新型コロナワクチンとしてmRNAワクチン、ベクターワクチン、不活化ワクチンが主に用いられている。日本ではファイザーとモデルナのmRNAワクチンおよびアストラゼネカのベクターワクチンが承認されている。しかし、これらのワクチンは免疫の持続期間が短く、再接種が必要となる。さらに次々に出現する変異株に対して必ずしも有効とは限らない。これらの問題を克服する可能性のあるワクチンとして、弱毒麻疹ウイルスをベクターとした新型コロナワクチンの開発が、フランスのパスツール研究所(1)、ドイツのパウル・エールリヒ研究所と米国ノースカロライナ大学の共同研究グループ (2)、米国オハイオ大学のグループ(3)、および東大生産技術研究所の米田美佐子のグループにより進められている。
麻疹ウイルスベクターワクチンの特徴
麻疹は終生免疫をもたらす代表的なウイルス感染症である。免疫持続を示す有名な事例として、隔絶された孤島、フェロー諸島で65年間免疫が保持されていたことが詳細な疫学調査で明らかにされている(4)。オレゴン大学のグループは、多くの人が感染する病原体に対する抗体価を45人について26年間にわたって解析したところ、麻疹ウイルスに対する抗体の半減期は67年となり、消失するまでに300年かかるという結果を発表している(5)。
麻疹ワクチンは弱毒麻疹ウイルスを用いており、この場合にも長期間の免疫持続が見いだされている。CDCの調査では麻疹ワクチンによる抗体が26年から33年間持続することが報告されている(6)。さらに、麻疹ワクチンは強い細胞性免疫を誘導し、その担い手である記憶T細胞は、ワクチン接種20年以上後にも高いレベルで検出される。(7)
麻疹ワクチンは近代ワクチンの先陣を切って1950年代終わりに開発された。私は1965年、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)麻疹ウイルス研究部で麻疹ワクチンの国家検定主任として麻疹ワクチンの検定基準の作成を始めとして、品質管理にかかわり、その時以来、麻疹ウイルスとその仲間のウイルスの研究に従事してきた。私自身の経験からも、麻疹ワクチンは現行のウイルスワクチンの中で、有効性、安全性が確認されている、もっともすぐれたワクチンと考えている(8)。
麻疹ワクチンの持つ利点を生かして、それをワクチン遺伝子の運び屋(ベクター)とするワクチンの開発の試みは2000年代初めから盛んになっている。その主なものに、重症急性呼吸器症候群(SARS)ワクチン、中東呼吸器症候群(MERS)ワクチン、ラッサ熱ワクチン、ジカ熱ワクチン、ニパワクチンなどがある。2015年には、熱帯地域で発生しているチクングニア熱に対する麻疹ウイルスベクターワクチンの臨床試験結果が報告され、高い抗体産生と細胞性免疫の成立が確認された。さらに長期間持続する記憶B細胞とT細胞の産生も見いだされている(9)。
ベクターワクチンには、体内で増殖するウイルスを用いるもの(複製タイプ)と増殖しないウイルスを用いるもの(非複製タイプ)の2種類がある。麻疹ウイルスベクターワクチンは複製タイプで、アデノウイルスベクターワクチン(たとえば、アストラゼネカ・ワクチン)は非複製タイプである。麻疹ウイルスベクターワクチンでは接種されたウイルスが増殖するため、5000 感染単位が標準的な接種量に定められている。ワクチンとして働くウイルスタンパク質は続々と産生されるため、接種ウイルスは少量で済むわけである。一方、アデノウイルスベクターワクチンでは、ワクチンとして働くウイルスタンパク質は1回しか産生されないため、接種されるワクチン量は1010感染単位と、麻疹ウイルスベクターワクチンの200万倍に達する。この膨大な量のウイルスは異物とみなされて、補体を介した炎症などの副反応を引き起こすおそれがある。
多くの人は麻疹ウイルス抗体を保有している。しかし、麻疹ウイルスベクターワクチンの有効性は麻疹ウイルス抗体の存在に影響されないことが、動物実験で確認され、またチクングニア熱ワクチンでは人での臨床試験でも確認されている。小児から成人まで、広く接種できるわけである。一方、アデノウイルスベクターの場合は、アデノウイルスの抗体を保有する人ではワクチンの有効性が低下する。そのため、アストラゼネカ・ワクチンでは、人の間で抗体が存在しないチンパンジーのアデノウイルスが用いられている。
パンデミックの際には、ワクチンの輸送方法がとくに大きな問題となる。−70℃といった超低温を必要とするmRNAワクチンの利用が可能な国は25ないし30カ国と言われている。麻疹ウイルスベクターワクチンやアデノウイルスベクターワクチンは、凍結乾燥することにより、5℃の冷蔵庫で保存できる。WHOの世界的麻疹排除計画で、麻疹ワクチン輸送のためのコールドチェーンは整備されているため、全世界で使用できるのである。
日本で進展している麻疹ウイルスベクターワクチンの開発
東大医科学研究所の甲斐知恵子教授と米田美佐子准教授のグループは、東南アジアで発生し90%に達する致死率を示すニパウイルスに対する麻疹ウイルスベクターワクチンを開発し、現在実用化プロジェクトを進めている(9)。このプロジェクトは、2019年に感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)から34億円という大型資金の提供を受けて、ヨーロッパワクチン・イニシャティブ、スタンフォード大学、バタビアバイオサイエンスが加わった国際コンソーシアムを結成し、2022年から臨床試験が開始される予定になっている。なお、甲斐教授の定年退官の後、甲斐、米田両名は特任教授として、東大生産技術研究所を新たな研究拠点として、臨床試験の準備を進めている。
彼らは、ニパワクチンで得られた麻疹ウイルスベクターに関する豊富な経験を生かして、米田教授が代表者となって、新型コロナウイルスに対する麻疹ウイルスベクターワクチンを開発し、現在その実用化プロジェクトにも取り組んでいる。このプロジェクトは、日本医療研究開発機構(AMED)から研究支援を受けている。
この新型コロナワクチンには、これまで述べてきた多くの利点が期待される。
たとえば、ワクチンの1回接種で、長期間持続する抗体が産生され、細胞性免疫が付与される。抗体産生の担い手となる記憶B細胞、細胞性免疫の担い手となる記憶T細胞ともに10年単位の長期間持続が期待できる。
麻疹ウイルスベクターワクチンは、細胞内で増殖し、そこで産生される新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は、5-8個のアミノ酸がつながったペプチド断片に分解され、T細胞抗原決定基(エピトープ)として、キラーT細胞の産生を誘導する。(不活化ワクチンは細胞内増殖をしないため、キラーT細胞を産生しない)。本講座(133.新型コロナワクチンの防御機構の担い手は中和抗体だけではない)で紹介したように、T細胞エピトープは、変異の影響を受けにくいため、新たに出現する変異ウイルスに対しても強い免疫活性が期待できる。米田教授らの開発した麻疹ウイルスベクターワクチンでも、ハムスターでの感染防御実験で、変異株に対して防御活性を示すことが明らかにされている。
麻疹ウイルスベクターワクチンは、4℃の冷蔵保存が容易であるため、国内だけでなく、海外援助にも役立つ。なお、このワクチンは、新型コロナワクチンだけでなく、麻疹ワクチンとしても役立つ2価ワクチンであって、麻疹に対する追加免疫も与えるのである。
文献
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- Hörner, C., Schürmann, C., Auste, A. et al.: A highly immunogenic and effective measles virus-based Th1-biased COVID-19 vaccine. Proc. Nat. Acad. Sci., 117, 32657-326666, 2020.
- Lu, M., David, P., Zhang, Y. et al. : A safe and highly efficacious measles virus-based vaccine expressing SARS-CoV-2 stabilized prefusion spike. Proc. Nat. Acad. Sci., March 23, 2021118 (12) e2026153118; https://doi.org/10.1073/pnas.2026153118
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