2012年サウジアラビアで見つかり、今年は韓国で大きな発生を起こしたMERSコロナウイルスに対するワクチンが、サルとラクダで防御免疫を誘導するという研究結果が、8月19日付けScience Translational MedicineのOnline版で発表された。ペンシルバニア大学のDavid Weiner(HIVやパピローマのDNAワクチンの開発研究を行っている)、NIHのRocky Mountain LaboratoriesのHeinz Feldmann*たち、Inovio Pharmaceuticalsなどとの共同研究である。
* NIHに移る前、カナダのBSL4実験施設でエボラのVSV ベクターワクチン(本連載49)の開発の中心になっていた。
これまでにSARSコロナウイルスのワクチン開発で、コロナウイルスの表面に棘のように出ているスパイク(S)タンパク質が免疫源として働き、Sタンパク質を用いたワクチンが動物実験で中和抗体を産生することが示されていた。MERSコロナウイルスは変異を起こしやすいため、現在、流行を起こしているA, Bの2つのウイルス族(clade)のウイルスのSタンパク質に共通の塩基配列の部分を合成し、プラスミドに組み込んでDNAワクチンが作製された。
MERSコロナウイルスはBSL3に分類されているため、中和試験は、牛水疱性口炎ウイルス(VSV)粒子の表面をMERSコロナウイルスのSタンパク質に置き換えた偽ウイルス粒子を用いて、通常のBSL2実験室で行われた。
ワクチン接種にはInovio Pharmaceuticalsのエレクトロポレーションによるデリバリー技術が用いられた。これは、DNAの細胞内への取り込みを増加させるために、ワクチンの筋肉注射後に針電極でミリ秒の電気パルスをかけて細胞膜の透過性を高めるもので、DNAから発現されるワクチン抗原量が100倍増加すると言われている。
まず、マウスにワクチンを2週間隔、3回接種して細胞性免疫の誘導と、Sタンパク質に対する中和抗体の産生が起こることで、ワクチン効果が確かめられた。
ついで、3頭のヒトコブラクダに4週間隔で3回ワクチン接種を行った結果、11週目(3回目の接種の3週後)の血液に、ウエスタン・ブロット*によりSタンパク質と結合する抗体が3頭すべてで見つかり、中和抗体は2頭で検出された。
* ゲル内で電気泳動により分離させたウイルスタンパク質に抗体を加えて結合の有無を調べるもの。
アカゲザルでは抗体産生と細胞性免疫の成立の確認に加えて、MERSコロナウイルスの攻撃に対する防御効果も調べられた。これは、12頭のアカゲザルを低量ワクチン群(0.5 mg)、高量ワクチン群(2 mg)と対照群(プラスミド・ベクター)の各4頭に分けて、3週間隔で3回、ワクチン接種を行ったものである。最後のワクチン接種から2週後の血液にはCD4+T細胞、CD8+T細胞が検出された。血清には、ワクチン群すべてで中和抗体が産生されていた。そのうち4頭のサルの血清を調べたところ、5株の異なるMERSウイルスに対する中和抗体が検出された。
攻撃試験は、3回目のワクチン接種から4週後に、BSL3実験室で行われた。大量(700万感染単位)のMERSコロナウイルスを気管、鼻腔、口腔、眼の4つの経路から接種し、肺のX線撮影で経過を観察した結果、攻撃接種5日後には対照群でウイルス性肺炎の所見が見られた。ワクチン接種群8頭では、2頭(高量群)で一過性の軽い浸潤が見られただけで、6頭には異常は見られなかった。解剖した結果、対照群では肺炎の病変が見られたが、ワクチン接種群では肉眼的には変化は見られず、組織検査でも、稀に軽度の変化が見られただけで、正常だった。
以上のサルでの成績は、このワクチンが症状を最小限に抑える面で100%の効果があることを示しており、人から人への伝播を減少させ、とくに医療従事者の保護に役立つ可能性を示している。また、ラクダへのワクチン接種で、人への感染経路の遮断の可能なことも示唆している。
これまでDNAワクチンは、安全性は高い利点があるものの免疫効果が弱いため、プライム・ブースト方式*で、初回免疫だけに使用されてきたが、今回は単独接種で、高い効果が初めて示された。これは、エレクトロポレーションによるデリバリーが効果的だったことを示している。ほかのワクチンでも、新しいデリバリー方式によるDNAワクチンの開発は盛んになることが予想される。
*DNAワクチンやサブユニットワクチン(ウイルスタンパク質の一部だけを含む)など感染性のないワクチンで初回免疫を行ったのち、ベクターワクチンなど感染性のあるワクチンで追加免疫を行うもので、HIVワクチンやエボラワクチンなどで臨床試験が行われている。
文献
K. Muthumani et al: A synthetic consensus anti–spike protein DNA vaccine induces protective immunity against Middle East respiratory syndrome coronavirus in nonhuman primates. Sci. Trans. Med., 7, issue 301 301ra132, 19 Aug. 2015.