55.新刊書「エボラ出血熱とエマージングウイルス」(岩波科学ライブラリー)

 

上記の本を2月初めに出版しました。1967年のマールブルグ病以来、約半世紀にわたる私の経験をもとに、現在、西アフリカで大流行を起こしているエボラ出血熱をとりあげたものです。
マールブルグ病発生の時はインターネットもファックスもなく、情報を入手するまでに数日から数週間待たなければならなかったのですが、現在はいくつものメーリングリストでリアルタイムの流行実態の情報が送られてきます。高齢となり外出もままならない生活ですが、パソコンの前に座れば、アフリカでの流行実態や研究の進展などを知ることができます。まさに隔世の感がします。
「はじめに」と「おわりに」の全文、および目次を紹介します。

「はじめに」

西アフリカで発生したエボラ出血熱は過去に例を見ない広がりを見せており、世界各国がその対策に追われている。エボラという言葉は、九〇%に達する致死率とか、大ベストセラーになったノンフィクション「ホットゾーン」に描写された病気のすさまじさから、ほかの病気とは異なる特別のものと受け止められている。エボラはどこから来たのか、なぜ高い致死率をしめすのか、空気感染は起こさないのか、日本は大丈夫なのか、といったさまざまな疑問が投げかけられている。
これまでにエボラ出血熱の発生は二〇回を超えている。エボラ出血熱の発生の歴史を振り返ると、今回のような大流行は決して予想外のものではないことがうかがえる。エボラウイルスが毒力を増したのではなく、ウイルスの伝播に適した環境が生まれてきたためである。現代社会の進展とそれに伴って生じたひずみがウイルスを広げているのである。
エボラウイルスの仲間であるマールブルグウイルスが最初に出現したのは、一九六七年である。その時から私はマールブルグ病やエボラ出血熱の対策にかかわり、これらエマージング感染症と原因ウイルスの科学的側面や問題点をいくつかの著作で紹介してきた。西アフリカでの流行に対する社会の反応では、科学的に正しい認識に欠けている事例をしばしば見受ける。半世紀の間には、多くのウイルス・ハンターや医師たちのエボラとの戦いが繰り広げられた。一方で、急速に進展したウイルス学でエボラウイルスの性状も明らかになってきた。本書では、私自身の経験も含めて、ウイルス専門家の立場からエボラをめぐるドラマと研究の展開を紹介し、エボラについての正しい理解の一端になることを願っている。

「おわりに」

二〇世紀は、天然痘の根絶が達成され、ポリオや麻疹の根絶計画の開始といった、「感染症の根絶を目指した世紀」となった。しかし、一方でマールブルグウイルス、ラッサウイルス、エボラウイルスと相次いで新しい致死的ウイルスが出現し、エイズ、ヘンドラウイルス、ニパウイルス、西ナイル熱などが続いた。二一世紀に入るとすぐに重症急性呼吸器症候群(サーズ)、高病原性鳥インフルエンザが出現し、私の著書のタイトルのように、「エマージングウイルスの世紀」となっている。
西アフリカで二〇一三年一二月にひとりの子供から広がったエボラ出血熱は、エマージングウイルスの脅威をまざまざと見せつけている。二〇一四年一二月末には約二万人が発病し八〇〇〇人近くが死亡している。一九七六年のザイールでの最初の発生から約四〇年間で最大かつ最も長期間続く流行となった。
ウイルスは三〇億年前に地球上に出現した。フィロウイルス(エボラとマールブルグウイルス)の遺伝子はワラビー、オポッサム、コウモリの染色体にも組み込まれており、フィロウイルスが少なくとも一〇〇〇万年以上前から哺乳類と一緒に進化してきたことが推測されている。エボラウイルスは、二〇万年前に生まれた現世人類(ホモ・サピエンス)よりもはるか昔から自然宿主に共生し、本来の宿主でない人間に感染することでキラーウイルスに変身している。そして、内戦による荒廃、貧困、公衆衛生の破綻などは、人の間でのウイルスの伝播に好適な環境を作りだしている。エボラ出血熱の流行は現代社会が生み出しているのである。
一九七六年にエボラ出血熱が発生した際、日本では政治主導で迅速な対策が行われ、レベル4実験室は世界で四カ国目に建設された。しかし、その後の政府の怠慢でレベル4として稼働されないまま現在に至ってしまった。その間にウイルス学はめざましい進展を遂げ、西アフリカでの流行では、分離ウイルスのゲノムの解析も短期間で行われ、その結果はインターネットを通じて瞬時に世界中に流されている。居ながらにしてリアルタイムでウイルスの動きを把握できるようになったのである。日本のウイルス学は世界でトップクラスだが、残念ながらエボラウイルスの研究に生かせる体制にはなっていない。治療薬ジーマップと同様のモノクローナル抗体などの研究を行っている北海道大学高田礼人教授たちは、生きたウイルスの実験にカナダのレベル4実験室まで出かけなければならない。
エマージングウイルスによる感染はアフリカだけではない。アジアには、オオコウモリを自然宿主とするニパウイルスがあり、致死率七〇%を示している。一九九九年のマレーシアで最初の発生ののち、二〇〇一年からはインドとバングラデシュで毎年患者がでている。人から人への伝播も起きている。効果的なニパワクチンを東京大学医科学研究所(医科研)甲斐知恵子教授たちは開発しているが、生きたウイルスを用いる実験はリヨンとカナダのレベル4実験室で行っている。アジアの問題にも日本のウイルス学が貢献できる態勢はできていないのである。

「目次」

はじめに
プロローグ — 新しい感染症の時代の到来

1. マールブルグ病

ジンバブエ1975 — ヒッチハイク中の悲劇
ケニア1980 — エルゴン山にマールブルグウイルスの自然宿主が生息?
シベリア1988 — 生物兵器研究所の事故
コンゴ1998 — 内戦のかげで
アンゴラ2004 — 史上最大の流行
ウガンダ2007 — 自然宿主はオオコウモリだった
ウガンダ2012、2014 — 現在も散発
コラム:CDCとユーサムリッド

2. ラッサ熱

シエラレオネ1972 — ラッサウイルスの自然宿主はマストミス
アメリカ1976、日本1987 — 先進国に輸入されるラッサ熱
シエラレオネ1976〜1991 — ラッサ・プロジェクト

3. エボラ出血熱

ザイール1976 — 致死率90パーセントの熱病の出現
スーダン1976 — 無数のコウモリが棲む工場で
イギリス1976 — 実験室での感染
アメリカ1976 — 宇宙飛行士用のトレーラーで患者を輸送
アメリカ1989 — カニクイザル
コートジボアール1994 — チンパンジーからの感染
ザイール1995 — 荒れ果てた病院で拡大した感染
ウガンダ2007 — 新型のエボラウイルス
コラム:エマージング感染症

4. エボラ2014

ひとりの患者から起きた大流行
患者第一号はコウモリから感染したらしい
今後の流行予測
エボラ出血熱になるとどうなるか?
エボラ封じ込め作戦に成功したナイジェリア
コラム:コンゴで起きたエボラ出血熱

5. エボラウイルスをめぐる問題

自然宿主はオオコウモリらしい
エボラウイルスの感染源となるブッシュミート
犬と豚は人への感染源になるか?
エボラウイルスの犠牲となるチンパンジーとゴリラ

6. エボラの治療と予防

エボラウイルスの性状
バイオテロ対策として進んでいたエボラワクチンと治療薬の開発
始まったエボラワクチンの臨床試験
エボラウイルスの増殖と生存戦略を阻止できる治療薬

7. エボラと日本

国際伝染病から一類感染症へ
自主規制で放置された病原体の管理
診断はアメリカに頼ってきた日本
日本はバイオテロ容認国?
コラム:レベル4実験室
コラム: 千葉でのエボラ出血熱騒ぎ

おわりに