人獣共通感染症連続講座 第39回 牛海綿状脳症発生の背景

(5/8/96)

牛海綿状脳症はスクレイピー病原体に汚染された肉骨粉 (meat and bone meal) を餌として与えたことが原因とされています。 そして、さらに牛海綿状脳症に感染した牛から作られた肉骨粉で、広がったと推定されています。 この背景について若干、調べてみましたのでご紹介します。
肉骨粉という言葉はあまり聞き慣れないものです。 動物の死体、くず肉、骨などを煮て脂肪を除去し、粉末にしたものです。 この操作をレンダリング rendering と呼んでいます。 この言葉も聞き慣れないもので、適当な和訳がありません。 辞書では脂肪を抜いて精製することとなっています。

動物の死体から脂肪を抽出し、ろうそくや石鹸など多目的に利用することは百年以上前から行われていました。 獣脂を採取した後に残った、いわゆる脂かすは捨てられていたのですが、これの栄養面が注目されて、動物の飼料に添加されるようになったのは1920年代です。 多分、この頃からレンダリングが普及しはじめたものと思います。

1986年に牛海綿状脳症が見つかりましたが、その当時、1988年に英国のレンダリング業界では150万トンの動物の死体から40万トンの蛋白飼料と17万トンの脂肪製品を生産していました。 EC全体では900万トン以上の原材料から250万トンの蛋白飼料と100万トンの脂肪や獣脂を生産していました。

レンダリングの方法ですが、1980年代の初めまでは、バッチ法と溶媒抽出を組み合わせた方式が行われていました。 ここでは、くず肉を蒸気加熱容器の中で加熱し平均155分間加熱します。 最高到達温度は100~150℃です。 この後、脂肪を濾過し、圧縮し粉砕すると肉骨粉ができあがります。 肉骨粉はさらに溶媒抽出操作にかけられます。 ここで、有機溶媒を肉骨粉に加え105~120℃で45~60分間加熱し、脂肪を除きます。 最後に蒸気加熱を15~20分間行って残った溶媒を除去します。

1980年代から、レンダリングの方法が大幅に変わりました。 まず、バッチ法が連続処理法に変わり、それに加えて溶媒抽出操作がなくなりました。 連続処理法はいくつかありますが、主なものは3種類です。 その際の加熱条件は、133~145℃で60分間通過させるもの、100~145℃で60分間通過させるもの、104~123℃で15分間加熱が行われるものになります。 これらの加熱条件は、牛海綿状脳症の問題が起きてから、調べられたものです。 温度は高いものの実際に最高温度で加熱されている時間はそれほど長くはありません。

このような変化が起きた理由には、2つがあげられています。 ひとつは、オイルショックで有機溶媒の価格が上昇したこと、もうひとつは、連続処理法の方が味、品質ともにすぐれていて、しかも脂肪含量の高いものが好まれる傾向があったことです。 さらに飼料添加用蛋白として、大豆などとの価格競争もこれに加わり、コストダウンが必要だったのです。

バッチ法と連続処理法を比べると、連続処理になって加熱温度、時間ともに減少していることが分かります。 しかし、スクレイピー病原体の不活化という面では、溶媒抽出操作の方がはるかに重要であったと考えられています。 英国で有機溶媒抽出を続けていたレンダリング工場は、スコットランドにだけあり、少なくとも1988年には、スコットランドで用いられていた肉骨粉は、これらの工場で作られていました。 スコットランドで牛海綿状脳症の発生が少ないのは、このためと推定されています。

この推定を実験的に証明するために、レンダリングの操作でスクレイピー病原体が生き残っていることを、最近エデインバラにある英国家畜衛生研究所の神経病理ユニットのテイラー Taylor 達が実験を行い、最近その成績を発表しました (Veterinary Record,December 9, 1995; Proceeding of Association of Veterinary Teachers and Research Workers, April 2-4, 19969。 それによると、一般に行われているレンダリングの工程をパイロットスケールの装置を作って、豚の骨とくず肉にスクレイピーに感染した羊の脳を加えて肉骨粉を作ってみたところ、感染価が証明されました。 レンダリングでスクレイピーは十分に不活化されなかったことが実証されたことになります。

この実験を始めることは、数年前に聞かされていたのですが、その成績がやっとまとまったのです。 パイロット工場を作り、しかも感染価の測定にはマウスの脳内接種で900日あまり観察するといった、長期にわたる実験だったのです。 この実験には英国最大のレンダリング会社や食糧コンサルタントが協力しています。

英国で牛海綿状脳症が大発生した背景として、彼らの推定は次のようなものです。 1970年代終わりから1980年代初めにかけて、レンダリングの方法のうち、有機溶媒抽出がほとんどの工場で急に中止されたことと、丁度その頃、英国での羊の飼育数が増え、それとともにスクレイピーの発生も増えたことです。 羊から牛に感染したスクレイピー病原体は、さらに牛から作った肉骨粉のスクレイピー汚染を引き起こし、牛の間での流行を促進したと推定されています。

米国でもレンダリングは行われています。 しかし、牛海綿状脳症はまったく発生していません。 その理由を米国農務省が分析しています。 それによれば

  1. 羊の数が英国は米国の4倍と多い。 しかも英国の国土はオレゴン州位しかない。
  2. 肉生産での羊の割合は英国が28%、米国が1.5%と英国では羊への依存度が極めて高い。
  3. スクレイピーの対策は英国ではまったく無く、米国では根絶計画が進行中である。
  4. 配合飼料への添加蛋白は英国は肉骨粉が主体で、米国では大豆や綿の種が主体である。
  5. 離乳期に子牛に与える代用乳に英国は肉骨粉を添加しているが、米国では植物蛋白のみを添加している。

以上のいくつかの要因があいまって、米国で牛海綿状脳症が起こらなかったと推定している訳です。 とくにこの分析結果で強調されているのは、代用乳への肉骨粉の使用で、これが乳牛に病気を発生させた大きな原因と推定されています。 (代用乳は日本の乳牛では普通8日令位から42日令まで与えられています。)
我が国の場合、詳細は分かりませんが、飼料に添加される蛋白は、米国と同じく植 物蛋白がほとんどで、肉骨粉はきわめてわずかと言われています。 また、代用乳には植物蛋白だけしか添加されていません。 したがって日本もまた米国同様に極めて幸運であったといえます。

草食動物である牛に羊の肉、さらに同じ仲間の牛の肉まで、粉末とはいえ飼料に加えて食べさせていたということは、牛海綿状脳症の問題が起きるまではまったく知りませんでした。 現代社会が抱える重要な問題としてこれから考えていかなければならないと思います。