(4/8/99)
実験用霊長類の関係者はよくご存知と思いますが、1997年暮れにアトランタのヤーキス霊長類センターでカレッジを卒業したばかりの女性職員がBウイルス感染で死亡した事件がありました。 ここは米国に7つある霊長類センターのうち、もっとも古い名門の霊長類センターで、CDCのとなりのエモリー大学に併設されています。 霊長類センターの施設はCDCから車で20分くらいのところにあります。
この際にはサルを取り扱う作業の際に眼になにかが飛びこんで感染したもので、これまでのBウイルス感染のようにはっきりとした暴露によるものでなかったことから、Bウイルス感染がきわめて単純なことでも起こる危険性があることが認識されました。 この事件の直後のCDCからのメールでは、とくにペットサルを飼育している人の安全性を心配していました。 実際にペットサルを飼育している人についてのアンケート調査も行われ、その結果の一部はEmerging Infectious Diseases Vol. 4, No. 1 (January-March 1998) p. 117に「ペットサルからのBウイルス:米国でのエマージング感染症になるおそれ?」という表題で発表されています。
今回、CDCはこの感染の経緯をくわしく紹介し、労働安全の立場から安全確保のための暫定的勧告を出しました。 サルを研究に用いる場合の安全対策として参考になる面が多いとみなされますので、全文を直訳の形でご紹介します。
「CDC: 粘膜暴露による致死的Bウイルス感染および作業者保護のための暫定的勧告」
(CDC: Moribidity & Mortality Weekly Report, December 18, 1998, 47, 1073-76,1083)
1997年12月10日、霊長類センターの22才の女性職員が、アカゲザルからの生物材料(おそらく糞便)が右目の中にとびこんだ後、Bウイルス感染で死亡した。 この報告は臨床上の特徴と、労働安全健康管理局からの技術援助要請に応えてCDCにより引き続いて行われた調査結果をまとめたものであり、眼への飛散による暴露を防ぐための暫定的勧告である。 この調査は眼への飛沫の危険性を示したものであり、Bウイルス感染では角膜病変がヘルペスによる皮膚の水疱のようにかならずしも生じるものではないことを示している。
暴露は1997年10月29日に、この職員が放し飼いのサルを捕獲する通常の作業でケージ内のサルを移している際に起きた。 この作業はケージ内のサルを取り扱うものであり、霊長類センターではBウイルス暴露に関しては低危険度と判定されていたため、彼女は防護眼鏡はかけていなかった。 暴露後、彼女は眼をペーパータオルで拭き、約45分後に水道水で2~3分間ゆすいだが、事故報告には記入しなかった。 暴露源となったサルは同定できなかった。
11月8日、彼女の眼が赤く腫れ上がった。 霊長類センターと提携している大学のメデイカルセンターの救急部で、彼女は医師にサルを取り扱っておりBウイルスに暴露されたかもしれないということを告げた。 眼のヘルペス感染に特徴的な角膜病変はWoodランプの検査で見つからなかった。 救急部の医師は備え付けのBウイルス・プロトコールを調べたのち、感染症の専門家と電話で相談した。 暴露が起きた状況と過去に粘膜暴露によるBウイルス感染がなかったことから、感染症専門家はBウイルス感染は考えにくいと結論したが、数日は感染症クリニックでのフォローアップを勧めた。 救急部医師はスルフォナイト点眼剤を処方した。
感染症クリニックのアポイントメントはすぐには取れなかった。 11月11日、眼の症状が悪化していたため彼女は専門医を紹介してもらうためにかかりつけの医師を訪ねた。 紹介された眼科医は、彼女が最近、猫ひっかき病にかかったことを聞き出し、猫ひっかき病の後に起こる眼症(パリノー症候群)を疑い、デオキシサイクリンを処方した。 培養用の眼の材料も採取された。 バルトネラ種についての確認の血清試験もその際に指示されたが、これは結局陰性であった。
11月13日、右の眼窩後部の痛みが増し、羞明も出てきたため彼女は別の眼科医に診察をもとめた。 感染症専門家とふたたび相談したのち、彼女はBウイルス感染の疑いでただちに入院させられた。 入院時の体温は正常であったが、入院第1日の間に101.40度(38.60℃)に達した。 物理的検査では結膜炎を伴った右の眼窩の腫脹と、ひとつの小さな柔らかい右耳介リンパ節が認められた。 尿の検査では蛋白尿の痕跡が見いだされた。 髄液の検査では1mlあたり8個の白血球(83%がリンパ球(正常値:1~10個の細胞、100%が単核球))。 ウエスタンブロットでの検査用の血清と、Bウイルス培養用の髄液と眼のぬぐい液がB Virus Research and Resource Laboratoryに送られた。 これまでに採取されて民間検査機関に保存されていた眼の培養材料は、従業員の危険性を最小限にするために、すべて回収された。
アシクロビルによる治療(8時間毎の15 mg/kgの静脈注射)が入院2時間後から開始された。 11月14日には水疱が右三叉神経の第1、第2分岐に見いだされ、治療はガンシクロビル(12時間毎に5 mg/kg)に変えられた。 頭のMRIは正常であった。 水疱は翌週には軽快した。 11月19日には鋭い頚部中央から後胸部にかけての不快感が出現したが8時間でおさまった。 すべての症状がおさまり11月24日には退院し外来でガンシクロビルの静脈注射治療をうけることとなった。
ガンシクロビル治療は中断されなかったにもかかわらず、11月25日には彼女は右脚の衰弱、排尿不能、下腹部の痛みで目ざめ、引き続いて急速な進行性上向性脊髄炎が起こってきた。 ふたたび入院して調べたところ、著明な右脚の衰弱、中等度の左脚の衰弱、両手の握力の低下と閉尿がみとめられた。 MRIでは頚髄から上部胸髄にひろがる異常が見いだされた。 彼女は13時間気管チューブの挿入をされ、C2 caudadから弛緩性の麻痺を起こした。
神経科の医師はウイルス感染後急性脱髄脳脊髄炎の診断を考え、短期間のプラズマフェレーゼとステロイドの投与が行われた。 11月30日にけいれん発作(不随意性の顔と眼の動き)が起こり、毒性のために普通はBウイルス感染には勧められていないフォスカーネットがガンシクロビルの治療に加えられた。 12月9日の間に彼女は細菌の院内感染による肺炎を起こし、成人呼吸器困難症候群を呈した。 繰り返し行われたMRIでは中脳から胸髄に広がる異常が見いだされた。 12月10日、彼女は不応性の呼吸不全で死亡した。
11月13、14日に病院で採取された眼と髄液の培養は B Virus Research and Resource Laboratoryで調べた結果、Bウイルス陰性であった。 11月13日と21日に採取した血清はウエスタンブロットであまり明瞭ではないが陽性反応を示しBウイルス感染が確認された。
編集後記
Bウイルスは約70%の捕獲マカカ属サルで持続的潜在感染を起こすが、ほかのサルでは起こさない。 間欠的な再活性化の際にサルは頬の粘膜、泌尿生殖管から、また結膜液の中にBウイルスを排出することがある。 再活性化は無症状のこともあれば、紅斑の基底部に水疱の集合を伴うこともある。
これは外傷を伴わない粘膜暴露により従業員に起きたBウイルス感染の確認例に関する最初の報告である。 これまでに報告されているヒトの感染は通常、マカカ属サルによる咬傷やひっかき傷、マカカ属サルの粘膜や中枢神経系の近くで使用した注射針から、またはマカカ属サル由来の感染性材料に接触したことから起きている。 1例のヒトからヒトへの伝播が起きている。ヒトでの潜伏期は短いもので2日、多くは2~5週間である。 これまでに報告されたBウイルス病患者で症状出現後、しかし呼吸困難または昏睡になる前ににアシクロビルまたはガンシクロビルの静脈注射による積極的な治療を受けた場合には助かっている。 積極的な抗ウイルス剤による治療にもかかわらず今回の患者が死亡したのはウイルス感染ルート、感染を起こしたウイルスの病原性、患者の免疫反応、または暴露後の治療開始のタイミングなどの要素がかかわっているのかもしれない。
「眼への飛散による暴露を防止するための暫定的勧告」
バイオハザードを起こす材料に作業員が暴露するのを防ぐことが感染防止の最善の策である。 サルに暴露した作業員の間での怪我やバイオハザード暴露を調べると、サルの体液との皮膚粘膜接触がもっとも普通であり、ある調査ではサルの体液に接触した17人の中、16人(94%)に眼への暴露が起きていた。 マカカ属サルを用いる研究機関はすべての作業手順、可能性のある暴露ルート(たとえば、咬傷、ひっかき傷、粘膜暴露など)と健康障害の可能性について、危険性の全体的評価にもとずいた総合的な作業者保護器具計画に関する文書を作成すべきである。 ここではそれぞれの作業ないし作業区域に必要な作業者保護器具についての計画をはっきりと定め、その計画の有効性について定期的評価を行わなければならない。
人でのBウイルス感染を防止するためにこれまでに出された勧告は、すべてのマカカ属サルがBウイルスに感染しているものとみなし、ケージ外の活動的なマカカ属サルを取り扱う際にはフェイスシールド(または外科用マスクと、ゴーグルもしくは眼鏡)で作業者を保護するものである。 今回の報告に述べられた事故は、マカカ属サルのいる区域に入ったり、捕獲したり、ケージ内のマカカ属サルの輸送のような作業では適切な眼の保護が不可欠であることを示している。 ほかにも眼の保護が必要な作業は危険性評価にもとずいて決めるべきである。 危険性が存在する状態で作業する人はすべて眼と飛沫保護のために確立された基準に合致した眼の保護器具をつけなければならない。 普通の眼鏡はこれには合致しない。
飛沫に対する眼の保護のためには、飛沫防止のためにデザインされた保護ゴーグル(湿度のある環境で着用するものとして曇り止めレンズで、視界が確保されているものがある)を、ほかの粘膜保護のためのマスクとともに着用しなければならない。 フェイスシールドは通常は保護用ゴーグルと一緒に着用する二次的な眼の保護器具である。 これまでのガイドラインはフェイスシールドで充分かもしれないと述べているが、ケージ内のマカカ属サルを移動している際にフェイスシールド、または外科用マスクとフェイスシールドの両方を着けていた作業者に眼の暴露が起きている。 粘膜暴露の危険性を最小限にするためには、フェイスシールドは飛沫が頭から眼に滴下するのを防ぐものでなければならず、またフェイスシールドの周り(側面、上部、底部から頬の下まで)での粘膜暴露を防ぐものでなければならない。 フェイスシールドのみで眼の暴露を防ぐという決定はフェイスシールドの限界と労働安全健康管理の規則を充分に考慮した上で行わなければならない。
暴露の際の管理
暴露防止に失敗した場合、傷や暴露部位の消毒が充分かつタイムリーに行われることが感染のリスクを左右する決定的要素となる。 サル類を収容したり、サル類または汚染の危険性のある組織に関連のある作業を行う研究機関は、研究機関としての暴露後手順を決めなければならない。 この手順により患者へのアクセスを研究機関が妨げることがないようにし、適切な診断のための試験と感染対策を保証することになるであろう。 まず、動物を取り扱う人に対してはマカカ属サルの生物材料に暴露されたすべての咬傷、ひっかき傷、粘膜表面またはすりむいた皮膚をただちに、かつ徹底的に洗浄し、これらの暴露をただちに報告するよう、教育しなければならない。 眼への暴露に際しては、現在のガイドラインではただちに流水で少なくとも15分間洗うことが勧められている。 第1に、暴露後手順では暴露の危険性があった作業者が、Bウイルスおよびサル類に関連したバイオハザードの知識のある地域顧問医師にただちに直接連絡できるようにしなければならない。 雇用主は暴露後、または作業者の症状にBウイルス暴露が作業時に起きた可能性のある際、ただちに顧問医師への直接連絡が可能なようにしておかなければならない。 最後に、暴露後手順にはアトランタのジョージア州立大学にあるB Virus Research and Resource Laboratory への診断材料の輸送方法も含まれていなければならない。 これらの暫定的勧告はCDCの健康安全局が召集する作業グループの今後の検討により改正または補足されるであろう。