(7/11/02)
ゼラチンのBSE安全性についての研究 |
BSEのヒトへの安全性にかかわる問題のうち食肉については、食肉処理場での特定危険部位の除去と迅速BSE検査による感染ウシの排除の2本立ての対策で安全が確保されているのは衆知のことです。また、このような対策の対象にはならない牛乳については本講座第127回で述べたように、BSEウシの牛乳ではマウスへの脳内接種によるバイオアッセイで感染性がみつからないという実験成績と、野外でBSEウシから(種の壁のない)子ウシに牛乳を介してBSE感染の起きている証拠がないということから安全とみなされています。
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1. スパイキングによるバリデーション |
医薬品とくに血液製剤や遺伝子工学で作るバイテク医薬品などでは、原材料にウイルスなどが混入する場合のリスク評価のために、製造工程での除去効率を実験的に調べる手法が用いられています。たとえば、血液製剤にB型肝炎ウイルスが含まれていないことを保証するためには、まず、献血者が感染していないこと、つまり原料の安全性だけでなく、製造工程でウイルスがどれくらい除去されるかを調べることが必要です。実際にはB型肝炎ウイルスの検出はチンパンジーに接種する以外に方法がありませんので、B型肝炎ウイルスによく似た性状のウイルスを大量に加えます。この添加のことをスパイキングと呼びます。そして、さまざまな製造工程でどれくらい添加したウイルスが除去されるかを測定し、全体の製造工程でのウイルス除去率を求めます。これがスパイキングによるバリデーションです。
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2. ゼラチンについての安全性評価試験の概要 |
1)第1期試験:これは1993?98年にかけて、英国エジンバラにあるインバレスク研究所Inveresk Research Instituteで行われました。ここではスクレイピー病原体のME株がスパイキングに用いられました。これはマウスで植え継いだもので、マウス順化株ということになります。この試験ではゼラチンの製造工程が充分に反映されていないこと、試験にゼラチン製造の専門家が立ち会っていないこと、また、ME株はBSE病原体よりも熱に弱いといった点が問題点として指摘されています。
2)第2期試験:1997年から2002年にかけて行われた大規模な試験です。第1期試験は1カ所の研究施設で行われましたが、第2期試験では英国の家畜衛生研究所エジンバラ神経病理ユニット、オランダのDLO動物科学・衛生研究所DLO
Institute for Animal Science and Healthとボルチモア研究・教育財団Baltimore
Research and Education Foundationの3カ所で行われました。このうち、エジンバラ神経病理ユニットはスクレイピー、BSE、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の研究で世界的に有名です。一方、オランダの研究所はアムステルダム郊外の埋め立て地に建設された畜産、家畜衛生の研究施設です。本来、国の研究所でしたが、現在は独立行政法人のようなものだと思います。私は建設当時から何回か訪問し、3年ほど前にも訪問したことがありますが、基礎から応用、さらに企業との共同研究など活発な活動を行っています。プリオン病の領域では、スクレイピーのヒツジの扁桃についての生前診断の研究が有名です。ボルチモアの研究施設はローワーRohwer,
R.G.が担当しています。彼は以前、ボルチモアの在郷軍人メディカル・センターの研究施設でバイテク医薬品についてのスクレイピーによるスパイキング試験を行っていた人です。今回もスクレイピーをスパイキングに用いて、後で述べる液状の試料についてのスパイキングを行いました。
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3.安全性の評価結果 |
骨を砕いた出発材料に添加(スパイク)した病原体は1グラム中に108
ID50(1億単位)のもので、これは現実に起こりうる交差汚染量の1000倍に相当します。感染単位の減少の程度が除去効率になりますので、高い単位が必要になるわけです。試験の成績は301V
と263K株はほぼ同じでした。
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4. 結論 |
ゼラチンのBSEリスクでは、原料の皮には問題はなく、骨での交差汚染が問題です。しかし今回の試験で、ゼラチンの製造方法そのものがBSEの除去に非常に効果的であることが定量的に証明されたことになります。2000年秋にヨーロッパでBSE発生の急増が起きたことから、EUでは2001年からBSE対策を強化しましたが、それ以前の2000年まででも、ゼラチンのBSEリスクは限りなくゼロに近く、許容できるレベルであったとみなされます。
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