病名の由来
日本では、鎌倉時代の寛元2年(1244)以来、三日病または三日はしかと呼ばれた病気の流行の記述が残っている。江戸時代に入ってからは、安永八年(1779)に「風疹流行」、天保六年(1835)には「風疹大に行はる」(大流行があった)という記載があって、症状は麻疹に良く似ていて、軽いものは1、2日、重くても4,5日で回復したと述べられている(1)。
ヨーロッパでは18世紀中頃からドイツでRöteln(レーテルン、小さい赤)という病気が知られていて、のちにドイツ麻疹と呼ばれるようになった。この病気は麻疹もしくは猩紅熱の一種と考えられていたが、1814年、ジョージ・マトン(George Maton)はロンドン王立医師会で、ドイツ麻疹が麻疹や猩紅熱とは臨床的に別の病気という見解を発表した。1866年、インドに派遣されていた英国砲兵隊外科医のヘンリー・ヴィール(Henry Veale)は、学校の生徒ほぼ半数に起きたレーテルンの発生の報告で、レーテルンというドイツ風の発音は聞き取りにくく、ほかの病名も長すぎるとして、ラテン語の‘赤みがかった’を意味するrubellus(ルベルス)からrubella(ルベラ)という名称を提唱した。こレフラーが1960年代から普及して正式名称になっている(2)。
風疹ウイルスの発見
1914年、ニューヨーク大学のアルフレッド・ヘス (Alfred Hess) は、ドイツ麻疹の患者4名の血液をさまざまな細菌分離用の培地で培養しても細菌が見つからないことを確かめたのち、アカゲザルに接種したところ、発疹が出現し、24時間から36時間以内には消えたことを報告した。しかし、ウイルスの可能性については触れていなかった(3)。
1938年、札幌市立病院小児科の弘好文(図1)と田坂重元は、「レーテルンはウイルス病」という表題の論文で、4名の風疹と診断された患者のうがい液を細菌フィルターで濾過したのち、風疹にかかっていない子供16名に接種して、風疹の症状が発現したことを発表した。これが風疹ウイルスの最初の発見である。風疹は、それまでしばしば麻疹や猩紅熱と混同されていたが、ここで初めて独立した病気ということが確定された(4)。
風疹ウイルスの分離
風疹ウイルスの分離は長年にわたって、動物接種や細胞培養により試みられたが、失敗に終わっていた。1961年、米国の2つの研究グループが初めて成功した。ひとつは、ハーバード大学のトーマス・ウェラー (Thomas Weller)*によるヒトの羊膜細胞の培養での分離だった。しかし、これは40日から50日も培養して細胞変性効果を見つけるもので、大変な根気を必要としていた。
*注:ウェラーは、ジョン・エンダースとともにポリオウイルスの細胞培養で1954年にノーベル賞受賞を受賞した。
ウォルター・リード陸軍研究所のポール・パークマン(Paul Parkman)とマルコルム・アーテンシュタイン(Malcolm Artenstein)は、軍の基地で発生したアデノウイルスの流行を調査していた際、たまたま風疹で入院中の兵士がいたので、彼のうがい液を手元にあったアフリカミドリザルの腎臓細胞培養に接種したが、細胞に変化が起きなかった。そこで細胞変性効果を示すECHO(エコー)11ウイルス*を接種してみたところ、風疹患者のサンプルが接種された細胞では細胞変性効果が起こらないことを見いだした。これは風疹ウイルスがエコー11ウイルスの増殖を阻止していたためで、ウイルスの間での干渉と呼ばれる現象によることが明らかにされた。そこで、エコー11ウイルスを接種して細胞変性効果が出ないことを指標として、短期間で容易に風疹ウイルスの存在が確かめられるようになり、風疹ウイルスの研究が進展した(5)。
注:1960年代、腸内ウイルスであるポリオウイルスの研究をきっかけとして、ヒトの糞便から細胞培養で多くのRNAウイルスが分離され、どのような病気の原因になっているか分からなかったため、ECHO(enteric cytopathic human orphanヒト腸内の細胞変性効果を示す孤児の頭文字)と名づけられた。エコー11ウイルスは現在では、風邪の原因ウイルスのひとつで、新生児では髄膜炎や心筋炎を起こすことが分かっている。
先天性風疹症候群の発生
1940年、オーストラリアで風疹の大流行が起きた際、眼科医のノーマン・グレッグ (Norman Gregg)のクリニックに同じ日に3人の母親が先天性白内障の乳幼児を連れて受診した。母親たちは妊娠の初期にいわゆるドイツ麻疹(風疹)にかかっていたことが分かり、続けて10人に同様の症例が見つかり、さらにほかの眼科で65人の症例が見つかった。1941年グレッグは、その成績をまとめて、先天性風疹症候群に関する歴史的論文「母親のドイツ麻疹に伴う先天性白内障」を発表した(2)。
1962年から1965年にかけて、風疹の世界的大流行(パンデミック)が起きた。ヨーロッパから米国に広がった風疹に、米国では、1200万人以上が感染し、2100名の新生児が死亡し、1万人が難聴、3580人が失明、1800名が知的障害という先天性風疹症候群の大発生となった。成人では70%くらいの人で関節炎、そして稀に脳炎が起きた。このパンデミックを機会に、妊娠初期に感染した結果起こる先天性風疹症候群に大きな関心が寄せられるようになった(6)。
米軍統治下の沖縄でも、1965年から風疹の大きな流行が起きた。その前の年から米国で大流行を起こしていた風疹が、ベトナム戦線の基地となっていた沖縄に持ち込まれたのである。沖縄の流行は日本の各地にも広がり、1965年、九州大学の布上薫、国立予防衛生研究所(予研、現・国立感染症研究所)の甲野礼作、岩手医科大学の川名林治があいついで風疹ウイルスをパークマンらの干渉法を利用して分離した。1966年には風疹研究会が設置され、日本の流行株を用いた弱毒ワクチンが1975年に開発された(7)。このワクチンの検定は私が在籍していた予研麻疹ウイルス部で行われた。
1969年、日本政府と琉球政府が合同で調査した結果、沖縄でその年の出生数の2%にあたる408名の先天性風疹症候群の子供が見つかった。1983年には6年間限定で聴覚障害児のための聾学校が設立された。この学校の1学年だけの生徒が立ち上げた野球部の話題は、ノンフィクション「青春の記録・遙かなる甲子園:聴こえぬ球音に賭けた十六人」(戸部良也著、双葉社、1987)で紹介され、テレビドラマ化や映画化もされた(8)。
風疹排除計画
世界の風疹患者数はワクチン接種の普及により減少してきていて、2015年にはWHOのアメリカ地域全体からの風疹排除が宣言された。世界全体では2020年までにWHO加盟国の48%で排除が認定されている。日本が所属する西太平洋地域委員会は2003年以来、麻疹の排除とともに先天性風疹症候群の防止を目指している。2023年の排除認定の状況は図2に示した (9)。
日本では2012年から2013年ならびに2018年から2019年にかけて風疹の全国流行が起こり、2019年にワクチン接種キャンペーンが行われた。2022年には届け出患者数が15人に低下し、先天性風疹症候群は2022年以後の届け出はない。しかし、風疹ワクチンの定期接種率は目標の95%を下回っていて、風疹ゼロプロジェクト委員会は2月4日を風疹の日に定めて予防啓発につとめている (10)。
野生動物が保有する風疹類似ウイルス
風疹ウイルスはこれまでヒトだけに存在すると考えられていた。風疹ウイルスはマトナウイルス科のルビウイルス属に分類されている唯一のウイルスだった。
なお、マトナウイルスの名称は、前述のジョージ・マトンの名に由来する。
2019年にドイツのバルト海沿岸の動物園で奇妙な神経疾患が最初にロバ、続いてアカクビワラビー、カピバラで発生し、相次いで死亡した。近くにあるフリードリヒ・レフラー研究所のグループがメタゲノム解析で調べた結果、風疹ウイルスのゲノムが検出された。さらに、動物園の周辺10キロ以内の地域に生息するキクビアカネズミを調べたところ、約半数に同じウイルスが検出された。このウイルスは、風疹の英語名ルベラ(rubella)とウイルスが分離された地域シュトレーラズント(Strelasund)の文字を組み合わせて、ルストレラ(Rustrela)ウイルス*と命名された。キクビアカネズミは、無症状だったことから、ルストレラウイルスの保有宿主で、動物園の動物はこれから感染したことが推測された。
*英語の発音ではラストレラになるが、ルベラとの組み合わせによる造語ということを考慮して仮名表記をルストレラウイルスにした。
同じ2019年、米国ウイスコンシン大学のチームはアフリカのウガンダで食虫コウモリのサイクロプス・ラウンドリーフ・コウモリについてコロナウイルスの探索を行っていた際に偶然、新しいウイルスを発見した。このウイルスは、地域の名前ルテーテ(Ruteete)と現地のトーロ語でコウモリのはばたきを意味するオブフグフグ(obuhuguhugu)を組み合わせて、ルフグ(Ruhugu)ウイルスと命名された。ルフグウイルスは30-70%のコウモリに広がっているので、このコウモリが自然宿主と推測された。
系統樹(図3)では、野生動物が保有するウイルスが種を超えてスピルオーバーしている可能性が示されている。とくに、コウモリのルフグウイルスと風疹ウイルスではE1タンパク質の細胞受容体に結合する領域の構造では、1個のアミノ酸が異なるだけであるため、ヒトへの感染の可能性が指摘されている (11)。
ルストレラウイルスやルフグウイルスの発見がきっかけになって、ニュージーランド・オタゴ大学のグループは、魚類についてメタトランスクリプトーム解析(環境試料中の微生物群の遺伝子発現を網羅的に調べる手法)を行った結果、2021年、ゴマフシビレエイに風疹ウイルスに近縁のウイルスの存在を見いだし、シビレエイ・マトナウイルスと名づけた。マトナウイルス科の進化の歴史は複雑なことが示されたのである。
ネコの‘よろよろ病’の原因はルストレラウイルス
1970年代、スウェーデンのネコで後脚が麻痺して、よろよろ歩く致死的な神経疾患が見つかり、よろよろ病と呼ばれた。1990年代にはオーストリアのウイーン近郊を初め、ヨーロッパのほかの国でも見いだされた。最初はボルナ病ウイルスが原因と疑われたが、はっきりした証拠が見つからず、ボルナ病ウイルスは実験上のエラーと考えられている。
2023年、スウェーデン、オーストリア、ドイツのよろよろ病多発地域の計29匹のネコの脳についてメタゲノム解析を行った結果、17匹中、15匹にルストレラウイルスの配列が、見つかり、さらにPCRでも29匹中26匹と高い頻度でウイルス遺伝子が検出された。また、病変部組織内にウイルスRNAとウイルスタンパク質も見つかり、ルストレラウイルスが謎の病気の原因であることが確認された(12)。
2024年には北米でよろよろ病に似た症状を示す1頭の放し飼いのピューマが見つかり、安楽死させて検査した結果、ルストレラウイルスの遺伝子が検出された。検査試料がフリードリヒ・レフラー研究所に送られ、ヨーロッパのルストレラウイルスと比較した結果、図4のような系統樹が作成された。
マトナウイルス科はこれまで風疹ウイルスだけの1属1種で、ヒトだけが感染するとされてきたが、野生動物に近縁ウイルスが存在することが明らかになったのである。ルフグウイルスは、変異によりヒトに感染を起こす可能性のあることから風疹排除の視点から監視の必要が指摘されている。ルストレラウイルスの感染が、馬類、裂脚類、齧歯類、有袋類など多種にわたって起きていることも新興感染症の視点から注目される。風疹ウイルスと近縁ウイルスの生態学は、メタゲノム解析やメタトランスクリプトーム解析などの革新的手法の導入により、新しい課題になっているのである。
文献
1. 富士川遊:日本疾病史。平凡社、1969.
2. Cooper, L.Z.: The history and medical consequences of rubella. Reviews of Infectious Diseases, 7, S2-S10, 1985.
3. Hess, A. German measles (rubella): an experimental study. Archives of Internal Medicine 1914;13:913-916.
4. Hiro Y, Tasaka S. Die Röteln sind eine Viruskrankheit. Monatsschricht Kinderheilkunde, 76:328-332, 1938.
5. Parkman, P.D. et al.: Recovery of rubella virus from army recruits. Proceedings of the Society for Experimental Biology and Medicine, 111, 225-230, 1962.
6. Schaffer, B.: Measles and Rubella. Thomson Gale, 2006.
7. 植田浩司:日本の風疹・先天性風疹症候群の疫学研究—偶然との出会い。小児感染免疫、20, 247-259, 2008.
8. 山内一也、三瀬勝利:ワクチン学、岩波書店、2014.
9. Takashima, Y. et al.: Measles and rubella elimination in the Western Pacific region in 2013–2022: Lessons learned from progress and achievements made during regional and global measles resurgences. Vaccines, 2024, 12, 817. https://doi.org/10.3390/vaccines12070817.
10. 風疹・先天性風疹症候群 2023年2月現在。IASR, 44, 45-47, 2023.
11. Bennett, A. et al.: Relatives of rubella virus in diverse mammals. Nature 586, 424, 2020.
12. Grimwood, R. et al.: A novel rubi-like virus in the Pacific electric ray (Tetronarce californica) reveals the complex evolutionary history of the Matonaviridae . Viruses, 2021 Mar 31;13(4):585. doi: 10.3390/v13040585.
13. Matiasek, K. et al.: Mystery of fatal ‘staggering disease’ unravelled: novel rustrela virus causes severe meningoencephalomyelitis in domestic cats. Nature Communications, 2023 14: 624.
14. Fox, K.A. et al: Rustrela virus in wild mountain lion (Puma concolor) with staggering disease, Colorado, USA. Emerging Infectious Diseases, 30, No. 8, 202