英国で見いだされた10名の新型クロイツフェルト・ヤコブ病8CJD9の患者は、BSEの感染による可能性が疑われていることは、これまでにこの講座でもご紹介しました。 この後、英国で1名、フランスで1名、新型CJDが見いだされ、現在計12名になっています。 果たしてBSE由来かどうかは、今後の発生状況の疫学的検討、前回ご紹介したマウスでの潜伏期および病変のプロフィル、また人プリオン発現トランスジェニック・マウスなど、色々な面からの検討が始まっています。 今回、フランス原子力委員会の研究所のラスメザス C.I. Lasmezas らが、BSEの脳乳剤のカニクイザルへの接種実験の成績をネイチャー Vol.381 (6月27日号)に発表しましたので、要点をご紹介します。 なお、本論文についてネイチャー編集者は記者発表で、 ネイチャーがこの論文を受理して審査している段階で、原子力委員会が6月13日に記者発表を行ってしまったことを大変残念に思うと述べています。 その結果、Letterではなく Scientific Correspondence の欄に掲載することにしたとのことです。 英国から提供された1頭のBSE発病牛の脳乳剤を2頭の成熟カニクイザルと1頭の生まれた直後のカニクイザルの脳内に、それぞれ400 ulおよび200 ulを接種したところ、2頭の成熟サルは150週で行動異常を示しはじた。 1頭は抑鬱状態、もう1頭は異常な食欲。 2頭とも小脳症状を示すようになり、そのうちにけいれん発作が起こるようになった。 この2頭は行動異常が出現後、10および11週目に殺処分された。 若い方のサルは128週目に同様の症状を示しはじめ、23週後に殺処分された。 脳の中の異常プリオンの分布は新型CJDと極めて良く似ており、海綿状変性も見いだされた。 PAS 染色とアルシアンブルー染色で新型CJDに見られた花のような形のアミロイド斑が検出された。 これはとくに若いサルの方に顕著であった。 また、その分布も新型CJDのものに似ていた。 これまでに散発型CJDを接種した2頭のマカクサルでは、このようなアミロイド斑は見られていない。 (はっきりしませんが、これは彼らの成績ではないようです) カニクイザルの属する旧世界サル・プリオン遺伝子も人と96.4%の相同性があり、人にもっとも近い実験モデルになるとみなされる。 人ではプリオン遺伝子のコドン129が多形性であって、新型CJDではメチオニンがホモで、これがCJD感受性に重要とみなされている。 牛とカニクイザルでは、129番のコドンはメチオニンだけである。 今回のサルは脳内接種であり、人でのBSE汚染は経口であって、ルートが違う。 しかし、最終的な病変はBSEのような安定した株では、ルートに関係ないだろう。 結論として、今回の結果は、BSEが新型CJDの原因という仮説を支持するものとみなせる。 この報告について News and Views で、チューリッヒ大学神経病理のアグッチAdrian o Aguzziが以下のような指摘を行っています。 BSE病原体には、ほかの伝達性海綿状脳症の病原体にはみられない特徴があり、たとえば、羊、マウス、ハムスターでのスクレイピーの場合と異なり、経口投与で容易に多種の動物に感染を起こす。 食人で広がったとされるクールーと同じようなアミロイド斑が存在することから、新型CJDの神経病変は経口感染が重要という推論が行われている。 今回のラスメザスらの観察は、この議論とは異なり、人での新型CJDの神経病変はBSE株の特徴がサルで反映されたものとしている。 とくに次の点で疑問がある。 第1の点として、マカクサルの系が人の現実的モデルになるかどうかという問題がある。 今回サルの脳内に接種されたのは50-100 mgの脳乳剤に過ぎないし、これは数年前までは人の食物に普通に含まれていた脳組織の量の範囲であり、経口では伝達効率がかなり低くなるだろうと推定される。 BSEのサル接種での経口と脳内の感染効率は分からないが、500 mgのBSE牛脳乳剤を6頭の羊に経口投与を行った実験では1頭しか発病しなかったことが報告されている。 第2の点は遺伝的感受性である。 英国の新型CJD患者とフランスの1例では、いずれもプリオン遺伝子のコドン129はすべてメチオニンがホモであり、もう1例の疑わしい例では、バリンがホモになっている。 したがって129がメチオニン、バリンとヘテロの場合8コーカシアンでは51%)は、プリオン説に基づけば、正常プリオンが2種類作られていて、それぞれが微妙な差を示すために、異常プリオンへの変換の効率を妨げるという説明ができる。 今回のサルでは129番コドンについては明らかにされていない。 また、危険因子と考えられるのに脳の中での正常プリオンの発現量がある。 マカクサルで人と同じように発現されているかどうか確認することが重要である。 もうひとつの重要な問題は、消化器から脳への侵入の機構である。 この場合にはリンパ系組織が経路という証拠がいくつかある。 しかし、問題なのはBSEプリオンは羊、ハムスター、マウスなど大部分の動物種ではリンパ細網系組織で増殖するのに対して、牛の脾臓とリンパ組織では驚くほど増殖しにくい。 緊急に必要な実験は、サルへの経口投与と、最小感染量の決定である。 これにはBSE脳の希釈系列を多数のサルに接種して長い年月観察しなければならない。 BSEが人に感染を起こすかどうかについては、本講座27回でご紹介したコリンジらの人プリオン発現トランスジェニック・マウスの実験があります。 このトランスジェニック・マウスは、BSEを接種した場合、CJD接種なら発病する予定の日を過ぎても発病しないことから、BSEが人に感染する可能性が低いことを示唆しようとしています。 今回の報告は、サルの感染実験から新型CJDを起こす可能性があるという逆の内容です。 すでにBSEのサルへの接種実験はこれまでにも行われていますが、私の知っているかぎり、マーモセットでの感染成立のみだったと思います。 今回のネイチャーの報告では、このマーモセットの実験については、まったく触れていません。 アグッチの指摘したように人へ経口感染したBSEの体内伝播に関する研究は、サルでは可能ですので、今後この方面の研究も重要になるものと思います。 |