19.「口蹄疫の正しい知識 5.どのようにして口蹄疫は広がるか」

口蹄疫の広がる経路としては、1.感染動物の移動、2.汚染した畜産製品との接触、3.汚染した人との接触、4.汚染した器物、5.風による拡散などがあります。

もっとも多いのは感染動物の移動によるものです。とくに牛、羊、山羊ではのどの中にウイルスがかなり長い間持続して感染を拡げます。つぎに、汚染した畜産製品による広がりです。この連載3で述べたように、感染した動物のあらゆる排泄物、水疱液、吐き出す息、乳、肉などに多量のウイルスが含まれています。一般に、肉の場合にはpHが低下してウイルスが不活化されるため、感染源になる可能性は低いと考えられています。しかし、リンパ節ではかなり長期間ウイルスが生きているといった指摘もあります(1)

英国で2001年に大発生した口蹄疫の感染源については、英国通産省の中間報告によれば、おそらく加熱されずに豚に与えた残飯もしくは非合法的に輸入された汚染肉が含まれた残飯だろうとされています。ひとつの説として、飛行機内の食事の食べ残しがあげられていますが、これは防止対策があったことから考えにくいという見解です。もうひとつは軍隊用の肉で、軍隊では世界中から安い肉を輸入していて税関を通らずに持ち込まれていたからです。この可能性は農務省が調査中となっていますが、その結果がどうなったのかは知りません。

人による場合は、多くは発生農場で衣服や靴などにウイルスが付着し、それが感染源となっています。英国動物衛生研究所での実験では、感染した動物から放出されたウイルスがのどに入りこみ、もっとも長いもので28時間存続していて、しかもウイルス量は家畜に感染を起こすに十分だったという結果が得られ(2)、このような伝播の可能性も指摘されています。

器物では2000年に宮崎で発生した口蹄疫の原因が中国から輸入した稲わらの可能性が提唱されています。ほかにもさまざまな形でウイルスの汚染した器物が感染源になる可能性があります。

風による伝播は英国動物衛生研究所での研究により、湿度が高く涼しい時期で一定の方向に弱い風が吹いている際に起こりうることが指摘されています。通常はせいぜい10キロメートル以内で起こるのですが、もっとも長い距離をウイルスが運ばれた例として、フランスから英国海峡を越えて英国に到達したことが有名です。その際の経緯やルートについては、獣医ウイルス学のもっとも有名なテキストブックに、アレックス・ドナルドソンから提供された資料が紹介されています(3)。ドナルドソンは私が牛疫ワクチンの共同研究を行っていたIAHパーブライト研究所長兼OIE世界口蹄疫レファレンス・センター長で、しばしば会っていました。また、偶然ですがこのテキストブックの4名の著者も私と旧知の間柄でした。

この事例は1981年に起きました。3月4日から26日にかけてフランスのブルターニュに口蹄疫の発生が13カ所で起きたのですが、発生の報を受けて直ちに3月6日には英国のウイルス学者と気象学者のチームが、ウイルスが風によって運ばれるに適した気象条件を検討したのです。その結果、英国海峡のチャンネル諸島(Channel Islands)に到達する可能性が高いことが推測されました。また、可能性は低いものの英国南部まで到達することも考えられました。可能性が低いと考えたのは、それまでに報告された最長距離は1966年にデンマークからスウェーデンにまで運ばれたもので約100キロメートルだったからです。予想通り、チャンネル諸島のジャージー島(Jersey island)と英国南部のワイト島(Isle of Wight)の両方で口蹄疫は発生しました(図)。ブルターニュとワイト島の距離は約250キロメートルです。気象条件を調べた結果、3月7日と10日がウイルスの伝播に理想的だったため、この2回にウイルスが運ばれたと推測されました。これがこれまでに分かっている最長伝播距離です。

 

ドナルドソンの図を簡略化したもの

ドナルドソンの図を簡略化したもの

 

文献

(1)Barclay, C.; Foot and mouth disease. Research paper 01/35, 27 March 2001.

(2)Seller, R.F., Donaldson, A.I. & Herniman, K.A.J.: Inhalation and dispersal of foot-and-mouth disease virus by man. J. Hyg., Camb., 68, 565-573, 1970.

(3)Murphy, F.A., Gibbs, E.P.J., Horzinek, M.C. & Studdert, M.J.: Veterinary Virology, 3rd edition. Academic Press, 1999. p. 527