ウイルスは長年にわたって細菌よりは小さいと考えられてきた。ところが、2003年、偶然、小型の細菌よりも大きなミミウイルスが発見された。フランスのエクス・マルセイユ大学のリケッチア専門家ディディエ・ラウール(Didier Raoult)が、肺炎の原因菌を同定するために、16SリボソームRNAの増幅を試みていたが、失敗していたため、細菌壁が頑強でRNAが抽出できないのではないかと考えて、電子顕微鏡で調べたところ、思いがけず巨大なウイルスを見つけたのである。
ミミウイルスの発見がきっかけで、ウイルスは細菌より小さいというそれまでの先入観を捨てて探索が行われるようになった結果、巨大ウイルスの発見ラッシュとなった。2018年8月の時点で、すでに表のように、ミミウイルス科、マルセイユウイルス科、パンドラウイルス科のほかに、4つのウイルス科が提案されている。
これまでに分離された巨大ウイルスは、表に示すように、ほとんどが単細胞生物を宿主とするものである。2018年米国トルーマン大学のジョージ・シン(George Shinn)らは、フロリダの潟湖(ラグーン)で1986年から1988年にかけて採取した多細胞動物の毛顎動物の一種、ヤムシAdhesisagitta hispidaの微細構造を透過電子顕微鏡で観察中に偶然、巨大ウイルス粒子の存在を見いだした。サイズが1250 nmと巨大で、これまでの巨大ウイルスが細胞質で見いだされているのは異なり、細胞核の中に集合していた。このウイルスは、ミールスウイルス(Meelsvirus)と名付けられ、新しいウイルス科が提案している。彼らのサンプルは、電子顕微鏡サンプルとしてグルタールアルデヒドで固定しエポンに包埋してあるため、ゲノム解析はできていない。
この報告に触発されて、エクス・マルセイユ大学のロクサン=マリー・バーテルミイ(Roxane-Marie Barthélémy)らは、毛顎動物(カエデイソヤムシParaspadella gotoiとイソヤムシSpadella cephaloptera)で細菌様の構造が発表されていた古い論文や写真ライブラリーの電子顕微鏡写真を改めて詳しく調べた。その結果、以下のような巨大ウイルスが確認された。
2003年カサノヴァ(Casanova, J.P.)らは、カエデイソヤムシに見られる構造をグラム陰性の細菌の可能性があると報告していたが、実は2500~3100 nmの巨大ウイルス粒子だった。イソヤムシのも同じく巨大ウイルスで、2900 nmから4000 nm以上のサイズだった。イソヤムシの構造は、1976年にホリッジ(Horridge, G.A.)らにより剛毛、すなわちイソヤムシの体の一部として報告されていた。それが、大腸菌の2倍以上という、これまでで最大の巨大ウイルスということが明らかにされたのである。
これらの巨大ウイルスは、紡錘状の糸巻棒に似ていることから、クロソウイルス(Klothovirus)科、属としてクロソウイルスとメガクロソウイルスという分類を設け、ウイルス種名としてクロソウイルス・ホリジェイ、メガクロソウイルス・カサノヴァイとすることが提案されている。Klothoは、ギリシア神話に出てくる「運命の糸」を紡ぐ女神Klothoに由来する。
文献
Shinn, G.L, Bullard, B.L. (2018) Ultrastructure of Meelsvirus: A nuclear virus of arrow worms (phylum Chaetognatha) producing giant “tailed” virions. PLoS ONE 13(9): e0203282. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0203282
Barthélémy, R.-M., Faure, E., Goto, T. : Serendipitous discovery in a marine invertebrate (Phylum Chaetognatha) of the longest giant viruses reported till date. Virol. Curr. Res. 2019, 3.1.