2003年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)、現在流行中の新型コロナウイルスと、コウモリが保有するコロナウイルスに大きな関心が寄せられている。ヒト、家畜、ペットなどに急性の重い病気を起こすパラミクソウイルス科のウイルスもコウモリに由来するものが多いことが、この10年の間に、明らかにされつつある。私がとくに興味を持った3篇の論文の内容を、かなり専門的になってしまうが、紹介する。
主なパラミクソウイルスはすべてコウモリ由来
2012年、ドイツ、ボン大学のクリスチャン・ドロステンを中心とした国際チームは、過密状態で生息し、移動性が高く、世代交代が早い野生動物として、コウモリと齧歯類について、それらが保有するパラミクソウイルスについての研究結果を発表した(1)。
この研究の目的は、野生動物のウイルスが人間社会に飛び込むのを予測し、流行を阻止するためであって、パラミクソウイルスを調査対象としてとりあげた理由は、パラミクソウイルス科には、麻疹ウイルス、牛疫ウイルス、イヌジステンパーウイルスを初めとして、ヒト、家畜、ペットに重い急性感染症を起こす多くのウイルスが含まれているためである。実際に、コウモリからは、パラミクソウイルス科へニパウイルス属のヘンドラウイルスやニパウイルスがウマやブタを介してヒトに致死的感染を起こしている。
ドロステンらは世界15箇所で集めたコウモリ86種約5000個体と齧歯類33種約4300個体のサンプルについて、メタゲノム解析を行った結果、66の新しいパラミクソウイルスを見いだした。彼らは、とくにコウモリで見いだされたウイルスに注目して、以下の見解を述べている。
アフリカのストローオオコウモリとエジプトルーセットオオコウモリでは、へニパウイルス属のウイルスの存在が明らかにされた。系統樹の解析から、この属のヘンドラウイルスとニパウイルスは、アフリカのコウモリのウイルスから進化したものと推定された。
ドイツの動物園で3年にわたって追跡した研究では、オオヒゲコウモリでヒトのムンプスウイルス(オルソルブラ属)と非常に近縁のウイルスが検出され、ヒトとコウモリのムンプウスウイルスは共に進化してきたと推定された。
そのほか、オルソニューモウイルス属のRSウイルス(小児の肺炎の重要な原因)とマウス肺炎ウイルスに近縁のウイルスが検出された。
今回新たに検出されたウイルスを含めて、すべてのパラミクソウイルスの系統樹を検討した結果、パラミクソウイルスの共通祖先はコウモリが保有していたウイルスと推測された。
ムンプスウイルスと共に進化してきたコウモリ・ムンプスウイルス
ムンプスウイルスの自然宿主はヒトだけと考えられていた。しかし、2012年、コンゴ民主共和国でオオコウモリの一種ケンショウコウモリからムンプスウイルスにきわめて近縁のウイルス遺伝子が見いだされた。しかし、感染性ウイルスは分離できなかった。
2018年、ドイツ、ハノーバー獣医大学のナディン・クリューガーらのチームは、コウモリウイルスのゲノムからリバースジェネティックス(逆遺伝学)により感染性のコウモリムンプスウイルスを回収し、それが、コウモリとヒトの細胞で効率的に増殖すること、そして以下のように、ムンプスウイルスと良く似た性状を示すことを報告した(2)。
コウモリムンプスウイルスは、ムンプスウイルスと同様に、細胞表面のシアル酸に結合して、そのFタンパク質がタンパク質分解酵素のフリンで切断されることにより、細胞内に侵入していた。
ムンプスウイルスは、防御機構として、自然免疫の重要な担い手であるインターフェロンの働きを抑制する機能を持っている。コウモリムンプスウイルスでも、ヒト細胞でインターフェロン活性を抑制する効果が、ムンプスウイルスよりは低いレベルだったが、見いだされた。
ムンプスウイルスは水頭症といった神経毒力を持っている。ラットの神経毒力モデルで調べた結果、コウモリムンプスウイルスには、ムンプスウイルスと同程度の神経毒力のあることが示された。
コウモリムンプスウイルスは、ムンプスウイルスに対する中和抗体で中和されることから、現在のムンプスワクチンで感染防御が可能と推測された。
コウモリから分離された新しいモービリウイルス
米国、マウントサイナイ医科大学のベンハー・リーらは、ブラジルでヒナコウモリ科のナガレホオヒゲコウモリからモービリウイルス属の新種ウイルスを分離して、ヒナコウモリ・モービリウイルス(MBaMV)と命名し、その性状についての査読前の論文を、2021年9月、Research Squareに掲載した(3)。
モービリウイルス属には麻疹ウイルス、イヌジステンパーウイルス、牛疫ウイルス、 小反芻獣疫ウイルス、アザラシジステンパーウイルス、ネコモービリウイルス、鯨類モービリウイルスの7種が含まれ、いずれもそれぞれの自然宿主で急性の重い病気をひき起こす。
メタゲノム解析で検出されたMBaMVは、ゲノムのサイズが15,804塩基で、ほかのモービリウイルスと同様に、Nタンパク質、Pタンパク質、Mタンパク質、 Fタンパク質、 受容体結合タンパク質、および Lタンパク質をコードしていた。Lタンパク質の全長について系統樹を作って解析すると、イヌジステンパーウイルスとアザラシジステンパーウイルスにもっとも近縁だった。
モービリウイルスのP遺伝子は、独特の編集機能をもっていて、Pタンパク質のほかに、Vタンパク質、Wタンパク質、Cタンパク質という3種類のタンパク質を生成する。MBaMVも同じ編集機能を持っていることが確かめられた。
パラミクソウイルス科のウイルスタンパク質のうち、とくに宿主のタンパク質と相互に影響しあうのは、受容体結合タンパク質(麻疹ウイルスではHタンパク質)のほかに、Pタンパク質、Vタンパク質、およびCタンパク質である。そのため、ウイルスが進化する過程で、これらのタンパク質は異なる宿主のタンパク質との相互作用による進化圧力を受けてきたと考えられる。そこで、ほかのモービリウイルスとの相同性を計算すると、予想どうり、MBaMVのP、V、Cタンパク質は31-43%、受容体結合タンパク質は27-32%と低かった。N、M、F、Lタンパク質は52-76%と比較的良く保存されていた。
モービリウイルス属の特徴のひとつは、受容体としてリンパ系細胞に存在するSLAMに結合し、リンパ系細胞で増殖して、急性の病気をひき起こすことである。SLAMは、動物種によって異なるので、MBaMVが標的とするSLAMの動物種を調べるために、SLAMが存在しないCHO(チャイニーズハムスターの卵巣由来)細胞に、コウモリ、ヒト、イヌのSLAMをそれぞれ発現させて、MBaMVの受容体結合タンパク質とFタンパク質遺伝子を導入してみたところ、ヒトやイヌよりもコウモリのSLAMを発現した細胞で、大きな細胞融合が見られた。その結果、コウモリにもっとも良く感染することが推測された。
MBaMVのゲノムから、リバースジェネティックスにより、感染性ウイルスを回収し、ヒト、イヌ、またはコウモリのSLAMを発現するヴェーロ細胞(アフリカミドリザルの腎臓由来)に接種して、受容体の利用能力を調べたところ、感染性MBaMVはコウモリのSLAMを発現した細胞では、接種2日目に大きな合胞体を形成し、感染価は3日目には105プラーク形成単位に達した。イヌのSLAMを発現した細胞では中程度の合胞体で5日目の感染価はコウモリのSLAMの場合の1/100だった。ヒトのSLAMを発現した細胞ではウイルス増殖は確認できなかった。
麻疹ウイルスは、リンパ系細胞に対するSLAMのほかに、上皮細胞に存在するネクチン4を受容体として細胞内に侵入して増殖する。MBaMVは、ネクチン4を高濃度に発現するヒト肺上皮細胞では大きな合胞体を形成し、感染価は6日目には104プラーク形成単位に達した。また、ヒトネクチン4を発現しているヴェーロ細胞でも麻疹ウイルスと同様に増殖し、ヒトネクチン4を利用する能力を持つことが確かめられた。ヒトのマクロファージにも感染し、これもネクチン4を介したものと推測された。MBaMVは、SLAMではなく、ネクチン4を介してヒトに感染する可能性が示されたわけである。
文献
1. Drexler, J.F. et al.: Bats host major mammalian paramyxoviruses. Nature Communications. 2012;3:796. Correction in Nature Communications. 2014;5:3032.
2. Kruger, N. et al.: Entry, replication, immune evasion, and neurotoxicity of synthetically engineered bat-borne mumps virus. Cell Reports. 25, 312–320 October 9, 2018. https://doi.org/10.1016/j.celrep.2018.09.018.
3. Lee, B. et al.: Zoonotic potential of a novel bat morbillivirus. Research Square. Sept. 29, 2021. DOI: https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-926789/v1