前回(No. 56)紹介したCIDRAP(ミネソタ大学感染症研究・政策センター)所長の Michael Osterholmが筆頭著者となったエボラウイルスの伝播に関する総説が、2月19日にAmerican Society for Microbiology(全米微生物学協会)の機関誌mBioに発表された(1)。著者のリストには彼を含めて、1976年最初のエボラがザイールで発生した際にザイール大学微生物学教授として患者の診療にあたったJean-Jacques Muyembe、エボラウイルスの電子顕微鏡写真を撮影したFrederick Murphy、カニクイザルで起きたレストンエボラウイルスの対策のリーダーとなったC.J. Peters、WHOのエボラ専門家Pierre Formentyなど、エボラウイルス研究や対策の中心的メンバー21名が名前を連ねている。
内容は、エボラについてこれまでに得られている多くの知見を整理し、エアロゾル伝播の可能性があることを指摘したもので、リストアップされた86編の文献とともに、エボラの伝播様式についての貴重な資料になっている。断片的なエビデンスにもとづく議論が多いので、要点をある程度整理し直して紹介する。
1.エボラウイルス伝播に関して分かっていること
過去の発生状況には、患者との直接接触歴がなく飛沫もしくは汚染物品を介したと推定される例がいくつかある。エボラウイルスは唾液、母乳、尿、精液から分離され、ウイルスRNAは便、涙、汗でも検出されている。感染者からウイルスは長い期間(数日から数週間)にわたって排出される。外界でエボラウイルスは数日から数週間生きていることがある。
興味ある例は、2014年にシエラレオネの治療センターで環境汚染を調べたもので、早朝の清掃と消毒前に採取したサンプルの多くで、見た目では血や排泄物の汚染がなくてもウイルスRNAが検出されていたことである。マスクにもウイルスRNAが検出されたが、これが環境汚染によるものか、防護衣を脱ぐ際に付着したかは分からない。
感染者の大部分は症状が出ていた患者との直接接触によるもので、発病前もしくは無症状感染者からの伝播はないと考えられている。この点について、患者との密接な接触の後に無症状なのに抗体が陽性の人で調べたところ、非常に低いレベルのウイルスが血中で見いだされた。このウイルス量では感染を伝播する可能性は低いと考えられるが、発病初期の軽い症状の患者は感染源になり得ることを示唆している。
人の間での伝播を理解するのに役立つ観察結果がいくつか得られている。病気の進行に伴って血液中のウイルス量が増加し、排出されるウイルス量が増える。病気の後期では、激しい下痢、嘔吐、出血、咳でいろいろなサイズのエアロゾル粒子が放出されてウイルスをまき散らす、スーパースプレッダーとなる可能性がある。西アフリカのエボラではひとりの患者が1〜2名の二次感染を起こしていたが、ある例では、ひとりの患者から38名に、別の例では21名に二次感染が起きていたことがあった。人への感染はきわめて少ないウイルス量(10個またはそれ以下のウイルス粒子)で起きていた。この点は、医療従事者が防護衣を脱ぐ際に万全の注意の必要なことを示している。
エボラ患者での臨床病理についての知見は、発生地域でのバイオセーフティの確保が困難であり設備も整っていないため、限られている。これまでに解剖が行われたのは、1976年のスーダンの発生と1995年のザイールのキクウイトの発生での約30例だけである。病理学所見では、エボラウイルスはさまざまな細胞(主にマクロファージ、樹状細胞、内皮細胞、クッパー細胞)と組織(とくに肝臓、脾臓、腎臓、リンパ節、睾丸、胃腸粘膜、皮膚)で見つかる。肺炎は見られていないが、肺胞マクロファージにはウイルス封入体が、肺胞間隙にはウイルス粒子が検出されている。
サルでの病理学所見は人の場合に一致している。とくに興味あるのは、サルはエアロゾル噴霧で感染し、軽度ないし中程度の間質性肺炎を起こすことである。
エアロゾルと飛沫の複雑な側面:発想の転換が必要
感染症の伝播は一般に、接触伝播(直接または間接)、飛沫伝播および空気伝播という3つの様式に分けられている。そのうち、飛沫伝播は通常は、気道からの飛沫に含まれる病原体が近くにいる人の呼吸器粘膜に直接感染することを指す。空気伝播は、空気中の飛沫核や小さい粒子に含まれる病原体が、比較的長い時間と距離にわたって、感染性を保持することで起こる。
伝播様式の表現には、エアロゾル伝播と呼吸器伝播という別の2つの用語もあって、複雑になっている。エアロゾル伝播は、空気中に含まれる感染性のエアロゾルを吸い込むことで起こることを指し、飛沫伝播と空気伝播の両方とも広い意味のエアロゾル伝播にあてはまる。エアロゾルは気道(咳やくしゃみ)や消化器(嘔吐や下痢)などから体液が排出される場合、もしくはエアロゾルの出る作業などで生じる。一方、呼吸器伝播は気道から出るエアロゾル(飛沫もしくは小さな粒子状エアロゾル)を吸い込む場合だけを指すもので、飛沫伝播と空気伝播のどちらでも起こる。
呼吸、会話、咳、くしゃみなどでは、1マイクロメーター以下から100マイクロメーター以上の粒子が空気中に放出される。飛沫伝播は直径5—100マイクロメーターの粒子が2,3フィート以内の距離を飛んで皮膚や粘膜に到達する場合に起こる。飛沫核は、サイズが5マイクロメーター以下で、空中に一定時間留まり、ある程度離れた場所で吸い込むことで感染を起こすと考えられてきた。
これまでの飛沫伝播と空気伝播のモデルは複雑なプロセスを単純化しすぎている。たとえば、咳では主に大きな飛沫を生じると考えられてきた。しかし、最近のデータでは、咳で生じる粒子の大部分は1マイクロメーター以下で、近距離と離れた場所の両方で吸い込まれる。気道からではなく、ノロウイルスのように医療行為や嘔吐、下痢などで生じるエアロゾルも感染を引き起こす。
呼吸器病原体のエアロゾルによる伝播を3つに分類する方式が2004年に提唱されている(2)。小さなエアロゾルの吸入だけによるものを絶対的(obligate)伝播(例:結核菌)、小さなエアロゾルの吸入が主なものを優先的 (preferential)伝播(例:水痘ウイルス)、吸入以外(例:ノロウイルスの消化器感染)の経路でも起こるものを日和見的 (opportunistic) 伝播とするものである。エボラウイルスは、感染性エアロゾル(大飛沫ないし小飛沫)が発病期間中に産生・放出されるので、日和見的伝播にあてはまると考えられる。
エボラウイルスについて求められる知見
過去のエボラ発生では詳しい伝播状況の疫学的検討はわずかなため、伝播についての結論は比較的限られたデータにもとづいている。伝播経路もレトロスペクティブに推定されたもので、ウイルスにさらされた時期もはっきりしていない。そのため、エアロゾル伝播がどのような役割を果たしてきたのか、分かっていない。実験室内でエボラウイルスを含むエアロゾルの不活化速度から推定した結果では、エボラウイルスは湿度55%、温度22度の条件で約100分間生きていた。また、これまでのデータではウイルスへの暴露が直接的もしくは間接的接触によるのかをはっきり区別できない。そのため、エアロゾルと間接的伝播のそれぞれの関与についての研究が求められる。
これまでエボラウイルスの感染性、病原性、毒性は変わっていないと推測されてきたが、過去の経験だけから今後のウイルスの性状を予測することはできない。西アフリカのエボラウイルスはザイールウイルスの中の新規のグループ(clade)とみなされている。同じ2014年にコンゴでは従来のザイールウイルスによるエボラの発生があった。血液中のウイルスRNA量を比較した結果、西アフリカ・ウイルスによる患者(41名)の方が従来のザイールウイルスによる患者(23名)よりも多いことが示唆された。これは、西アフリカではスーパースプレッダーの事態がより多く起きていた可能性を示唆している。
伝播と流行の拡大に関わるいくつかの問題点を列記すると、①今回のような大流行でのスーパースプレッダーの役割が不明。②エボラウイルスの体外環境での生存についてのデータが限られている。③ほとんどの例で症状がない感染者はウイルスを伝播していないが、感染性が生じる時期をさらに詳しく検討する必要がある。④回復後数ヶ月にわたってウイルスを排出しうることが分かっているが、この事実の疫学的意義は不明。⑤今回の大流行で野生動物や家畜による伝播の増幅が起きたかどうか分かっていない。
エボラウイルスの呼吸器伝播:仮説
今回の流行では、消化器、気道、または医療行為から生じた感染性エアロゾルによるエボラウイルスの伝播がある程度起きていた可能性が高い。しかし、感染性エアロゾルにさらされた人たちは感染者の近くで直接接触していたため、この可能性を証明することは難しい。
以下に列記したいくつかの事実は、エボラウイルス遺伝子のドラマティックな変異がないにもかかわらず、エアロゾルによる伝播が起きていた可能性を示唆している。①エボラウイルスが唾液から分離され、ウイルス粒子が剖検で肺胞に検出されていることは、気道から感染性エアロゾルが放出されることを示唆している。②エボラウイルスは気道内のいくつかのタイプの細胞(マクロファージ、上皮細胞など)に感染しうる。③咳はエボラ出血熱の症状のひとつとみなしうる。咳の頻度は報告によりばらつくが(稀から49%)、咳が出れば当然エアロゾルが放出される。④動物実験ではエアロゾルによる伝播が可能で、肺炎を伴う呼吸器感染が起こる。⑤レストンエボラウイルスではサルの間で呼吸器伝播が起きており、おそらく人へも起きたと考えられる。
この総説の背景
米国では、フィロウイルス(エボラとマールブルグウイルス)はバイオテロ病原体としてもっとも危険性が高いカテゴリーAに分類されており、西アフリカのエボラの流行で注目を集めているワクチンと治療薬は元々バイオテロ対策として開発されてきたものである。さらに、フィロウイルスによるバイオテロで用いられる現実的な手段として、エアロゾル散布にとくに強い関心が寄せられている。参考文献2の呼吸器病原体の伝播様式の新しい分類は、バイオテロ対策のために設立された米陸軍感染症研究所(USAMRIID)の研究グループが提唱したものである。今回紹介した総説の筆頭著者Osterholmは連邦政府のバイオテロ対策で中心的役割を果たしており、西アフリカでのエボラ流行が急速に拡大していた昨年秋、ニューヨークタイムズ紙(9月11日付け)の社外論説(Op-Ed)で、エボラウイルスが人の間で広がっているうちに変異を起こして空気伝播するようになる可能性を指摘したところ、かなりの論議を巻き起こしていた。
このような背景のもと、代表的なエボラ専門家グループがエアロゾル伝播について総合的な検討を行い、空気伝播を起こすような変異がなくても、エボラウイルスがエアロゾルによる空気伝播をある程度起こしうることを指摘したのである。
参考文献
1. Osterholm, M.T. et al.: Transmission of Ebola viruses: What we know and what we do not know. mBio 2015, 6 (2): e00137-15. doi:10.1128/mBio.00137-15.
2. Roy, C.J. & Milton, D.K.: Airborne transmission of communicable infection – the elusive pathway. N. Engl. J. Med., 350, 1710-1712, 2004.
http:// dx.doi.org/10.1056/NEJMp048051.