111.巨大ウイルスは自分の遺伝子を創り出す

ミミウイルスの発見に始まった巨大ウイルスは、生命や生物の概念を見直す新しい知見を続々と提示しており、本連載(4459616990)でも、その一端を紹介してきた。フランスのエクス・マルセイユ大学ゲノミックス・インフォマティクス教授ジャン-ミシェル・クラベリー(Jean-Michel Claverie)らは、巨大ウイルスが新しい遺伝子の産生工場になっているという、驚くべき仮説を、2018年6月11日付けのネイチャー・コミュニケーションズで発表した1)

 

彼らは、2013年にチリの海岸の土砂をアカントアメーバ(土壌中の細菌やかびの増殖を阻止する高濃度の抗生物質に順化させたもの)へ接種して、それまでにないユニークな形態のパンドラウイルス・サリナス(Pandravirus salinus)を分離し、さらにそこから15000キロ以上離れたオーストラリア・メルボルンの池の水からパンドラウイルス・ドゥルシス(P. dulcis)を分離していた(本連載44)。

 

そののち彼らは、マルセイユの土壌からパンドラウイルス・クェルカス(P.quercus)、ニューカレドニアのヌメア空港近くのマングローブの海水と淡水の混じった水からパンドラウイルス・ネオカレドニア(P. neocaledonia)、メルボルン近くの池の淡水からパンドラウイルス・マクレオデンシス(P. macleodensis)と、3つの新しいパンドラウイルスを分離した。彼らはこれらに、ドイツでアメーバ角膜炎の患者から分離されていたパンドラウイルス・イノピネイタム(P. inopinatum)を加えて、6つの世界中に広く存在するパンドラウイルスについて、ゲノムの解析を行った。

 

ゲノムの塩基配列にトランスクリプトーム解析、プロテオーム解析の結果も加えて、厳密に推定すると、パンドラウイルスの遺伝子(タンパク質に翻訳される)の数は、表に示したように、ゲノムの塩基配列から通常の推定を行った場合よりも少なくなった。さらに、数多くの長鎖ノンコーディングRNAに転写されていることが明らかにされた。

 

ウイルス ゲノムサイズ

(塩基対)

ORF1)

(通常推定)

ORF   lncRNA2)  tRNA3)

(厳密な推定)

P. salinus 2,473,870 2394 1430   214       3
P. dulcis 1,908,524 1428 1070   268       1
P. quercus 2,077,288 1863 1185   157       1
P. neocaledonia 2,003,191 1834 1081   249       3
P. macleodensis 1,838,258 1552  926              1
P. inopinatum 2,243,109 2397 1307              1
  • ORF(open reading frame):読み取り枠(タンパク質に翻訳される配列)
  • lncRNA(long non-coding RNA) :長鎖ノンコーディングRNA(タンパク質に翻訳されない、200以上のヌクレオチドの転写産物)
  • tRNA(transfer RNA):転移RNA

 

これらの遺伝子の中には、データベースに記載されていない由来不明のもの(孤児遺伝子)が多く含まれていた。孤児遺伝子の種類は、6つのパンドラウイルスの間で異なっていた。非コード領域のDNA配列でもウイルス間に違いが見いだされた。そのため、パンドラウイルスに見いだされた遺伝子は、同じ祖先ウイルスから受け継いできたものとは考えにくかった。また、パンドラウイルス以外には見つからないことから、ほかから水平移動してきた遺伝子とは考えられなかった。

 

クラベリーらは、これらの遺伝子の大部分は、ゲノム内で自発的、かつランダムに生まれたものであって、ウイルスによって異なる領域に出現したと説明している。巨大ウイルスが自ら遺伝子を創り出しているという仮説である。

 

1)Legendre, M., Fabre, E., Poirot, O. et al.: Diversity and evolution of the emerging Pandoraviridae family. Nature Comm. (2018)9: 2285. DOI: 10.1038/s41467-018-04698-4.