第39回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}


18.1.4. DNA塩基配列の進化速度の推定

前節で述べたように、相同タンパク質を比べて、アミノ酸がどこで違っているかを数え、古生物学の知識を取り入れて、進化の速度を求めることができる。初期の分子進化研究ではもっぱらこのようにアミノ酸配列で行われた。そのころでもすでに、アミノ酸が変ることはDNA塩基のどこかが変ったことの反映であるということはわかっていた。つまり、タンパク質のアミノ酸配列を比べることで、DNA塩基配列の変化を推測したわけである。今日ではDNA塩基配列は直接決定することが日常的となり、多くの生物で比較することができる。しかし分子の機能的な重要さと進化速度の関係をみるには、タンパク質の構造が重要で、DNAとタンパク質の両方を調べることが分子進化の研究には大切である。

ここで第38回講座で示した逆引き遺伝暗号表を思い出してもらいたい。アミノ酸の変化を伴なわないコドンの変化は大部分が塩基の第3番目の場所である。このような変り方を同義的synonymous変化という。3番目の文字を変えてもアミノ酸が変わらないことが多く、これはDNAレベルでは、タンパク質を変えない変化が進化では起こりやすいといえる。1番目の場所を変えると、ロイシン(Leu)のような少数の例外を除いて、アミノ酸は変る。また、1番目と2番目の塩基がそれぞれ同じコドンが、第3番目が(U,C)、(A,G)のグループ間でアミノ酸が違うが、グループ内では同じアミノ酸となっている。

いずれにせよ、アミノ酸配列を比べたとき、あまり変っていなくても、DNA塩基配列でみると変化のある場合が多いのは注目すべき事柄である。

前節で述べた、タンパク質のアミノ酸配列の比較から進化の速度を推定する方法に触れたが、ここではDNA塩基配列について同じような問題を考えてみよう。

DNA塩基配列にしろ、アミノ酸配列にしろ、二つの生物種の間で相同な遺伝子またはタンパク質を比べたとき両者に違いがあるのは、共通の祖先から分岐した時間Tの間に変化が生じて、突然変異が蓄積したためである。このような突然変異の数を部位あたりKであらわし、これを進化距離とする。Kはどれだけ突然変異が進化の過程で両種の間に蓄積したかを表わすもので、分子進化の研究では、Kを求めることが重要である。

分子進化の速度の表わし方は、長い時間T(例えば8,000万年)をとり、二つの生物を比較し、その間にアミノ酸あたりまたは塩基部位あたり、進化の過程で置換が何回起きたかの数(K)を求め、これを2Tで割って得られる。Tを2倍するのは、分岐した二つの系統についての変化の合計時間に置換が蓄積するからであある。進化速度を小文字のkであらわすと

k=K/(2T)

前節で求めたヘモグロビンの比較では、進化速度はアミノ酸あたり1年当たりおよそ10−9であった。すなわち、ヘモグロビンではkaa〜10−9/年となる(下つき添字aaはアミノ酸を意味する)。この値はアミノ酸部位ごとに違う可能性(例、Yang & Kumar 1996)があり、全体を平均した値である。

進化速度の推定に必要なKの値は、二つの生物のタンパク質またはDNAを比べて、単純に違っている場所の数を求めて全体の数で割るだけでは必ずしも正しくない(タンパク質については前節で述べた)。DNAでは4種類の文字、A,T,G,Cしかないから、まったく無関係な塩基配列でも偶然により4部位のうち1部位は平均して一致することに気を付けなければならない。

進化における塩基部位の変化
祖先配列 生物種1配列 生物種2配列
1. A A A
2. A C C
3. A A C→A
4. A A C
5. A C G
6. A G C→A

二つの生物種の相同塩基部位を調べたとする。上記の例1では、祖先がAで、二つの系譜で変化がなく、ともにAであれば簡単である。しかし二つの生物種で相同な部位がともにCでのとき、祖先Aが一方の系譜で置換が起こり、Cとなり、他方の系譜でも同じ部位異に同じ置換が起こった場合(例2)は面倒でる。また例3では一方の系譜に2回置換が起こり、現在では二つの種でともにAであることもあり得る。このように、現在同じものがあったからといって、必ずしも祖先が同じとはいえない。特に分岐が非常な太古であると、このような複雑な変化が生じた可能性が大きく、気をつけなければいけない。また、比較する相同な塩基部位で違いがあったとしても、例4、例5、例6のようにいろいろな場合が考えられる。もっとも、ヒトとゴリラのように、分岐年代が比較的新しいときは、このような複雑な場合はあまり重要ではなくなる。

進化距離を推定するための統計的方法について述べる前に、進化は集団レベルの変化でありことを強調しておきたい。一つの特定の塩基部位を取り上げてみると、突然変異でその個体は変化するが、集団はその1個体が変化した(ヘテロ接合)に過ぎず、その他の個体はいわゆる野生型である。この集団の個体すべてが突然変異遺伝子(のホモ接合)になったとき、遺伝子の置換が起きたという。この置換が塩基配列の相同部位が違った(アミノ酸配列の場合は縮退のため違わないこともある)というのである。突然変異mutationという用語は、個体レベルの変化であり、置換substitutionは種の特性としてDNA塩基やアミノ酸のある部位が別のものに置き換わったことを意味する。突然変異は個体に絶えず起こるが、そのような遺伝的変化は多くの場合、数世代のうちに集団からなくなってしまう。

ヒトヘモグロビンの例をとると、正常なアミノ酸配列とは少し違う(多くの場合、アミノ酸が一つ変った)いわゆる異常ヘモグロビンをもった個体がいろいろ報告されている。一見健康そうな人の中にも異常ヘモグロビンを持った人がおり、このような人は数千人に1人くらいの割合で存在する。たいていの場合は数世代前に起きた突然変異が原因である。分子として機能的に重要なアミノ酸部位が損なわれると、はっきりとした臨床症状があらわれる(たとえばヘム鉄分子と結合するヒスチジン部位の突然変異はチアノーゼと軽い貧血を呈するMヘモグロビン血症)が、多くの場合、アミノ酸が一つくらい変っても健康に差しさわりがないようである。分子進化の議論では、種に個有な塩基配列に置換が起こり、それが蓄積してゆく過程を問題に取り上げるのである。

集団の中に突然変異をもった個体が現われると、その突然変異遺伝子は子孫に伝えられることがあっても、たいていの場合は数世代で集団から失われる。しかし、まれには、それが世代がたつにつれ集団中にふえてゆき、種内のあらゆる個体に広がる(固定する)が、その状態はすでに述べた置換である。特定の遺伝子について、例えばヒトとサルの共通の祖先から、二つの種の集団に別々に広がった突然変異の総数を求め、部位あたりの数として表わすことは、両種の間の進化距離Kを求めることに相当する。

進化機構として問題になるのは、こうして種内に広がった突然変異が、ダーウィンの有利な自然選択によるものなのか、それとも生存に良くも悪くもない(中立突然変異)が偶然的に種内に広がった結果なのかという点である。これが自然選択説と中立説の論点である。ただし、これから述べるKを推定する統計的方法にはこの機構についての考え方は関係ない。しかし、求められたKの推定値は、中立説と関連して、興味あるデータを提供している。

18.1.4.1. 一パラメータ模型による進化距離の推定

ある特定の塩基部位に注目すると、4種の塩基(RNAの塩基で)A、U、G、Cが次々に種内で置換していくのが進化の過程である。そのうち最も単純なモデルは、どの方向の変化、すなわち置換もが同じ割合αで起こるとするものである。

  U C G A
U * α α α
C α * α α
G α α * α
A α α α *

この表は第一行の塩基から第一列の塩基に変る割合を行列の形であらわしたものである。行列の右下がりの対角線の*印は塩基の変化がない対応で、当面ここでは問題とかかわりがない。

二つの相同な塩基配列を比較したとき、両者の間で違っている部位の割合がλであるとすると、進化距離の推定値は

K=-(3/4)ln{1-(4/3)λ} (Jukes & Cantor,1969)

である。また、距離の誤差分散は

σK2={λ(1-λ)}/[L{1-(4/3)λ}] (Kimura & Ohta 1972)

となる。ここでLは比較に用いた塩基配列の長さを表わす。たとえばプレプロインスリンのA鎖とB鎖を、ヒトとニワトリで比べると、A鎖では63塩基部位のうち12が違っており、B鎖では90部位のうち19が違っている。したがって、

λ=(12+19)/(63+90)=31/153=0.203

をKの式に代入すると、K=0.236±0.045が得られる。これは塩基部位あたりの平均置換数の推定値である。ヒトとニワトリの共通の祖先は石炭紀にまでさかのぼると考えられるので、T=3x108(3億年)とすると、1年あたりの進化速度はK/(2T)から

knuc=3.9x10-10

となる。ここにkとその下つき添字nucは塩基部位あたりの速度を表わす。

18.1.4.2.二パラメータ模型による進化距離の推定

現実のデータは、4種類の塩基の間で進化における相互置換の率がすべて等しいとする仮定を必ずしも満たしていない。そこで、4種類の塩基をピリミジン(U、C)とプリン(A、G)の二組にわけて、ピリミジンあるいはプリン同志のそれぞれの変化(α)とピリミジンからプリン、あるいはプリンからピリミジンへの変化(β)を分けて考えることにする。前者の変化は転位transition、後者の変化を転換transversionという。

  U C G A
U * α β β
C α * β β
G β β * α
A β β α *

逆引き暗号表でも、第3番目のコドンが(U,C)と(A,G)で縮退によるタンパク質が分類されることから、このモデルは検討に値すると考えられる。

二つの相同な塩基配列を比較して、両者で違っている塩基部位のうち、転位型の違い(UとC、またはAとGの違い)の割合をP、転換型の違い(UとA、UとG、CとA、CとGの違い)の割合をQとする。二つの相同配列の間の進化距離は塩基部位あたりの置換数は次のようになる。

K=-(1/2)ln{(1-2P-Q)√(1-2Q)} (Kimura 1980)

また、この推定値の誤差分散は

σK2={(a2P+b2Q)-(aP+bQ)2}/L

ただし、

a=1/(1-2P-Q)、b=(1/2){1/(1-2P-Q)+1/(1-2Q)}

で、Lは比較する塩基配列の長さである(Kimura 1980)。

前節のプレプロインスリンをヒトとニワトリを比較した場合をみると、A+B鎖の転位型の違いは19、転換型の違いは12である。これを比較した塩基部位の総数L=153で割ると、P=19/153=0.1242、Q=12/153=0.0784という値が得られる。この値を上式に代入して、

K=0.241±0.041

が得られる。この推定値はすでにJukes-Cantorの式から求めたK=0.236とあまり相違がない。しかし、Jukes-Cantorの式は転位型と転換型の置換の比率を暗黙に1:2と仮定しているが、実際のデータでは転位型の置換の方が多い。したがって、本節で示した式の方が実情をより反映していると考えられる。

なお、2P=Qのときは、λ=P+Q=3Q/2にとなるから、本節の式は前節のJukes-Cantorの式になる。

18.1.4.3.三パラメータ模型による進化距離の推定

転換型の置換を二つに分けて、より柔軟性のある次のようなモデルを取り上げよう。

  U C G A
U * α γ β
C α * β γ
G γ β * α
A β γ α *

このモデルを用いて進化速度を推定するには、次のように二つの塩基配列1と2を比べて、塩基配列の違いを3つに分類する。

塩基配列 転位型の違い 転換型の違い
1 U C A G U C A G U C A G
2 C U G A A G U C G A C U
頻度 P Q R

転位型の違いの全塩基部位に対する割合をP、転換型の違いを2つにわけてそれぞれの全塩基部位に対する割合をQ、Rとする。そうすると、塩基配列が一致する部位の割合は1-P-Q-Rとなる。このときの進化距離は

K=-(1/4)ln{(1-2P-2Q)(1-2P-2R)(1-2Q-2R)}

で、誤差分散は

σK2={a2P+b2Q+c2R-(aP+bQ+cR)2}

ここに

a=(C12+C13)/2, b=(C12+C23)/2, c=(C13+C23)/2
C12=1/(1-2P-2Q), C13=1/(1-2P-2R), C23=1/(1-2Q-2R)

である(Kimura 1981)。

より一般的な6パラメータモデルも工夫されているが、興味のある向きはKimura(1981)を参照されたい。

以上の進化速度の推定法は、それぞれに長所と短所がある。1パラメータ法は簡単で最初の近似として使用し易い。しかし、部位あたりの置換数が大きいと推定値が小さくなる傾向がある。2パラメータ法は、転位型と転換型の塩基置換がかなりの頻度で起きている、例えば、ヒトや霊長類のミトコンドリアなどでは有用である(五條掘 1989)。3パラメータ法でも3つのクラスで観察される進化速度に違いが大きいほど、事実に則した推定値が得られるようである。

18.1.5. 同義置換と非同義置換

塩基が変化してもコードするアミノ酸が変わらないとき、これを同義置換といい、アミノ酸が変るときは非同義置換という。逆引き遺伝暗号表(第38回講座)をみると、コドンの3番目に4重にも、2重にも縮退がみられるので、同義置換が多いことが推測され、事実そうであることが観察されている。

18.1.4.2.節の2パラメータモデルから、コドンの第3番目の進化速度への寄与分K'sは次の式で与えられる(Kimura 1980)。

K's=-(1/2)ln(1-2P-Q)

この誤差の標準偏差は

σ'Ks=√{4P+Q-(2P+Q)2}/{2(1-2P-Q)√(L)}

である。

βグロビンの塩基配列をウサギとニワトリとで比べたところ、合計438塩基部位(146アミノ酸)のうち転位型の相違が58、転換型の相違が63であった。したがって、P=58/438=0.132、Q=63/438=0.144から、K=0.348が得られる。哺乳類と鳥類が分かれたのは石炭紀と考えられるので、およそT=300x108年経過しているとみられる。これから、部位あたりの進化速度はknuc=K/(2T)=0.348/(6x109)=0.58x10−9/年が得られる。

この値は塩基配列全長での部位あたりの進化速度である。同じような計算をコドンの塩基部位ごとに求めてみると興味深い結果がえられる。

βグロビンの塩基配列をウサギとニワトリとの比較
コドンの位置 P Q 部位あたりの置換数(K)
(1)第1塩基 15/146 21/146 0.300=K1
(2)第2塩基 7/146 18/146 0.195=K2
(3)第3塩基 36/146 24/146 0.635=K3
(4) 36/146 24/146 0.535=K's
(5)塩基全長 58/438 63/438 0.348=K

この結果は、K2<K1<K3であることが示されている。すなわち、進化における点突然変異による置換速度は、第3コドンで最も速く、ついで第1コドン、最も遅いのが第2コドンである。これは逆引き遺伝暗号表からも定性的に推測されたことであるが、ここで量的に評価していることに注目したい。またK's/K3=0.842という値は第3コドンの84%あまりが、同義コドンに寄与していることを表わす。これらの結果は他の生物種のタンパク質の基になる塩基配列を比較すると観察される事実である(Kimura 1980; 1981)。ただし、K's/K3の値は70%から90%の範囲になるようである。

イントロンのようにアミノ酸をコードしていない塩基配列の塩基の平均置換数がコドンの第3番目の塩基の置換数とほぼ同じであるという、興味ある事実も報告されている。ウサギとマウスのβグロビン遺伝子の塩基配列の比較(van Ooyen他 1979)で、それらの相同な部分の違いを転位型と転換型にわけて数えた。5個のギャップによる合計6塩基を除外して、P=27/113, Q=18/113 (L=113)が得られる。2パラメータモデルから、K=0.60±0.12が得られた。この値は第3コドンの置換数K3=0.43±0.07と有意な差はない。ウサギとマウスのβグロビン遺伝子のイントロン部分は長さにかなりの相違があり、14のギャップによる109部位を除いて、P=113/557, Q=179/557。これから、K=0.90±0.07が得られる。これはK3の値より有意に大きい。この部位では点突然変異の他に挿入や欠失がかなり起きており、塩基置換率の値が大きくなっていると解釈されている。

また偽遺伝子pseudogeneの進化速度が非常に速く、ヘモグロビン遺伝子における同義置換を上回る速度を示すことも明らかになっている。しかも、その速度はコドンの第1番目と第2番目とが第3番目と劣らぬ速度であること分かった(Miyata & Yasunaga 1981)。

18.1.6.集団遺伝学からみた進化速度

第38回講座でも述べたが、本節では、新しい突然変異遺伝子が、時間の経過とともに種内(集団内)に蓄積してゆく過程を集団遺伝学の観点から考察する。数学的な取り扱いはすでに第37回講座までに述べたので、ここでは結果だけを示して説明することにする。

すでに述べたことであるが重要なのは、個体レベルの突然変異の出現と、集団レベルでの突然変異の固定(あるいは置換)とを、はっきり区別することである。遺伝子は多数の塩基部位の線状配列で構成されており、進化で主として問題になるのは、それらの部位におけるDNA塩基の変化による突然変異である。このようにして生じた突然変異遺伝子の頻度が集団中で変化して、世代の経過とともに固定する過程が積み重ねられていくのが進化の基本である。この問題を扱うのに都合のよいモデルがある。それは無限部位モデルと呼ばれるもので、たとえば一つの遺伝子が1,000個の塩基部位から構成されているとすると対立遺伝子としての突然変異遺伝子はすべて違う部位の塩基の変化で生じると考える。その結果無限とも言ってよいほどの数(たとえば、41,000=10602)の対立遺伝子が一遺伝子座に考えられるモデルである。

集団に現われた1個の突然変異は、自然選択に有利なものも含めて、大部分は10世代ぐらいのうちに集団から失われてしまう(消失)。そしてほんのわずかなものだけが、非常に長い時間(世代)をかけて集団全体に広がる(固定)。選択に中立な突然変異が固定する場合には、出現から固定までに平均して4Ne世代を要する(Kimura & Ohta 1971)。ここにNeは集団の有効な大きさで、ほぼ1世代あたりの繁殖個体数である。たとえば、Ne=2.5x105の大きさの哺乳動物の集団を考えると、1個の突然変異が固定するまでに平均100万世代も要することになる。また、中立な突然変異率を遺伝子座あたり1世代あたりvとすると、対立遺伝子が置換される過程で、相前後する置換の時間間隔は平均1/v世代である。もしv=10ー7であれば、相前後する置換の間隔は1,000万世代である。

次に、世代あたりの突然変異の置換率kを考えてみよう。これは時間とともに次々と集団内に新しい突然変異遺伝子が置き換えられる率のことである。一つ一つの置換には長い年月がかかるので、長時間についての平均の置換率にあたる。ここで定義した置換率は、個々の突然変異遺伝子の集団内での頻度の増加率とは無関係である。関係のあるのは相続く固定の間隔である。

ここで、一つの遺伝子座を考え、vを突然変異率、uを集団中に出現した1個の突然変異遺伝子が結局は集団中に固定する確率とすると、

k=2Nvu

が成り立つ。これは集団の実際の個体数Nのとき、ジーンプールの内で゛出現する新しい突然変異遺伝子の数は(2N)v、そのうちuの割合が集団中に固定するからである。ここで無限部位モデルの下では、2Nv個の点突然変異による変化した塩基部位はすべて違うとする。

個々の突然変異遺伝子の固定確率uは,たとえば、その突然変異遺伝子がヘテロ接合でs、ホモ接合で2sだけ従来ある対立遺伝子に対して自然選択で有利であるとすると、次の式で与えられる。

u =[1-exp{-(2Nes)/N}]/[1-exp(-4Nes)]
=1/(2N) (s→0:  中立説)
=2s(Ne/N) (4Nes≫1:自然選択説)

(第29回講座、11.3.2.3節参照)。

ここで、問題の確率過程としての取り扱いと、通常の決定論的な扱いとの相違について言及しておきたい。多くの進化論者が考える決定論的な扱いでは、偶然の変化を無視するので、選択に有利な(s>0)突然変異遺伝子は間違いなく徐々に集団中に広がってゆき、その頻度xの時間的変化は

dx/dt=sx(1-x)

であらわされる。したがって、最初の頻度をx0とすると各世代での頻度xt

xt =x0exp(st)/[1+x0{exp(st)-1}]
→1 (t→∞)

と必ず決った(一意的)値になる。

これに対して、確率過程としての扱いでは、最初の値は決った値でも、その後のxtの値は一意的にきまらず、ある確率で決まる。したがって、たとえ選択に有利な突然変異でも偶然により出現後集団から失われる場合が十分ある。前出の固定確率の式で、sが1よりずっと小さい正の数で、Nesが1よりはるかに大きい場合、uはほぼ2sNe/Nとなる。ここで簡単な例としてN=Neとすると、u=2sとなる。たとえば選択に1%有利(s=0.01)なら、究極的な固定確率はほぼ2%である。すなわち、自然選択に対して明らかに有利(Nes≫1)な1個の突然変異体が集団中に出現しても、それが集団全体に広がり、従来のタイプと置換する確率はわずかに(有利な)選択係数の2倍(2s)に過ぎず、有利とはいえ1-2sの確率で消失するから、結果として進化には何の役にも立たないことを意味する。(決定論的な)進化の議論では、自然選択に有利な突然変異が種内に現われると、これは必ず種内に広がり新しい種の特性となるように考えられているが、(確率的には)これは正しくない。

一方、突然変異が自然選択に対して中立ならば、s→0の極限で得られるu=1/(2N)を用いて

k=v

という簡単な関係が得られる。すなわち、中立突然変異に関しては、進化における中立突然変異体の集団内での置換率は配偶子あたり、世代あたりの中立突然変異率に等しい。一方、もし突然変異が自然選択に対してはっきり有利で、選択係数sそのものが小さくても4Nes≫1が成り立つときには、すでに述べたようにu=2s(Ne/N)から

k=4Nesv

が得られる。すなわち、置換率は集団の有効な大きさ、選択に対する有利さ、突然変異率の三つのパラメータの積で決まる。

第38回講座で述べたように、実際の分子進化の過程において、たとえばヘモグロビン分子のように、突然変異置換率は1年あたり、アミノ酸部位あたり各種の生物の系統でほぼ一定である。この観察事実は中立説では、中立突然変異率が1年あたり一定であることを仮定すれば簡単に説明できる。選択説では、1年当たりNesvが各種の生物の系統で一定になることを仮定しなければならない。突然変異の自然選択に対する有利さは、種をとりまく環境に大いに依存すると考えられるから、表現型進化速度が異なる生物間で、なぜ分子レベルでNesvの値が1年あたりほぼ同一に保たれるのか理解し難い。特に一定の環境が長く続けば、既存の遺伝子より自然選択に有利な対立突然変異の出現率は、時間とともに次第に減少していくと考えられる。ここは中立説による説明が簡単である。

中立説は分子レベルでの進化のみならず、種内(集団内)変異も説明する。その際に使われるのが無限対立遺伝子モデルinfinite allele model(第22回講座、8.5節)である。繰り返すことになるが、これは一つの遺伝子座に無限個の複対立遺伝子を考えるもので、生じる突然変異はこれまでにない新しい対立遺伝子であると仮定する。実際、遺伝子の分子構造をみると、多数の塩基(たとえば1,000個)部位で構成されており、点突然変異が起こるごとに別の塩基が置き換わると考えられる。もし遺伝子が1,000塩基部位で成るなら、各部位は4種類の塩基(A,U,G,C)のどれかであるから、考えられる複対立遺伝子の数は41、000、これはほぼ10602である。このうち、かなりの複対立遺伝子が検出できるとしても、このモデルは実際のよい近似となっていることは明らかである。

任意交配集団で、その有効の大きさをNe、ある遺伝子座での突然変異率を1代あたりvとする。上述のモデルで、突然変異により生じる対立遺伝子はすべて選択に関して中立ならば、遺伝的浮動による既存の対立遺伝子の偶然による消失と釣り合う状態となる。そのときの遺伝子座の平均のヘテロ接合の頻度<He>は

<He> =1-{1/(1+4Nev)}
=(4Nev)/(1+4Nev)

となる。ここに1/(1+4Nev)=fは無限対立遺伝子モデルでのホモ接合、すなわちこの場合、オート接合の頻度である。この式は同一のNeとvの集団についてであるから、世代の経過とともにヘテロ接合の頻度は上記の平均値のまわりをゆれ動く。この変動の分散は4Nev=Mとおけば

VH=(2M)/{(1+M)2(2+M)(3+M)} (スチワートの式(Stewart 1976))

この式がNeとvの値、個々に決まるのでなく、両者の積で直接決まることに注意したい。

もし、異なった座位での突然変異率が同じであれば、上式の二つは遺伝子座間のヘテロ接合の頻度および分散をあらわす。Nei(1975)はこの性質を用いて、多数の酵素タンパク質遺伝子座からヘテロ接合性の観察値からM=4Nevを求めて、VHの予測値を計算した。これとVHの観察値とを比較すると、両者がよく一致することがわかった。さらに、突然変異率の遺伝子座間の違いの可能性をいれて分析したところ、両者の一致はさらによかった(Nei他(1976))。このように(中立説による)予測に観測値が合うことは少なくとも中立説が事実と矛盾しないことを示している。

 

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