109.ブラジルでの小頭症は1個のアミノ酸が置換したジカウイルスによる

ジカウイルスは1947年、ウガンダの森林で蚊から分離されて以来、時折、ヒトで斑点状丘疹、頭痛、結膜炎、筋肉痛を伴う、いわゆるジカ熱の軽い症状がアフリカや南アジアで報告されているだけだった。ジカウイルス感染は、2015年にブラジルを初めとして中南米で急速に広がった。ブラジルでは3万人近くの感染例が確認され、その93%はバイーア州で報告された(本連載76)。ブラジルにウイルスが持ち込まれた経路については、2014年のサッカー・ワールドカップ(6月から7月)、その直後のリオデジャネイロでのカヌー競技(8月)、2013年6月のコンフェデレーション・カップが候補に挙げられていた。

ジカウイルスのゲノムでは、1年間に1000塩基中の1個の割合で変異が起きていると推定されている。この分子進化速度に基づいて計算すると、ウイルスがアメリカ大陸に持ち込まれた時期は、ワールドカップやカヌー競技よりも前で、コンフェデレーション・カップの時期に一致していた。しかし、この競技はポリネシアで最初のジカウイルス感染が確認される前に終わっていたため、このイベントとは関係ないと考えられた(1)

ブラジルで、ジカウイルスが小頭症を起こしている可能性が明らかにされたことで、2016年初め、世界保健機関(WHO)は、ジカウイルス感染の流行は国際的な公衆衛生上の危機と宣言した。ジカウイルス対策として、発病機構の研究(本連載7987)、ワクチン開発(本連載107)や媒介蚊対策(本連載108)が国際的に活発に行われている。

ジカウイルスにはアフリカ型とアジア型の2つの遺伝型がある。アジア型ウイルスは、2007年にミクロネシア、2013年から2014年にかけてポリネシアで爆発的発生を起こしていた。これらのウイルスは、東南アジアで共通の祖先ウイルスから進化したと考えられるアジア型である。

抗体の調査から東南アジアでは以前から感染が起きていたことが明らかにされているが、小頭症は報告されていなかった。ブラジルで小頭症が多発した原因に、ウイルスの変異が推測されていた。ジカウイルスのゲノムは1100個の塩基のRNAで、3419のアミノ酸がコードされている。中国科学院遺伝・発生生物学研究所が中心となった合同研究チームは、2015年から16年にかけて分離された3つのウイルスと、アジア型ウイルスの祖先ウイルスとしてカンボジアで2010年に分離されたウイルスの神経病原性をマウスで比較した(2)。1日齢のマウスの脳内にウイルスを接種したところ、現在のウイルスは神経症状を発してすべて死亡した。一方、カンボジアウイルスでは16.7%が死亡しただけで、確かに神経病原性が強くなっていることが推測された。

マウスの胎児にウイルスを接種することで小頭症のモデルを作り比較したところ、現在のウイルスは胎児の脳の皮質が薄くなるといった小頭症に特有の病変を引き起こしたが、カンボジア・ウイルスではこの変化は軽度だった。

ゲノム全体についてアミノ酸の置換を調べた結果、神経病原性の変化にかかわると推測された7箇所のアミノ酸変異をとりあげ、カンボジア・ウイルスにそれらの変異を導入して、マウスの脳内接種で調べた結果、139番目のアミノ酸セリンをアスパラギンに置換した変異ウイルスがマウスで強い神経病原性を示した。さらに、現在の流行ウイルスの139番目アミノ酸アスパラギンをセリンに戻すと、神経病原性は低下した。小頭症モデルでも同様の結果が得られた。

これらの結果から、この1個のアミノ酸置換が起きたために、それまで温和だったウイルスが小頭症を引き起こすのにつながっていると考えられた。

ジカウイルスのゲノムには3つの構造タンパク質としてカプシド(C)、 prM, エンベロープ(E)と、7つの非構造タンパク質(ウイルス粒子に含まれない)がある。この置換が見られた部位はprM(膜タンパク質の前駆体)だった。prMはウイルス粒子が成熟して細胞内から放出されるのに必要なタンパク質で、感染細胞内で未成熟粒子のままで融合するのを防いでいると考えられている(本連載107)。139番目のアミノ酸の置換がウイルス粒子の成熟にどのような影響を及ぼしているのかは、分かっていない。

参考文献

1. Faria, N.R., Azeved, R.S.S., Kraemer, M.U.G. et al.: Zika virus in the Americas: Early epidemiological and genetic findings. Science, 352, 345-349, 2016.

2. Yuan, L., Huang, X.-Y., Liu, Z.-Y. et al.: A single mutation in the prM protein of Zika virus contributes to fetal microcephaly. Science, 358, 933-936, 2017.