ドイツのシャリテ・ベルリン医科大学とマックスプランク分子遺伝学研究所の共同研究グループは、2020年7月、ネイチャー誌にアンドレアス・ティールを責任著者とした論文で、健康人の血液中に新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を認識できるヘルパーT細胞が存在することを報告した(1)。
新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の2つのサブユニット(SI, SII)の中のSII領域は、風邪の原因となっているコロナウイルスOC43と229EのSII領域と共通性が高い。健康人由来のヘルパーT細胞は、風邪コロナウイルスのSII領域と強く反応していた。(SI領域は受容体(ACE2)に結合し、SII領域は細胞に融合する。)
そこで、おそらく風邪コロナウイルスの感染により産生されたヘルパーT細胞が新型コロナウイルスと交差反応を示し、新型コロナウイルス感染の臨床経過に影響を与えていると考えたのである(1)。
ヘルパーT細胞は免疫を調節する役割を受け持つリンパ球のひとつである。ウイルスが侵入するとマクロファージや樹状細胞で、分解され抗原決定基(鍵)がT細胞に提示され、それに対する受容体(鍵穴)を持つT細胞が活性化されてヘルパーT細胞となる。未分化のB細胞は、活性化されたヘルパーT細胞からのシグナルを受けて、成熟B細胞となって抗体を産生する。B細胞ではその受容体と抗原決定基が完全にマッチしなければならないが、ヘルパーT細胞は、抗原のアミノ酸配列がある程度共通していれば活性化される。鍵と鍵穴の関係が抗体ほど厳密ではないのである。
ティールのグループは、この交差反応仮説についてさらに詳細な検討を行い、その結果を8月31日付けサイエンス誌に発表した。この論文では、クラウディア・ギーゼッケ=ティールが責任著者になっている。その内容を簡単に紹介する(2, 3)。
568名の健康人と174名の新型コロナウイルス感染の回復者について、風邪コロナウイルスと反応するヘルパーT細胞と新型コロナウイルスに反応するヘルパーT細胞の役割を調べた。その結果、新型コロナウイルス感染により新型コロナウイルスだけでなく、風邪コロナウイルスに反応するヘルパーT細胞が動員されることが確かめられた。この交差反応性ヘルパーT細胞が認識している主な領域は、スパイクタンパク質SII領域内のアミノ酸816−830のペプチドであった。
風邪コロナウイルスに感染した際に、免疫系が「コロナウイルスに対する全般的記憶(ユニバーサル・メモリー)」を誘導していて、新型コロナウイルスに感染すると、この記憶T細胞が急速に活性化されて防御に働くと考えられたのである。つまり風邪コロナウイルス感染の経験が、新型コロナウイルス感染初期の免疫反応を促進させ、その後の臨床経過に影響しているというわけである。交差反応性T細胞の存在は新型コロナウイルス感染の症状が個々の人たちの間で大きく異なることの説明のひとつになると推測されている。
ただし、過去の風邪コロナウイルス感染が十分な防御に役立つものではなく、またパンデミックの状態に影響を及ぼすものではないと、著者らは強調している。
交差反応性T細胞の増加による免疫増強は新型コロナウイルスだけでなく、ファイザーの新型コロナワクチン接種でも起きていた。ワクチン接種後、新型コロナウイルスに対するT細胞の活性化は2週間位かけて徐々に起きていたが、交差反応性T細胞の活性化はワクチン接種後1週間以内という早い時期から見られた。ワクチンは初期防御の面でも役立つことになる。
臨床的に風邪ウイルスの影響を指摘した報告もある。ボストン大学のグループは、風邪コロナウイルスに最近かかった人では新型コロナウイルス感染の症状が軽いことに注目し、風邪コロナウイルスによる交差免疫が防御に働いている可能性を述べている(4)。
文献
- Braun, J., Loyal, L., Frentsch, M. et al.(2020) SARS-CoV-2-reactive T cells in health donors and patients with COVID-19. Nature, 587 https://doi.org/10.1038/s41586-020-2598-9
- Loyal, L. Braun, J., Henze, L. et al. (2021) Cross-reactive CD4+ T cells enhance SARS-CoV-2 immune responses upon infection and vaccination.Science; eabh1823 DOI: 1126/science.abh1823
- Prior exposure to common cold coronaviruses enhances immune response to SARS-Cov-2. Science Daily. Sept. 2. 2021. https://www.sciencedaily.com/releases/2021/09/210902174754.htm
- Sagar, M., Reifler, K., Rossi, M. et al. (2021) Recent endemic coronavirus infection is associated with less-severe COVID-19. J. Clin. Invest., 131(1):e143380.https://doi.org/10.1172/JCI143380.