nes|<π)

ここにpは突然変異遺伝子の集団における初期頻度である。最初に出現した突然変異遺伝子の頻度は、集団の実際の大きさをNとするとp=1/(2N)とずいぶんと低い。出現してからの何世代かはしたがってかなり低い頻度であると考えられる。

中立突然変異遺伝子の固定確率はs=0であるから、u(p)=p となり集団の有効な大きさに関係なく固定の確率は一定である。一方、|2Nes|>0でsの値が十分ちいさい(ほぼ中立)と、固定確率u(p)は2Nesの値について単調に増加することが上式の(2Nes)についての展開式からもわかる。したがって、分子進化において議論の対象となるほぼ中立な突然変異遺伝子は、自然選択に関してNesの大きさが0に近い突然変異遺伝子である。

新しく生じる突然変異についての自然選択説、中立説とほぼ中立説を概念的に比べると次のようになる(Ohta 1992; 1999)。

 

自然選択説 |←――― 有   害 ―――→| 有利 |

 

中 立 説 |←―有害―→|←――中立――→|有利|

 

ほぼ中立説 |選択される|← ほぼ中立 →|←中立→|

 

自然選択説では、新たに生じた突然変異遺伝子の大部分が有害で選択されるが、すでに存在している遺伝子より有利な突然変異が出現すると主張するものである。遺伝子の置換という観点から、有利な突然変異が生じるという考えが事実であるかどうかがこの説のポイントである。中立説は新たに生じる大部分の遺伝子が選択について中立で、置換は機会的浮動の作用で偶然に起こるとする仮説である。ほぼ中立説は自然選択説と中立説でみとめた有利な遺伝子の存在は特に考えないで、Nes=±0のあたりの変動をする突然変異としてまとめてしまいそれらがかなり多いと主張するものである。このような突然変異遺伝子は浮動と選択の両方の作用を受ける。

選択の効果は集団の有効な大きさNeと選択係数sの積、Nes、有効な選択個体数で表わされる。実際の種はその集団のサイズが大きいのから小さいのといろいろであるから、選択の効果は種によって違うことが考えられる。生理的な条件にも弱い選択の影響があろう。たとえば酵素の働く条件は鳥類や哺乳類などの温血動物と魚類や爬虫類などの冷血動物とでは違いがあるかも知れない。新しく生じた突然変異を有害か中立かにそう簡単に分けるわけにはいかないのであろう。かなりの突然変異がほぼ中立の範疇に入るのではなかろうか。

厳しい条件で害のあるものは除かれる「負の選択」の進化における重要性を考えると、多くのほぼ中立な遺伝子は微弱有害very slightly deleteriousなのではなかろうか。すなわち、Nes→-0。突然変異遺伝子の微弱有害性が限りなく小さいその極限に中立遺伝子が存在するというモデルである。つまり、分子レベルでの大部分の置換は微弱有害突然変異遺伝子の偶然による固定random fixationが原因である、と考えられる。

この考えを支持するとみられる事実を挙げてみよう。

  1. タンパク質の一個のアミノ酸が置き換わったとき、反応係数はわずかに変るに過ぎないことがしばしばである(Kacser & Burns 1981)。
  2. 大腸菌の多くの酵素変異体はそれらの頻度分布の統計分析により弱有害性であるらしいことと整合性がある(Sawyer et al 1987)。
  3. タンパク質分子の2次構造をごくわずかであるが乱す分子の変異体、たとえばtRNAのクロバー様構造の軸領域stem regionが開くことによって、弱有害効果があらわれる(Ohta 1973; 1974)。この場合、弱有害な塩基置換はその後相補的に弱有利な塩基置換を伴う。このことは、検討されたtRNAのらせん部位の非ワトソン・クリック対合のおよそ三分の二におよぶ(G.U)あるいは(U.G)が観察される(Holmquist他 1973)ことからも支持される。

微弱有害突然変異遺伝子のモデルは分子時計と大きな関りがある。分子時計にまつわる問題の一つに、観察されている置換率の一定性が年あたりで世代あたりでないことが挙げられる。世代・時間効果は分化の程度をDNA雑種形成の割合で測ったときに、とくに著しい(例、ChangとSlightom 1984)。単一コピーゲノムDNAの分化の割合は10-9~10-8/年/塩基対と生物種によって違いがある。そしてどうやらその速度と世代の長さとに強い負の相関があるようである。同義的なあるいはあまり重要でないDNA配列の分化にも同じようなことが見つかっている。すなわち、大部分のゲノムDNAの進化速度は世代の長さに依存するらしく、一方アミノ酸配列の分化速度は相対的に世代の長さの影響を受けないらしい。

これをどう解釈するか。基本となる考え方はより高等生物の大部分のDNAは自由に塩基の置換を繰り返し積み上げていく(Ohta 1972)。つまり大部分の新しい突然変異は選択に関しては中立である。ところが、アミノ酸置換はむしろ自然選択の影響を受けていると考えられる。すなわち、たくさんのアミノ酸置換がほぼ中立か、微弱有害なのであろう。

そこで弱有害突然変異がどのように世代・時間効果と関りがあるのかを考えてみよう。

Nesが0より小さい、すなわち負の値のとき、突然変異遺伝子の固定確率と集団の大きさには選択係数が集団の大きさに関係なく一定であるとき、負の相関をする。換言すれば、機会的浮動により広がるチャンスは大集団より小集団の方がより高い。

これについてより定量的に検討するため、新しい突然変異の選択係数を確率変数とし、その分布をいくつか仮定して、ほぼ中立だが弱有害な突然変異について検討が行なわれた(Ohta 1977, Kimura 1979, Li 1979)。その結果、突然変異遺伝子の置換速度は生物種の集団の大きさと負の相関があることが示された。ただしその相関の程度は選択係数の確率分布に依存するが、定性的にはほぼ予測したとおりであった。

たとえばKimura(1979)の結果を紹介しよう。遺伝子(シストロン)内の部位の変異について、選択不利s’の違いの分布f(s’)がガンマ分布で記述できるものとする。

f(s’)=αb(s’)b-1exp(-αs’)/Γ(b)

(原著ではβを用いているが、ワープロソフトの都合によりbで表記した)

集団の有効な大きさNeの2倍体生物集団での効果的に中立と突然変異率ve

ve =∫f(s’)ds’
≒{v/Γ(1+b)}{b/(2Ne<s’>}b  (ただし 2Ne<s’)≫1、0<b≦1)

ここで α=b/<s’>、<s’>は選択不利の平均値である。積分範囲は[0,1/2Ne)。

たとえば、b=0.5、<s’>=10-3=0.001とするとve/vの値は集団の大きさが大きくなると共に小さくなることがわかる。s’=0の中立突然変異の頻度が0でも、bが小さいと大部分の突然変異は効果的に中立となる(0<b<1ではf(0)=∞)。bは生理的なホメオスタシスの程度をあらわし、<s’>は分子機能の制約の程度を示すパラメータと考えることができよう。b→0の状態では、すべての突然変異が中立となる。b=1ならf(s’)は指数分布となり、太田のモデル(Ohta 1977)ではve/v≒1/(2Ne<s’>)となる。ただし2Ne<s’>≫1とする。

突然変異遺伝子の置換による進化速度は次のようにして得られる。突然変異部位がホモ、ヘテロの個体の適応度を2s’、s’とすると、この突然変異部位が集団中に固定する確率は

u =[1-exp{2s'(Ne/N)}]/{1-exp(4Nes’)}
=2s'(Ne/N)/{1-exp(4Nes’)}   (s’が小さいとき)

である。世代あたりの突然変異部位の置換速度kg

kg =∫2Nvuf(s’)ds’    {積分範囲は [0,∞)}
=vbRbΣ(j+1+R)-(b+1) (Σはj=0,1,2,…,無限大の項の和を表わす)
≒vbRb{b・(1+R)-(b+1)+(1.5+R)-b}

ここに R=b/(4Ne<s’>)である。

この最後の近似でb=0.5、Ne<s’>≫1のとき17%ばかり過大評価となるが、実際的には十分であろう。ここで 4Ne<s’>→0あるいはb→0、すなわち中立突然変異の場合は

kg=v

が得られる。一方、4Ne<s’>≫1なら

kg ≒v{bb+1/2b}+(b/3)b}/(2Nes’)b
~ve

b=0.5のときには世代あたりの進化速度はNes’が大きいときには集団の有効な大きさの平方根√(Ne)の逆数に比例する。

この予測は世代・時間効果を考える上で重要な意味がある。一般に体形の大きな生物種は一世代の長さが長く、集団の大きさも小さい。この逆もほぼ言える。すなわち、集団の大きさと世代長の間には負の相関がある。ところが、年あたりの突然変異率は世代長が長い生物種ほど低いであろうと一般に言われている。DNAの分化はそのような効果を反映している。したがって、アミノ酸コード領域は非コード領域より負の選択を受け易いから、アミノ酸置換率はDNA分に比べて世代長には相対的にあまり関りがないと考えられる。

実際、弱い選択係数が置換に至る長い過程で変化しないとは考え難い。選択強度が変化するモデルには二つのアプローチが考えられる。

  1. 選択係数が平均0の近傍でランダムに変化するとする変動選択モデルvariable selection model(例、Takahata & Kimura 1979)。このモデルでは、選択係数が世代から世代へと変化し、近接する世代間でなんらかの相関がある、「短期間」での変動を取り扱う。
  2. 選択係数の長期間の変動についてのモデルは数学的な取り扱いがむつかしい。すなわち、選択係数はある期間あるいは局在的にほぼ一定であるが、内在的な遺伝的背景あるいは外部の生態系の環境条件の変化で、別の期間あるいは地域では違う値をとるというモデルである。

いくつかのモデルが工夫されているが、いづれもほぼ中立な突然変異の置換速度は、モデルにより程度の違いはあるが、生物種の集団の大きさと負の相関があることを予測する結果となっている。

タンパク質の構造について考察しよう。

(a)推移モデルshift model

推移モデルでは、一アミノ酸の置換は他のアミノ酸に変化がない。すなわち、各アミノ酸の置換は独立である。したがって、アミノ酸の置換が続くにしたがい、タンパク質は無限に改良されるか改悪されることになり、これは非現実的である。

(b)固定モデルfixed model (トランプの家モデルhouse-of-cards model(Kingman 1979))

一方、固定モデルでは、各アミノ酸の置換により平均適応度に変化が生じて、その後の置換に影響する。したがって、アミノ酸置換が蓄積すると、それらの相互作用である状態で停止すると予測される。ヘモグロビンの進化は遺伝子重複によって加速されているが、遺伝子機能の改善によりその後の系統樹では減速したと考えられている(Goodman 1976)。固定モデルはこの解釈と整合性がある。

数理モデル。

ほぼ中立な突然変異遺伝子の選択係数の変動を確率分布で記述する。

推移モデル。指数分布(Ohta 1977),ガンマ分布(Kimura 1979),離散分布(Li 1979)。

一つの突然変異遺伝子が固定すると、平均適応度はもとの値に戻り(推移shift)、次の新しい突然変異の分布は従来と変わりない。

固定モデル。集団の適応度は突然変異遺伝子の効果に依存するから、その値は変化する。ただし、ここで突然変異遺伝子の効果は一定とする。突然変異遺伝子の選択係数の変動を正規分布として、シミレーションによる研究が為されている(Ohta & Tachida 1990; Tachida 1991)。

これらのモデルの研究から、突然変異遺伝子の置換速度が程度の違いはあるとしても生物種の集団の大きさと負の関連を示すことが予測されている。

遺伝情報にはいろいろなレベルでの相互作用がると考えられる。第一レベルは(遺伝子内の)アミノ酸あるいは塩基部位の相互作用。第二レベルは遺伝子産物の相互作用。第三レベルは調節領域と遺伝子産物の相互作用。自然選択が相互作用系を維持するか改善するか、どのように作用しているのかを理解するには、これらの系について調べてみる必要がある。従来の研究は個々の突然変異遺伝子の置換についての解析に終始しており、しかもそれらは互いに独立であると仮定している。

突然変異による地形モデルmutational landscape modelは遺伝子間の相互作用を調べるたのに考案された(Gillespie 1982;1991)。遺伝子を構成する塩基配列の一塩基は突然変異率が10-9~10-8と低いが、そのような変異が遺伝子内の塩基部位に蓄積して行くことによって、最初の塩基配列とは次第に違った(対立)遺伝子となる。突然変異で生じた対立遺伝子は従来のものに比べて有利であれば(一ステップではほとんどゼロに近い確率だが、ステップが蓄積されれば無視できない確率となる)、そのような遺伝子が時間の経過とともに固定する、すなわち遺伝子置換が起こる。したがって、最初の遺伝子が別の対立遺伝子に置換されるまでに十分長い時間が経過する。ここに環境の変化が加わると、一ステップから(塩基の種類数)四ステップまで対立遺伝子の置換が起こっても不思議ではない。塩基部位の突然変異率が非常に小さいことと強烈な選択が環境の変化に伴って起こることから、適応度の分布図がけわしい地形に視覚した化突然変異による地形で表わすことができよう。

そのような状態で遺伝子の置換には強い選択が関わると、集団適応度は局地的な最適値にのぼりつめたものが、その値から他の極値へと動くには環境の変化が重要となる。そのとき、この系での種の進化速度は集団が大きいほど速くなる。タンパク質の置換が相次いで生じる時間間隔を用いて進化速度を測るとき、それが一定のならポワソン分布の近似できる。このとき時間間隔の平均と分散は同じであるから、分散と平均の比κ=1である。ところが、実際の値はκ=2~3(Ohta & Kimura 1971b)あるいは2.5(Langley & Fitch 1974; Gillespie & Langley 1979)である。これは置換速度が一定でないことを示唆する。

突然変異による地形モデルをカウフマン(Kauffman 1993)のNKモデルで考察すると興味深い(Ohta 1998)。Nはタンパク質を構成するアミノ酸の数である。個々のアミノ酸は個体の適応度に関りを持つが、それプラス他のK個のアミノ酸も適応度に関りをもつ。いいかえれば、このモデルは適応度がK+1個のアミノ酸のエピスタシス相互作用で決まる、というものである。カウフマンは適応度による地形fitness landscape はK≧2、すなわちアミノ酸二個ですでにたいへんでこぼこの地形を示すという。またNもKも十分大きくしかもN=Kのとき、Gillespieの突然変異による地形モデルに相当する。

太田(Ohta 1998)はこのNKモデルを用いてシミレーションを行い、ほぼ中立説について幾つかの結果をまとめた。

  1. 集団の個体数が多いほど、突然変異遺伝子の固定する、すなわち置換するものが少なくなる。またこの効果はKが大きほどより顕著になる。
  2. DNA多型の維持機構が中立ならD=0、平衡選択ならD>0、そして弱有害選択が作用するならD<0と判断する田島のD統計量(Tajima 1989)と集団のサイズとの関係を調べたところ、サイズが小さいときはほとんど0であるが、大きくなると負の値となることが示された。このことは弱有害遺伝子が多いことを示唆し、集団が大きいほど選択が有効に働くようになる。Kの値が大きくなると、その効果はより顕著である。
  3. 集団の適応度は集団のサイズが大きくなると、次第に高くなりより適応することが考えられる。サイズが200ほどまでは急速に高まる傾向があるが、その後の増え方はゆっくりになるようである。K値の増加は選択の効果が強まることは前述と同じである。
  4. 置換速度の変異はどうであろうか。これは置換数の分散をその平均で割ったκ値(Gillepsie 1991)で調べている。K=0の場合を除き、ほとんどのκが若干1より大きい値となる。これはタンパク質の進化でκ=2-7である(Gillespie 1991; Ohta 1995)ことをうまく説明していない。より事実に則したモデルとして集団のサイズの変化を考える(Araki &Tachida 1997)必要があるのだろうか。
  5. 集団のサイズと選択強度の関係はどうであろうか。単一遺伝子座の理論では、集団の有効な大きさと選択強度の積、すなわち有効に選択される個体数、|Nes|が1より大きいと、選択の効果が顕著になり、1より小さいと機会的浮動が主要な働きをすることが言われている。シミレーションの結果は選択係数が大きくなると置換される遺伝子数が減る、すなわち負の関連があることがわかった。Nesに相当する値が0のときは中立であることもわかった。これとよく似た結果がカードの家モデル(Ohta & Tachida 1990; Tachida 1991,1996)からも得られている。

木村(Kimura 1955)は選択と機会的浮動の作用を確率微分方程式を用いて解析的に研究しているが、突然変異、選択と機会的浮動の三つの作用を同時に解析するには取り扱いが複雑で、その意味でもカウフマンのNKモデルを用いたシミレーションによるアプローチは有用と考えられる。

NKモデルの特徴の一つとして次のシナリオが考えられる。この系がまだ適応していない状態にあれば、かなり速くある状態に到達する。その後、浮動と選択により系はある範囲の状態を行ったり来たりと動く。この点は推移モデルでは突然変異の固定が永久に続くというのとは違っている。固定モデルとNKモデルはタンパク質の進化を論じるには推移モデルより実際に則していると考えられよう。

NKモデルがどのくらいタンパク質の構造を反映しているかはわからないし、タンパク質を構成するアミノ酸同士でどんな相互作用があるのかもまだわからない。NKモデルはその相互作用の効果を知る手掛かりである。カウフマン(Kauffman 1996)は複雑系の中での生物に内在する「自己組織化」self-organizationが進化の原動力で、自然選択はそれに由来する一つの作用に過ぎないと主張している。その自己組織化をもたらすものが何であるかは未だに分からないが、ほぼ中立説を介して遺伝学者の考えている進化のしくみと関りがでてきたことはたいへん興味深い。機会を得て検討してみたいと考えている。

相互作用のある系の地形は集団の大きさに依存することがわかった。集団の大きさが小さいと地形の変化する範囲は広く、系はすばやく地形を変える。すなわち、系は大集団でよりも小集団のほうがより流動性がある。環境が一定でなければ、適応度による地形はときおり変わり、系は選択によって動くであろう。そのような場合、選択と機会的浮動の相互作用が関心事となる。これはまさしくライトの移行平衡理論の現代版である(Wright 1982)。

 

文 献

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