集団遺伝学 第10回 同系交配によるヘテロ個体の減少率

5.2 同系交配によるヘテロ個体の減少率

自殖によりヘテロ個体が減少することは前節でのべたが、ここでは近交係数fを用いて示すことにしよう。 ある集団で第t世代の個体の近交係数ftは親の遺伝子が同祖的であるか、それより前の世代の個体に同祖遺伝子があるかいずれかであるから、次のようにあらわされる。

ft = (1/2)(1+ft-1)

これは

1-ft = (1/2)(1-ft-1)

と書くことができる。 一方第t世代のヘテロ接合性heterozygosity Htは

Ht = (1-ft)Σ(2pipj)

ここにp’sは対立遺伝子頻度で、これは世代を通じて変わらない。 前式の両辺にΣ(2pipj)を乗じて、Hで表せば

Ht = (1/2)Ht-1

となるから、この論法を繰り返すことで

Ht = H0(1/2)**t

が得られる。 ここにH0は自殖を始めた最初の世代のヘテロ接合性でΣ(2pipj)である。 自殖が長く繰り返されればヘテロ接合性は0に近付く、すなわち集団の個体はいづれかのホモ個体(純系)だけとなる。 その状態に近付く速度は合計のヘテロ個体が毎世代半減(1/2)するスピードである。

 

きょうだい交配

最初にランダムに2個体を選び、その後の世代は繰り返してきょうだい交配を行うシステムについて考察してみよう。 第t世代の個体の同祖遺伝子が由来する共通祖先は、(i)2世代(第t-2世代)前の祖父あるいは祖母と(ii)交配したそれぞれの個体から由来した親のどちらかからである。 第t世代の近交係数をftとすると、同祖的である確率は(i)の場合は(1/2)(1+ft-2)で、(ii)の場合は(1/2)ft-1となる。これらは独立に生じるから

ft = (1/2)[(1/2)(1+ft-2)]+(1/2)ft-1

が得られる。これから

ft = (1/4)+(1/2)ft-1+(1/4)ft-2

となるが、これはまた

1-ft = (1/2)(1-ft-1)+(1/4)(1-ft-2)

の形で表されるから、第t世代におけるヘテロ接合性Htはつぎのように表すことができる。

Ht = (1/2)Ht-1+(1/4)Ht-2

この式の特徴は任意の後世代のヘテロ接合性が最初の2世代のヘテロ頻度から求められるところにある。 たとえばAAxaaの交配から出発すると、最初はヘテロがいないから、H0=0。 また第1世代はAaばかりであるから、H1=1である。 したがって、

H2=(1/2)H1+(1/4)H0=1/2
H3=(1/2)(1/2)+(1/4)(1)=1/2
H4=(1/2)(1/2)+(1/4)(1/2)=3/8
……………………….

などの値が得られる。

上式はtについての2階の同次線形定差方程式で、初期条件H0,H1が与えられれば一意的にHtの解析的な解が得られる。 H0=0、H1=1であれば

Ht = (0.8944)(0.8090)**t・{1-(-0.3820)**t}

となる。 これからすでに第5世代で、第2項は絶対値において第1項の100分の1以下になってしまう。 この意味できょうだい交配におけるヘテロ接合性の減少率は大勢として 1-0.8090 = 0.1909、すなわちほぼ19%とみなすことができる。 これに相当する減少率は自殖で50%である。

 

親子交配

典型的なのが若い方の親に戻し交配する仕組みである。 親子を交配し、次に生まれた孫を子と交配することを継代的に続ける。 この場合、ヘテロ接合性の減少率についての式は結果としてきょうだい交配で得られた式と一致する。 最初の親をAAとすると(H0=0)、子は親の遺伝子のどちらか1つを受け取ることになるから、その遺伝子型はAAかAaである。 もしAAであればH1=0でその後の世代すべてでHt=0と自明な結果しか得られない。 純系を産生する目的なら、最初の子にはAaを選ぶことになる(H1=1)。 すなわち、ヘテロ接合性の減少率に関するかぎり、きょうだい交配と同じであることがわかる。

 

部分自殖 partial self-fertlization

植物の中には自家受粉と他家受粉の両方で繁殖するものが少なくない。 そこで集団を十分大きく、他家受粉によって生じた種子の近交係数は0とする。 自家受粉率をSとすると、任意の個体が自家受粉によって生じる確率はS、他家受粉で生じる確率は1-Sである。 したがって第t世代における近交係数をftとすれば

ft = S{(1/2)(1+ft-1)}+(1-S)(0)

となるから、

f1=(S/2)(1+f0)
f2=(S/2)(1+f1)
……..。

これから ft = (S/2){1-(S/2)**t}/{(1-S/2)+(S/2)**tf0} が得られる。

十分世代が経過した状態での近交係数をfとすると

f=S/(2-S) (0≦S≦1)

この状態におけるヘテロ接合性Hは

H = (1-f)Σ(2pipj) (piは対立遺伝子頻度)

となり、他殖のない自殖のみの集団で究極には0となるのと対照的である。

 

N個の雌雄同株個体で構成される集団

これまでは集団が十分大きな場合についての考察であった。 ここでは集団は毎世代一定の大きさNの場合を考察しよう。 有性生殖にあたっては交配はまったくランダムに行われるから、おのののの配偶子は1/Nの確率で同一個体から生じた異性配偶子と結合し、1-1/Nの確率で異なる個体から生じた配偶子と結合するとしよう。 第t世代における近交係数をftとすると

ft = (1/N){(1/2)(1+ft-1)+(1-1/N)ψt-1

が成立する。 ここにψt-1は第t-1世代の任意の2個体間の親縁係数である。 ここで交配はまったくランダムに行われているから、同じ世代の同一個体の相同遺伝子も異なる2個体内からの2つの遺伝子も、同祖遺伝子である確率は(任意交配のため)同じ、すなわちψt=ftである。 これを上式に代入して

ft = 1/2N+(1-1/2N)ft-1

が得られる。1-ft がヘテロ接合性Htに比例するから、

Ht = (1-1/2N)Ht-1

が言える。これから

Ht = H0(1-1/2N)**t

が得られる。 すなわちヘテロ接合性Htは毎世代1/(2N)の割合で減少し、突然変異あるいは他集団からの移住がなければ消失する。 N=1ならば、これは自殖の場合に相当している。

 

M個の雄、F個の雌で構成される集団(有性生殖)

集団は毎世代M個体の雄とF個体の雌で構成され、全くの任意交配が行われているとする。 第t世代の集団に属する1個体Iの2つの相同遺伝子について、両者が第t-2世代の(i)ある1個体から由来するか、(2)異なる2個体から由来するか、いづれかである。

(i) 同一個体から由来する場合: 個体Iの(第t-1世代の)親は少なくとも第t-2世代の1個体Cを共有する筈である。 その個体は雄か雌のいづれかであるから、それぞれの確率は1/M、1/Fである。 第t-1世代の両親が個体C由来の同祖遺伝子をそれぞれ持つ確率は1/4である。 したがって個体Iが第t-2世代の個体Cから由来する確率は

(1/M)(1/4)+(1/F)(1/4)

である。 これを1/Nと表すことにする。

1/N = 1/(4M)+1/(4F)

このうち、1/2の確率で個体Iの相同遺伝子は同一個体の同一遺伝子から由来したもので、残りの1/2の確率で同一個体の異なった対立遺伝子から由来したものである。 この確率は 1/2+ft-2/2 = (1+ft-2)/2 で表される。

(ii)つぎに第t-2世代の異なった2個体から由来した場合を考えると、これは個体Iの相同遺伝子が同祖的である確率は個体Iの両親の親縁係数に等しい。 任意交配が行われているから、これは両親の属する世代の近交係数に等しい。

以上をまとめると、

ft = (1/N)(1/2+ft-2/2)+(1-1/N)ft-1

となる。 これを整理すると

ft = 1/(2N)+(1-1/N)ft-1+(1/(2N))ft-2

ヘテロ接合性Htは1-ftに比例するから、上の式を1-ftの項で書き改めてHtで表すと次の式が得られる。

Ht = (1-1/N)Ht-1+1/(2N)Ht-2

したがって最初の2世代のヘテロ接合性H0、H1が分かれば、その後の世代のヘテロ接合性Htは予測することができる。

ある程度世代tが経過し、N2が1より十分大きいと、上の式からほぼ

Ht = H0{1-1/(2N+1)}**t

が成立することを示すことができる。

このことは、自殖も行われている集団では毎世代あたりのヘテロ接合性の減少率が1/(2N)であるのに対して、自殖でない集団でのそれは1/(2N+1)であることを示している。

Nは雌雄の個体数が等しくないかぎり集団の繁殖個体数とは等しくない。 しかしヘテロ接合性の世代とともに減ることを議論する上で有用なパラメータなので、集団の有効な大きさeffective sizeと呼ばれている。

Nが十分大きければ1/(2N+1)と1/(2N)は大差がなく、N個体の雌雄同株の場合も含めて

Ht = H0exp(-t/(2N))

と簡単な式で表すことができる。 これからヘテロ接合性が半減する(すなわち、Ht=H0/2)のに要する世代数はほぼ

(2N)ln2 = 1.4N (lnは自然対数)

すなわち集団の有効な大きさの約1.4倍の大きさの世代の経過である。

 

集団の有効な大きさについて

自然の繁殖集団での集団の有効な大きさは実際の大きさより小さいのが普通である。 そのような集団は

 

  • (a)任意交配の分集団の集まりである。
  • (b)雄雌の数に相違がある。
  • (c)少数の個体が他より多くの子どもを残す。
  • (d)個体数が季節によって違う。

など、大きさが変化することがある。

このような場合、集団の有効な大きさはその定義により逆数の平均、すなわち調和平均を代表値として用いる。

例1. 雌F=100匹、雄M=10の繁殖集団の実際のの大きさはF+M=110であるが集団の有効な大きさNは[1/(2F)+1/(2M)]/2の逆数(これは2Fと2Mの調和平均である)ある。 [1/(2F)+1/(2M)]/2 = 0.5x(1/200+1/20) = 0.0275の逆数は36.3、すなわち、集団の大きさはN=37となる。

例2. ある無人島に20人の船員が船の難破で漂着した。 話を簡単にするため男女の員数は同じとし、集団の大きさは毎世代倍加して5世代経過したとしよう。 5世代の間での集団の大きさの逆数1/Nは [1/20+1/40+1/80+1/160+1/320]/5 = [1+1/2+1/4+1/8+1/16]/100 = 0.019375、したがって51.6、すなわちN=52となる。 5世代後のヘテロ接合性は最初の漂着者集団でのヘテロ接合性の (1-1/41)(1-1/81)(1-1/161)(1-1/321)(1-1/641) = 0.953倍 となる(ヒトは自家受精しない!)。 ヘテロ接合性の減少は全体で 1-0.953 = 0.047 で、そのほぼ半分は第1世代で 1/41 = 0.024 で起こっている。 集団の大きさが最初の20人で5世代の間変化しなければN=40で、5世代後のヘテロ接合性は (1-1/41)5 = 0.884倍 になる。 これは十分大きな集団でおじ・めい婚(f=1/8,1-f=0.875)が行われた場合に相当する。 劣性遺伝形質が観察される確率が高くなっていると考えられる。

 

5.3 集団がいくつかの部分集団で構成されている場合

種が多数の分集団subgroupに分割されていることは自然状態で地方種として、また栽培飼育のいくつかの系統strainとしてもしばしば観察される。 その結果、分集団それぞれで特定対立遺伝子の頻度が異なる状況をとりあげてみよう。

 

(i)いずれの分集団内でも任意交配が行われている場合

たとえば3つの同じ大きさの分集団でのA遺伝子の頻度をそれぞれp1,p2,p3としよう。 この3集団全体での遺伝子頻度は分集団のそれの平均値で表すのが普通で

p = (1/3)(p1+p2+p3)

となる。 この遺伝子のホモ接合の頻度はそれぞれ分集団のホモ接合頻度の平均で表すと

(1/3)(p12+p22+p32) = p2+V

ここにVは3つの分集団間の遺伝子頻度のばらつきを表す分散 (V = (1/3)([p1-p]2+[p2-p]2+[p3-p]2)) である。 したがって集団全体の遺伝子型AA,Aa,aaの頻度は次のように示される。

遺伝子型 頻度
AA p**2+V
Aa 2p(1-p)-V
aa (1-p)**2+V

これは分集団の大きさに相違がある場合も成り立つ。 これをワールンドの原理Wahlund principle(Wahlund 1928)という。

このことは集団が遺伝子頻度について分集団に分割されるような状況があると、分集団内では任意交配がおこなわれているにも関わらず遺伝子型の頻度について集団全体で同系交配が行われたかのような効果が現れる。 形式的に F=V/[p(1-p)] と表せば、遺伝子型頻度へのワールンド効果を同系交配のそれえの効果と比較することができる。 Wright(1951)はこれをFSTと表記している。

 

(ii)分集団内で平均近交係数FISの同系交配が行われている場合

各分集団のホモ接合の頻度は同系交配が行われているから、第i番目の分集団におけるホモ接合の頻度は次のように表すことができる。

(1-FIS)pi**2+FISpi = pi**2+FISpi(1-pi)

一方、集団全体の遺伝子頻度をp、近交係数をFITで表記すると、集団全体のホモ接合の頻度は

p**2+FITp(1-p)

で表せる。 各分集団のホモ接合の頻度を合計すると

Σ[pi**2+FISpi(1-pi)] = Σpi**2+FIS(Σpi-Σpi**2)
= k(p**2+V)+FISk[p-(p**2+V)]

ここでkは分集団の数である。 この式の平均が集団全体のホモ接合の頻度であるから、次の関係が成り立つ。

p**2+FITp(1-p) = p**2+V+FIS[p-(p**2+V)]
FITp(1-p) = V+FIS[p-(p**2+V)]
FIT = V/{p(1-p)}+FIS[1-V/{p(1-p)}]

V/p(1-p) = FST と表せば、

IT = FST+FIS(1-FST)

あるいは

1-FIT = (1-FIS)(1-FST)

なる関係が得られる。 ここでFSTは無作為に選んだ2分集団それぞれかランダムに取り出した2遺伝子が同祖的である確率である。

なおこのFの関係式はヘテロ接合の頻度からも導くことができる。 1-Fを完全混合係数 panmictic index ということがある(Wright,1951)。

 

(iii)ヘテロ接合性からのFIT、FST、FISの推定法

ヘテロ接合性が1-Fに比例することから、この値を用いてFを推定することができる。 集団がk個の部分集団で構成されているとしよう。 各分集団で観察されたヘテロ接合性をHiとするとその平均値はHIである。

HI = (H1+H2+…+Hk)/k

各分集団で、特定の対立遺伝子の頻度をpiとすると、ヘテロ接合性のHW予測値は 2pi(1-pi) であるから、

HS = {2p1(1-p1)+2p2(1-p2)+…+2pk(1-pk)}/k
= 1-{p1**2+p2**2+…+pk**2}/k

もし各分集団を隔てる壁がなければ、集団全体のヘテロ接合性は 2p(1-p) と予測される。 ここでpは特定の対立遺伝子の頻度をpiの平均となる。

HT = 2p(1-p)

ここで p = (p1+p2+…+pk)/k である。

これら3つのヘテロ接合性から、3つのFは次式から求めることができる。

FIS=(HS-HI)/HS
FST=(HT-HS)/HT
FIT=(HT-HI)/HT

FISは分集団での近交係数、FSTは分集団間の親縁係数、FITは集団全体の近交係数で、いづれも平均値である。

例。 クサキョウチクトウの一種Phlox cuspidataのテキサス集団(Levin,1978)。 k=43 の分集団でPgm-2b対立遺伝子の頻度を調査した。 その結果40の分集団でPgm-2b対立遺伝子が固定(分集団ですべての個体がPgm-2bのホモ接合)していた。 残りの3分集団でPgm-2b対立遺伝子の頻度はそれぞれ0.49,0.83,0.91で、実測されたヘテロ接合性は0.17,0.06,0.06であった。 したがって

HI = {40×0.00+1×0.17+1×0.06+1×0.06}/43
= 0.0067
HS = {40×0.00+2×0.49x(1-0.49)+2×0.83x(1-0.83)+2×0.91x(1-0.91)}/43
= 0.0220
HT = 2×0.982x(1-0.982)
= 0.0352

これらの値から、つぎの結果が得られる。

FIS = (0.0220-0.0067)/0.0220 = 0.695
FST = (0.0352-0.0220)/0.0352 = 0.375
FIT = (0.0352-0.0067)/0.0352 = 0.810

すなわち集団全体で近交がかなり高い (FIT=0.810) が、これは分集団内での非任意交配 (FIS=0.695) と集団の細分化による影響 (FST=0.375) のいづれもが大きいことがわかる。 集団の細分化による影響は主に遺伝子頻度の機会的浮動であることはいづれ後述する。

 

文献

Crow JF & Kimura M. 1970, An Introduction to Population Genetics Theory.

Harper & Row, Pub. ,New York. Pp.101-104.

Levin DA.1978 Evolution 32:245-263.

Wahlund S. 1928. Zuzammensetzung von Populationen und Korrelationserscheinungen vom Standpunkt der Vererbungslehre aus betrachtet.. Hereditas 11, 65-106.

Wright S. 1951. The genetical structure of populations. Ann Eugen.15:323-354.