164.デングウイルスがヨーロッパ南部で拡大

デングウイルスは太平洋戦争の最中の1942年、長崎で発生した際に、当時京都帝国大学医学部の堀田進博士により最初に分離された。その詳細は本講座50回で詳しく紹介した。

 

72年後の2014年には東京で発生して代々木公園で殺虫剤の散布が行われた。それから10年の間にデングウイルス感染は拡大を続けている。WHOの報告では、アフリカ、アメリカ大陸、東地中海、東南アジア、西太平洋地域で100カ国以上に常在していて、そのうち約70%は東南アジアと西太平洋地域が占めている。

 

デングウイルス感染発生地域の拡大状況:2011年(世界保健機関WHO)と2023年(ヨーロッパ疾病制圧センターECDC) の比較

拡大の背景には温暖化によるウイルス媒介蚊のヒトスジシマカの増加と新型コロナウイルスのパンデミック後の海外旅行の再開によるウイルス輸入例の増加があると推測されている。たとえば、フランスでは、2021年には164例、2022年には217例だった輸入例が2023年10月末現在で1414例が報告されている。

 

日本国内でもヒトスジシマカの生息域は青森県まで拡大しており、海外からの観光客の増加でデングウイルスの侵入のリスクは増大している。

 

ヒトスジシマカは15℃から35℃の温度で少量の水溜で繁殖する。南ヨーロッパではこの条件が揃っている。ヨーロッパ疾病制圧センター(ECDC)によれば、2023年10月25日現在で、国内伝播例はイタリアで66例、フランスで36例、スペインで3例が報告されている。感染者の50―90%は症状を出さないので、実際の感染例はもっと多いと推測される。(1)

 

デングワクチンとしては、2018年12月に欧州委員会で、2023年6月に米国食品医薬品局(FDA)でそれぞれ承認されたサノフィパスツール社のデングヴァクシア(dengvaxia)と2023年10月にFDAで承認された武田薬品のQDENGAがある。いずれも本講座50回で紹介した弱毒黄熱ワクチンをベクターとして、デングウイルス(1,2,3,4型)のエンベロープタンパク質(Eタンパク質とMタンパク質)遺伝子を組み込んだキメラワクチンである。

 

両ワクチンとも、デングウイルス常在国に住む6-16歳で抗体陽性者を対象としており、デングウイルス抗体陰性の場合にはリスクを最小限にすることが求められている。

 

抗体陽性者を対象とする背景には、フィリピンで2015年に政治的判断で100万人を目指して始められた学童への集団接種があった。この際、1000人近い学童に重い副反応が出て、抗体依存性感染増強(ADE)の関与が疑われたが、サノフィパスツール社は抗体陰性の子どもでは副反応が重くなるためADEではないと主張した。このような経緯から、2018年に欧州委員会はデングウイルスに感染した経験がある場合に限って接種を承認していたのである(2) 。

 

  1. Naddaf, M.: Dengue is spreading in Europe: how worried should we be?

Nature 31 October 2023.

 

  1. 山内一也:COVID-19ワクチンの実用化は慎重に。現代思想、2020年11月号。