WHOは2024年8月14日、コンゴを初めアフリカで発生が増加しているエムポックスに対して「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(PHEIC)を宣言した。2022年に西アフリカに常在するエムポックスの感染拡大の際に出された緊急事態宣言に次ぐ二回目になる。( 本連載150,152)
エムポックスウイルスは2つのクレード(系統群)に分けられている。2022年の発生は西アフリカに常在するクレードIIで、致死率はクレードIより低く1%以下である。クレードIは中央アフリカに常在するウイルスで、1970年に最初の患者がコンゴで見つかっていた。致死率は13%に達したことがある。現在のコンゴの発生では、成人で約5%、小児で10%の致死率が報告されている。
今回発生しているウイルスは、クレードIの変異株でクレードIbと名付けられている。クレードIbは2023年9月、コンゴで見つかってから、急速に広がっている。アフリカ当局の発表では、2024年8月までに1万5600人の感染者、537人が死亡している。クレードIaは主に野生動物からの感染だったが、クレードIbは性的接触など接触感染でヒトの間で広がっている。WHOは8月末の時点でのクレードIbの致死率を3.5%と推定している。無症状または軽症の感染者の存在、6~13日という長い潜伏期などから、実際には感染者はさらに多いと推測されている。7月には、これまで発生していなかった、コンゴに隣接するブルンジ、ケニア、ルワンダ、ウガンダで100人以上の感染が確認された。
クレードIの感染は歴史的には感染した野生動物の肉(ブッシュミート)を食用にすることで起きていて、発生は家族内に限られていた。昨年9月に最初の発生が見いだされた際には、セックスワーカーからの伝播だったため専門家は、クレードIIと推測したが、遺伝子解析でクレードIと診断されたのである。
緊急事態宣言の翌日15日には、アフリカ以外で初めてスウェーデンで感染者が見いだされた。患者はアフリカのクレードIのエムポックス発生地域での滞在歴があった。イタリアと英国は公衆衛生上の警告を発した。ヨーロッパでは2024年6月に100例のクレードIIb感染が見いだされており、2つのタイプのウイルスの流行が懸念されている。
エムポックスウイルスの自然宿主は野生齧歯類と推測されている。2022年のクレードIIの発生の際の系統樹の図で示されるように、自然宿主の間では大きな変異を起こさず(クレードIIa)、ヒトからヒトに伝播されることで新たな変異ウイルスの出現をもたらしている(クレードIIb)。今回のクレードIでも初期の封じ込めに失敗すると、同様の変異ウイルスの出現をもたらすおそれがある。
WHOはエムポックス予防ワクチンとして、2つの第3世代(弱毒化細胞培養)天然痘ワクチンを承認している。ひとつは橋爪壮が開発したLC16m8ワクチン、もうひとつはデンマークのババリアン・ノルディックのMVAワクチン(商品名Jynneos)である(本連載153)。アフリカやヨーロッパではMVAワクチンが用いられており、今回の発生ではMVAワクチンをEUは17万5000ドーズ、ババリアン・ノルディックは4万ドーズ、米国は5万ドーズをアフリカに提供している。ババリアン・ノルディックは年末までに200万ドーズ、来年は800万ドーズを生産すると伝えられている。しかし、アフリカ全体では1000万ドーズが必要とされている。LC16m8ワクチンを製造している熊本のKMバイオロジクスは350万ドーズを提供している。このワクチンは2回接種のMVAワクチンと異なり、1回接種で済む。
開発中のワクチンとして、日本では東京都総合医学研究所の小原道法と安井文彦のチームがDIsワクチンをニワトリ胚継代細胞のタンク培養による大量生産を目指している。DIsは天然痘ワクチンとして用いられていた大連1株を国立予防衛生研究所(現、国立感染症研究所)の多ヶ谷勇と北村敬が1960年に開発していた弱毒化ウイルスである。(本連載172)
第4世代ワクチンとしてDNAワクチンの開発も行われている。ワクチニアウイルスDNAのうち、免疫に関わる4つの領域のDNAを用いたもので、ウサギでの効果が報告されている。
文献
World Health Organization: WHO Director-General declares mpox outbreak a public health emergency of international concern. 14 August 2024.
https://www.who.int/belgium/news/item/16-08-2024-who-director-general-declares-mpox-outbreak-a-public-health-emergency-of-international-concern
World Health Organization : Multi-country outbreak of mpox. 12 August 2024.
https://www.who.int/publications/m/item/multi-country-outbreak-of-mpox–external-situation-report-35–12-august-2024
European Centre for Disease Prevention and Control: Outbreak of mpox caused by monkeypox virus clade I in the Democratic Republic of the Congo. 5 April, 2024. https://www.ecdc.europa.eu/en/news-events/outbreak-mpox-caused-monkeypox-virus-clade-i-democratic-republic-congo
Warnings over lethal and contagious strain of mpox as children in DRC die. The Gurdian, 26 June, 2024.
https://www.theguardian.com/global-development/article/2024/jun/26/democratic-republic-congo-drc-virulent-strain-mpox-monkeypox-virus-killing-children-miscarriages
Mpox: Sweden confirms first case of ‘more grave’ variant outside Africa. The Gurdian, 16 August 2024.
https://www.theguardian.com/world/article/2024/aug/15/mpox-variant-clade-i-case-sweden
Branswell, H.: To counter mpox, vaccine maker could ramp up by another 8 million doses next year. Statnews, 16 August, 2024. https://www.statnews.com/2024/08/16/bavarian-nordic-jynnneos-mpox-vaccine-maker-8-million-doses-next-year/
国立感染症研究所:エムポックスに対するワクチン。IASR, 44, 88-89, 2023.
安井文彦:エムポックスを含むオルソポックス属ウイルス感染症に対する非増殖型ワクシニアウイルスワクチンの開発に資する研究 https://www.amed.go.jp/content/000125515.pdf
Mucker, E.M. et al.: A nucleic acid-based orthopoxvirus vaccine targeting the vaccinia virus L1, A27, B5, and A33 proteins protects rabbits against lethal rabbitpox virus aerosol challenge. Journal of Virology, 96, e01504-21 https://doi.org/10.1128/JVI.01504-21,2022.
Chutel, L. et al.: Mpox case in Sweden sets off concerns of wider spread in Europe. New York Times, 17 August 2024.https://www.nytimes.com/2024/08/16/world/europe/mpox-cases-sweden-europe.html
Reardon, S.: Mpox is spreading rapidly. Here are the questions researchers are racing to answer. Nature, 28 August 2024.
追記(2024年10月2日)
MVA-BNワクチン(商品名Jynneos)のエムポックスに対する有効性について2022年クレード2のウイルスが広がっていたカナダで行われた標的試験の成績が2024年9月に発表された。
調査の対象になったのは、前の年に梅毒陽性の症歴またはHIV治療薬を投与されていた9803名の18歳以上の男性である。2022年6月22日から同年10月27日の間に1回MVA-BNワクチンの皮下接種を受けた3204名と、年齢や地域、HIVや梅毒歴の面で適合する3204名のワクチン被接種者について、エムポックスの発生状況が比較された。全体で71名がエムポックス感染と診断され、ワクチンの有効性は平均58%(95%信頼限界 31%から75%)となった。
エムポックスウイルスに対する中和抗体は、自然感染の場合より低く、ほとんどがワクチン接種6ヶ月から12ヶ月の間に低下していた。
2022年の流行ではワクチン不足が心配されて1回接種が多く行われていた。本来は28日間隔で2回目の接種を行う。MVA-BNワクチンはニワトリ胚細胞で500代以上継代したものでヒトの細胞では増殖しないため、この結果は想定内といえる。
WHOは天然痘ワクチンのエムポックスに対する有効性を85%と述べているが、これは本連載153で紹介したように、ウシで製造した第1世代ワクチンの成績である。日本のLC16ワクチンは増殖性で、有効性は高いと考えられる。さらに二叉針*による皮内接種1回で済むことから、アフリカでの実用性が期待される。
*二叉針は天然痘根絶計画の際に米国ワイス社が開発したもので、ミシン針の先端が割れていて、ワクチン液は表面張力でその中にしみ込む。これを皮膚に直角に強く刺せば正確かつ安全に皮内接種ができる。
文献
Navarro, C. et al.: Effectiveness of modified vaccinia Ankara-Bavarian Nordic vaccine against mpox infection: emulation of a target trial. BMJ 2024; 386 doi: https://doi.org/10.1136/bmj-2023-078243
Soucheray, S.: Amid new mpox outbreak, study suggests waning protection of Jynneos vaccine. CIDRAP, September 20, 2024.
https://www.cidrap.umn.edu/mpox/amid-new-mpox-outbreak-study-suggests-waning-protection-jynneos-vaccine