人獣共通感染症連続講座 第78回

ニパウイルス感染・マレーシア政府の公式報告


マレーシア獣医局長モド・ノルディン・モド・ノルMohd Nordin Mohd Nor博士からOIE国際獣疫事務局あての緊急報告(5月15日付け)がProMEDに掲載されました。 ニパウイルス感染に関するマレーシア政府から初めてのまとまった報告です。 全文の直訳をご紹介します。


1. 人の症例の経緯

マレーシアで人の死亡を引き起こしたニパ病の発生は豚でのウイルス感染に起因する。 1998〜99年の発生の調査結果、当初暫定的に日本脳炎と診断された発生例にまでさかのぼった。

1997年に養豚場従業員の多くに病気が報告され、そのうち1名が死亡した。 大部分の者は個人病院で治療を受けた。

1998年、さらに多くのウイルス性脳炎の症例が報告され、さらに2つの村で発生が起きた。 医学部門と獣医学部門の担当官で構成された特別対策班が結成された。 1998年の末までにタンブンTambun、ウルピアUlu PiahおよびアンパンAmpangからの10名が4日ないし2,3週間昏睡になったのち死亡した。 このウイルス性脳炎の症例のうち約15%が日本脳炎と診断され、残りの85%は診断できないままであった。

1998年の12月半ばまでに病気は、感染した豚の移動によりクアラルンプールの約60キロ南のシカマトSikamatに広がった。 20名の従業員のうち7名が発病し、5名が1999年1月に死亡した。

1999年3月までに病気はネゲリ・センビランNegeri Sembilan州のブーキト・ペランドクBukit Pelandokの主要養豚地域に広がった。

マラヤ大学医学微生物学部は未知のウイルスの分離に成功した。 本ウイルスは米国コロラドのフォートコリンズにあるCDCのアルボウイルス研究センターに送られた。 ここでマレーシアと米国の科学者が共同でウイルスの性状解析を行った。 1999年3月18日にCDCは、分離ウイルスが1994年にオーストラリアのブリスベーンで最初に分離されたパラミクソウイルスであるヘンドラウイルスに非常に近縁であることを発表した。 ウイルス分離源となった人が死亡した地域、ネゲリ・センビラン州のスンガイ・ニパSungai Nipah村の名前をとって、分離ウイルスは1999年4月10日にニパウイルスと正式に命名された。

病気はさらに多くの農場に広がり、1999年3月1日から5月10日までにネゲリ・センビランで合計224名のウイルス性脳炎が疑われる症例が見いだされ、80名が死亡した。

ニパウイルスに感染した疑いのある合計258名のうち、100名が死亡した。

新ウイルスの広がりを制圧するために、農夫とその家族に対して村を離れて発生地域外の学校や公共の建物に一時的に避難するよう指導が行われた。 ニパ病の診断と制圧についてCDCとオーストラリアの専門家の協力が依頼された。


2. 人の臨床像
  • 軽度ないし重度の臨床症状。
  • 種々の程度の発熱と頭痛。
  • 少数の患者では眠気と方向感覚喪失がみられ、ついで昏睡におちいり人工呼吸を必要とする。
  • 昏睡におちいった患者の大部分は死亡する。
  • 病気の全体経過はいまだに不明。
  • 潜伏期は1ないし3週間と推定される。

臨床症状を示すことなく血清反応が陽性の患者もいる。


3. 豚の病像
  • 一般に死亡率は低いが、感染率は高い。
  • 養豚場の間および同一養豚場内での病気の広がり方は解明されていない。
3.1 臨床症状

a) 離乳豚および食用豚

  • 軽度ないしはげしい咳で、致死率と感染率についてはさまざまな報告がある。

b) 成豚(雌および雄)

  • 病像はさらに顕著で、呼吸困難、けいれん、死亡といった中等度ないし重度の呼吸器障害を示す。
  • 雄の成豚では病気が急性となって、数時間で死亡することがある。

あまり重くない場合、粘稠性の膿をともなう粘液の分泌と肺炎。

c) 子豚、未経産豚、成熟雌豚

  • けいれんなどの神経症状
3.2 病理解剖所見
  • 肺における種々の程度の硬化病変、主に肺葉隔壁(肺葉隔壁の肥厚が特徴的)。
  • 割断面では気管支内に種々の程度の滲出液が見られる。
  • 腎臓では表面および皮質に鬱血が見られる。
  • 脳は点状出血が見られた1例を除いて正常。
  • ほかの内臓は正常。
4. 他の動物での病気

抗体陽性の犬、猫、馬、山羊が発生地域で見いだされた。

犬:臨床症状を示した犬の剖検での病変は豚の場合と同様であった。 腎臓ははげしい出血と鬱血を示した。 滲出液は気管と気管支に存在していた。


5. 伝播様式

動物での感染実験はオーストラリアの連邦科学工業研究機構CSIRO (Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation) オーストラリア家畜衛生研究所Australian Animal Health Laboratoryで実施されている。

5.1 経口接種
  • 臨床症状発現までの潜伏期は14ないし16日。
  • 臨床症状と肉眼病変は軽度。
  • ウイルス分離試験は進行中。
5.2 非経口接種
  • 2頭の接種豚はより重い症状を呈した。 1頭は中枢神経症状、他の1頭は呼吸器症状。 症状は接種後7ないし10日で出現した。
5.3 同居感染
  • 感染は急速に、おそらく最初の接触で起きた。 中和抗体は14日目に検出された。
  • 扁桃と呼吸器上皮でのウイルス増殖、および肺の中の気道内に汚染した細胞塊の存在は、ウイルスがすくなくとも咽頭および気管分泌物で伝達されることを示唆している。

そのほかの成績は未発表。


6. 診断
6.1 ウイルス分離

肺、肝臓、腎臓、脾臓、心臓および脳の組織サンプルはウイルス学的検査用に採取され、米国アトランタのCDCに送られた。

分離ウイルスの分子性状についての研究で、ヘンドラウイルスと比較してヌクレオチド配列で21%、アミノ酸配列で11%の違いが見いだされた。

6.2 血清学的試験

2つの研究室、すなわちイポIpohの獣医研究所Veterinary Research Instituteとマラヤ大学医学微生物学部の特設実験室がそれぞれ、動物および人の血清についての血清学的試験を行う場所に指定された。 サンプルは上記の研究室でIgGおよびIgM捕捉ELISAにより、またジーロンGeelongにあるオーストラリア家畜衛生研究所でウイルス中和試験により検査された。


7. 発生時での動物についての血清学的調査結果
7.1 豚

感染が起きた農場では95%以上の雌豚がニパウイルス抗体を保有していた。 子豚の90%以上は母親由来と思われる抗体を保有していた。 すべての年齢層の豚での抗体分布は汚染農場について試験中である。

7.2 馬

発生地域の1農場で、47頭の競馬馬のうち2頭がニパウイルス抗体を保有しており、安楽死させられた。 国内のすべての競馬馬は試験の結果、陰性であった。

7.3 犬

発生地域のひとつで捕獲された犬の50%以上がヘンドラウイルス抗原を用いたIgG捕捉ELISAでニパウイルス抗体陽性であった。

他の発生地域の犬での抗体は試験中。

7.4 猫

汚染地域の猫23匹のうち、1匹が抗体陽性。

7.5 オオコウモリ

試験した99匹のオオコウモリのうち15匹が中和試験でニパウイルス陽性。

7.6 齧歯類

これまでのところ、発生地域で捕獲したネズミの血清サンプルはすべて抗体陰性。 さらに試験を続けている。

7.7 その他の動物

牛、山羊、羊、リス、猪、野鳥、ニワトリ、ダチョウの血清が採取され、今後試験の予定。


8. 制圧および撲滅計画
8.1 ニパ病制圧計画第1段階

病因解明に伴い、ただちに豚の大量殺処分による本病根絶計画がたてられた。 2月28日から4月26日までに合計901,918頭が4つの発生地域(ペラク州の1地域、セランゴール州の1地域およびネゲリ・センビラン州の2地域)で殺処分された。

8.2 ニパ病制圧計画第2段階

豚についてニパウイルス抗体を調べて過去の汚染農場を見つけるための調査計画がたてられた。

これまでにハイリスク地域と指定された場所以外のすべての農場の雌豚から、統計的処理可能なランダムサンプリングで血清を採取しニパウイルス抗体を調べる予定である。 3週間の間隔で続けて行った2回の成績が陰性の場合、「暫定的フリー」状態とみなされる。 しかし、第1回または第2回目の試験で陽性となった農場では豚を殺処分する。

これまでに235農場が調べられ、そのうち9農場が陽性であった。 合計23,736頭のうち、陽性農場の4つの11,458頭が殺処分された。 この計画では、豚の飼育規模160万頭の合計824農場が調べられることになっている。


9. 今後の対策

ニパウイルスの自然宿主を確認し、家畜と人への伝播様式を明らかにするための試験が続けられる。

今回の発生はマレーシア政府に、養豚産業の状態を見直し、再生の方向性を定める機会となった。


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