続々と発見される巨大ウイルス
2003年に発見されたミミウイルスをきっかけとして、表1に示したように、続々と巨大ウイルス発見の報告が続いている。
ウイルス | ゲノムサイズ(kb) | 遺伝子(推定) | カプシド直径(nm) | 粒子形態 | ウイルス複製部位 | |
ミミウイルス科 | ミミウイルス | 1,185 | 981 | 390 | 正二十面体 | 細胞質 |
“ | ママウイルス | 1,191 | 1,023 | 390 | “ | “ |
“ | ムームーウイルス | 1,021 | 930 | “ | “ | |
“ | カフェテリア・レンベルゲンシスウイルス | 617 | 544 | 300 | “ | “ |
“ | メガウイルス・チレンシス | 1,259 | 1,120 | 440 | “ | “ |
サンバウイルス | 1,213 | 938 | 574 | “ | “ | |
マルセイユウイルス科 | マルセイユウイルス | 368 | 457 | 250 | “ | “ |
“ | ローザンヌウイルス | 346 | 450 | 190-220 | “ | “ |
未分類 | パンドラウイルス(チリ)
パンドラウイルス(オーストラリア) |
1,900
2,500 |
1,502
2,556 |
1,000 | つぼ状 | 核 |
未分類 | ピソウイルス | 600 | 467 | 1,500 | つぼ状 | 細胞質 |
表1 巨大ウイルス
ほとんどはアメーバから分離、もしくはアメーバにサンプルを接種して分離したもので、アメーバを宿主として増殖する。カフェテリア・レンベルゲンシスウイルスだけはアメーバとは別の貪食性の原生生物の鞭毛虫から分離された。最初にミミウイルスを分離したラウール(Didier Raoult)はフランス・マルセイユの地中海大学リケッチア・ユニットでリケッチアの多様性について研究を行っていた。リケッチアは細菌だが人工培地では増殖できず細胞が必要なため*、彼らは貪食性のアメーバで培養していた。それが偶然ミミウイルスを発見するきっかけとなり、アメーバ培養は巨大ウイルス分離の重要な手段になったのである。(1)
*細胞内でないと増殖しないリケッチアはかってはウイルスの仲間に入れられており、国立予防衛生研究所(現・感染症研究所)のウイルス部門はウイルス・リケッチア部の名称だった。
巨大ウイルスの一端は、本連載44回で、パンドラウイルスとピソウイルスまで紹介したが、その後、2014年にはブラジル・アマゾンの巨大熱帯雨林のネグロ川のサンプルからアメーバ接種でミミウイルス科とみなされる巨大ウイルスが分離されて、サンバウイルスと命名された(2)。
巨大ウイルスでははるかに小型のウイルスが随伴している例が見つかっている。ミミウイルスの随伴ウイルスはスプートニクウイルス、カフェテリア・レンベルゲンシスウイルスではMaウイルス*と命名され、これらを従来の衛星ウイルスという名称ではなくヴィロファージと総称することが提案されている。サンバウイルスでもヴィロファージが見つかりリオネグロウイルスと命名された。しかし、リオネグロウイルスはすでにベネズエラ馬脳炎ウイルスのひとつで用いられているので修正が必要であろう。
* Maverick という名の大型のDNAトランスポゾンに遺伝子構造が似ていたために付けられた名前。「ウイルスと地球生命」(岩波書店2012)を執筆した際、‘マウイルス’という仮名書きは日本語になじまず、また名前の由来もわかりにくいと考えてMaと表記してみた。
巨大ウイルス群の総称:核細胞質性大型DNAウイルス(NCLDV)かメガウイルス目か?
巨大ウイルスの発見以前に見いだされていた大型ウイルスとして、ポックスウイルス科(ワクチニアウイルスなど)、アスファウイルス科(アフリカ豚コレラウイルス)、イリドウイルス科(蛙のラナウイルス)があった。これらは真核生物の大型2本鎖DNAウイルスであって細胞質のみ、または核で最初に複製が行われたのち細胞質で複製を完了する。同様のものとして、藻類からはクロレラウイルスや円石藻ウイルスを初め、いくつかの大型DNAウイルスが分離されてフィコドナウイルス科に分類されている。2001年米国NIHの進化ゲノミクスの専門家クーニン(Eugene Koonin)たちはこれらのウイルスの遺伝子のレパートリー、ゲノムの構造、ウイルス粒子の構造を比較した結果、共通の祖先ウイルスから進化したものとして、核細胞質性大型DNAウイルス(NLCDV: nucleocytoplasmic large DNA virus)と命名した(3)。
一方、ほとんどの巨大ウイルスはミミウイルス科に分類されているが、パンドラウイルスとピソウイルスは、ミミウイルスよりもはるかに大きいサイズで、しかも粒子が正二十面体でなくアンフォラ(つぼ)の形をしていた。しかし、もっとも良く保存されている遺伝子のひとつであるDNAポリメラーゼで構築した系統樹での検討結果などから、パンドラウイルスはフィコドナウイルスとくに円石藻ウイルスと同じ祖先ウイルスから進化したと推測され、ピソウイルスはマルセイユウイルスやイリドウイルスと同じグループと推測されている(4)。その結果クーニンたちは巨大ウイルスもNCLDVに含めることを提唱した。
これに対してラウールたちは、NCLDVの名称は不適当としメガウイルスという新しい目*を設けることを国際ウイルス分類委員会に提案している(5)。また、メガウイルス目のウイルスは3つの生物(life)ドメイン(細菌、古細菌、真核生物)とは別のおそらくは絶滅した第4のドメインの生物に由来すると推測しているが、クーニンたちは、巨大ウイルスは第4の細胞性生物(cellular life)ドメイン由来ではなく小型のDNAウイルスに由来したものという見解を2014年に発表している(6)。従来のウイルスも含めてウイルスの起源についての議論は今後盛んになると思われる。
*ウイルスの分類は目、科、属、種に分けられる。たとえば、麻疹ウイルスはモノネガウイルス目、パラミクソウイルス科、モルビリウイルス属の種になる。
ヴィロファージは従来のサテライト(衛星)ウイルスと同じか?
従来からヘルパーウイルスに依存して増殖するウイルスは表2に示したように、いくつか見つかっていて、それらは衛星ウイルスと呼ばれている。たとえば、アデノウイルスの衛星ウイルスとしてアデノ随伴ウイルス、B型肝炎ウイルスの衛星ウイルスとしてD型肝炎ウイルスがある。植物ウイルスでも、タバコ壊死ウイルスに依存するタバコ壊死衛星ウイルスがある。
スプートニクウイルスを衛星ウイルスではなく、ヴィロファージと新しい名称にしたもっとも大きな理由は、従来の衛星ウイルスはヘルパーウイルスを破壊はしないのに対して、スプートニクウイルスはヘルパーのミミウイルスを最終的には破壊することである。細菌を食べるファージになぞらえたのである。また、従来の衛星ウイルスは細胞の核の中で増殖するのに対して、スプートニクウイルスは細胞質の中のウイルス工場(昔は封入体の表現の方が普通*)に存在していることもヴィロファージの特徴のひとつにあげられている。
ヘルパーウイルス | ヴィロファージ | 報告 |
ミミウイルス | スプートニクウイルス | 2008 |
カフェテリア・レンベルゲンシスウイルス | Maウイルス | 2011 |
レンチルウイルス | スプートニク2ウイルス | 2011 |
オーガニックレイクフィコドナウイルス(推定) | オーガニックレイクヴィロファージ* | 2011 |
サンバウイルス | リオネグロウイルス | 2014 |
*南極の高塩濃度のオーガニックレイクのサンプルのメタゲノム解析でゲノムを検出したもの。
表2 ヴィロファージ
*封入体は、1841年というウイルスが発見される前の時代にポックスウイルスの一種モルシポックス(伝染性軟属腫)ウイルスで見いだされていた。代表的な細胞質内封入体としては、狂犬病の診断に用いられているネグリ小体がある。
ヴィロファージの名称については、パスツール研究所のクルポビッチ(Mart Krupovic)は、アデノ随伴ウイルスがアデノウイルスの増殖を90%以上低下させる事実や、タバコ壊死衛星ウイルスが大量に感染した場合、タバコ壊死ウイルスの増殖も低下することを例にあげて、従来の衛星ウイルスとヴィロファージの特徴に差はなく、また、感染細胞の細胞質か核のどちらで増殖するかは、ヘルパーウイルス次第で、核で複製が行われるアデノウイルスの衛星ウイルスは核だが、植物RNAウイルスの衛星ウイルスには細胞質で複製が行われるものもあるとして、ヴィロファージと衛星ウイルスに本質的な差はないと指摘している。さらに、ファージという用語は原核細胞の細菌の世界で用いられているもので、真核細胞の衛星ウイルスに原核細胞のファージという用語をあてはめることは分類を混乱させると主張している(7)。
国際ウイルス分類委員会のVirus Taxonomy第9版(2012)では、スプートニクウイルスは衛星ウイルスの項の中でママウイルス随伴衛星ウイルスとなっている。現実には、巨大ウイルス研究者の間ではヴィロファージの用語は定着しつつある。
文献
1. Raoult, D., La Scola, B. & Birtles, R.: The discovery and characterization of Mimivirus, the largest known virus and putative pneumonia agent. Clin. Infect. Dis., 45, 95-102, 2007.
2. Campos, R.K., Boratto, P.V., Assis, F.L. et al.: Samba virus: a novel mimivirus from a giant rain forest, the Brazilian Amazon. Virol. J., 11: 95, 2014.
3. Iyer, L.M. & Koonin, E.V.: Common origin of four diverse families of large eukaryotic DNA viruses. J. Virol., 75, 11720-11734, 2001.
4. Yutin, N. & Koonin, E.V.: Pandoraviruses are highly derived phycodnaviruses. Biol. Direct, 8:25, 2013.
5. Colson, P., deLamballerie, Fournous, G. & Raoult, D.: Reclassification of giant viruses composing a fourth domain of life in the new order Megavirales. Intervirology, 55, 321-332, 2012.
6. Yutin, N., Wolf, Y.I. & Koonin, E.V.: Origin of giant viruses from smaller DNA viruses not from a fourth domain of cellular life. Virology, 466-467, 38-52, 2014.
7. Krupovic, M. & Cvirkaite-Krupovic, V.: Virophages or satellite viruses? Nature Rev. Microbiol., 9, 762-763, 2011.