131.新型コロナウイルス・デルタ株はなぜ急速に伝播されるのか

デルタ株は急速に広がっている。元はコウモリのウイルスなのでヒトからヒトへの継代が進めば、さまざまな変異ウイルスが現れるのは不思議ではない。デルタ株もそのひとつで、ヒトへの順化が進み、増えやすくなったために、それまでのウイルスに置き換わっているのである。

ウイルスの広がりを示す指標として、基本再生産数(R0)がある。これは、ワクチン接種やソーシャルディスタンスといったウイルスの伝播を阻止する処置を行わない場合、一人の感染者から感染すると推定される人数を示したものである。インフルエンザウイルスでは2、水痘ウイルスは10、麻疹ウイルスは18ともっとも高い。新型コロナウイルスでは従来の株は約3とされてきた。デルタ株では5から8といった値(平均7)が報告されている(1)。伝播しやすくなっているため、集団免疫を獲得するには、ワクチン接種率は従来のウイルスで言われていた70%では不十分で、80~90%が必要と指摘されている。麻疹では95%と言われている。

デルタ株は感染力が強いと言われている。厳密には、われわれが目にしているのは、ウイルス感染の急速な広がり、つまりウイルスの伝播性を見ているのである。

デルタ株の伝播性についてのウイルス学的な知見を整理してみた。

 

中国での伝播についての疫学的、ウイルス学的調査

デルタ株の伝播のウイルス学的背景について、中国の広東省疾病制圧予防センターの研究者を中心としたグループが、7月23日付けでメドアーカイブ(medRxiv)に発表している(2)。なお、メドアーカイブは、急速に情報を提供するインターネットサイトであって、掲載論文は査読を受けていない。

1)疫学的調査とそれにもとづく対策

2021年5月21日に広東省広州市に最初のデルタ株感染者が見つかった。伝播を防ぐための集団検査、接触者追跡、検疫、隔離などの措置が行われ、167名の感染者が出て、6月18日に収束した。疫学的関連性またはウイルス遺伝子解析から、すべての感染は一人の感染例から広がったと考えられている。(下図)

 

感染者が出ると、すぐに濃厚接触者は隔離されて毎日PCR検査が行われたため、ウイルスに暴露された日からウイルス排出がPCRで確認されるまでの期間が明らかにされた。家族内感染は接触の時期をピンポイントで確認できないため、解析から除外された。その結果、ウイルスに暴露されてからPCRでウイルス陽性になるまでの期間は、デルタ株感染者62名では平均4日間(3〜5日)で、63名のアルファ株とベータ株感染者の場合の6日間(5〜8日)よりも短期間でウイルスが排出されていた。

この結果を受けて、鉄道の駅や空港から広州市を離れる人に要求されるPCR検査の実施時期は、2020年の流行の際には7日間以内だったのが、6月6日には72時間以内、6月7日には48時間以内に短縮された。

 

2)デルタ株感染者から排出されるウイルス量

感染者から排出されるウイルス量は、鼻咽頭拭い液のPCR検査が最初に陽性になった際の、PCRのCt値(cycle threshold、サイクル閾値)から推定された。これは、遺伝子を検出するために増幅する回数であって、検査試料に含まれるウイルス遺伝子のコピー数が多いほど、Ct値は低くなる。一方、ウイルスのコピー数が少なければCt値は高くなる。

デルタ株感染者62名で得られたCt値は、平均24(19〜29)で、対照のアルファ株とベータ株63名では平均34(31〜36)だった。このCt値の差から、デルタ株ではアルファ株やベータ株の1260倍のウイルス遺伝子が含まれていると推定され、デルタ株の体内での増殖性が高くなっていることが推測された。

デルタ株感染者から排出される飛沫に含まれるウイルス量が、従来の株の場合よりも多いという訳である。

PCR検査では感染性を欠く遺伝子も多く検出しているので、感染性のウイルスがどれくらい排出されているかは分からない。実験的には、Ct値が30以上(ウイルス・コピー数がサンプル1ml中に60万以下)では、培養細胞で感染性ウイルスの産生が見られていない。この成績を念頭にデータを見ると、デルタ株感染の場合には、ウイルスが最初に検出された際の鼻咽頭拭い液のサンプルでは1 ml中に60万コピー以上(感染性ウイルス)を含むものが80%、アルファ株とベータ株では19%だった。デルタ株では、PCRが始めて陽性になった時点で、ほとんどの例が感染性ウイルスを排出しているということになる。

 

デルタ株の高い伝播性はスパイクタンパク質遺伝子の1個のアミノ酸変異?

コロナウイルスは細胞の中に侵入するため、そのスパイクタンパク質の2つの部位が切断される必要がある。SARSコロナウイルスの場合には、ウイルスが細胞に結合してから、これらの切断が起こる。しかし、デルタ株では、細胞内にあるフリンと呼ばれるタンパク質分解酵素で1カ所が切断されてから、細胞に感染する。これまで世界的に広がっていたアルファ株では、フリンによる切断部位のアミノ酸は681番目がプロリンからヒスチジンに置き換わっており(P681H)、デルタ株ではアルギニンに変わっている(P681R)。

テキサス大学のグループの実験では、ヒトの肺の上皮細胞などに同じ量のアルファ株とデルタ株を混合して感染させると、デルタ株の方がより効果的に増殖した。また、デルタ株のP681Rを野生型のP681に戻すと、増殖効率はアルファ株よりも低下した。この研究成績は2021年8月13日のバイオアーカイブ(bioRxiv)に発表された(3)。これも査読は受けていない。

これらの結果から、681番目のアミノ酸1個の変異により、増殖効率が高くなっていると推測されたのである。しかし、デルタ株にはほかにも変異があるため、それらの関与の可能性も指摘されている。インドで最初に見いだされたカッパ株は、デルタ株と同じP681Rの変異があるが、デルタ株ほど激烈ではないという(4)。

 

文献

  1. Liu, Y. & Rockloev, J.: The reproductive number of the Delta variant of SARS-CoV-2 is far higher compared to the ancestral SARS-CoV-2 virus. Journal of Travel Medicine, Li, B. et al.: Viral infection and transmission in a large, well-traced outbreak caused by taab124, https://doi.org/10.1093/jtm/taab124, 2021.
  2. the SARS-CoV-2 Delta variant. medRxiv preprint doi: https://doi.org/10.1101/2021.07.07.21260122
  3. Liu, Y. et al.: Delta spike P681R mutation enhances SARS-CoV-2 fitness over Alpha variant. bioRxiv preprint doi:https://doi.org/10.1101/2021.08.12.456173
  4. Callaway, E.: The mutation that helps Delta spread like wildfire. Nature, 20 August, 2021.