アルツハイマー病患者の脳にはアミロイド斑(老人斑)という特徴的変化がある。アミロイド斑は神経細胞の外膜に存在するアミロイド前駆体タンパク質(amyloid precursor protein: APP)がタンパク質分解酵素で切断されて生じるアミロイドβタンパク質(Aβ)が凝集したもので、とくに、40または42個のアミノ酸から成るアミロイドβペプチド(Aβ40, Aβ42)がアルツハイマー病の原因に関係すると推測されている。
アミロイド(amyloid)という名称は、1859年ドイツの著名な植物学者マチアス・シュライデン (Matthias Schleiden) が、植物の構成成分の名前として、ラテン語の澱粉amylumにギリシア語の「似ている」の意味の接尾辞(oid)をつなげた造語で、「澱粉のような」という意味である。1854年には病理学の法皇と呼ばれたルドルフ・ウイルヒョウ (Rudolf Virchow)が肝臓に見られた細胞外の物質にこの名前を用いてから、医学用語として定着した。
アミロイド斑とアルツハイマー病の関連は長年にわたって研究されてきたが、アミロイド斑の機能は不明だった。Aβの配列は進化的に多種の動物の間で保存されており、ヒトのAβ42の配列は4億年前のシーラカンスとの間でも共通性がある。それにもかかわらず、これまでアミロイド斑は機能のない分解副産物とみなされており、生理学的な役割は注目されてこなかった。
ハーバード大学医学大学院のルドルフ・タンジ(Rudolph Tanzi)のチームとマサチューセッツ総合病院のロバート・モイヤー(Robert Moir)らは最近、以下に紹介するようなマウス、線虫、細胞のモデルでの実験から、Aβが脳内に侵入する微生物に対する自然免疫の役割を担っているという成績を報告した。生物には進化的に保存されている自然免疫を担うものとして抗微生物ペプチドが知られているが、それと同様のものとしている(1)。
ヒトAβを脳内で発現しているトランスジェニックマウス、マウスAβを発現していないノックアウトマウス(APP遺伝子を破壊されている)、もしくは野生マウスにネズミチフス菌を脳内接種したところ、Aβを発現しているトランスジェニックマウスは、ほかのマウスのグループよりも生存率が高く、感染抵抗性のあることが示された。ヒトAβ42 を発現している線虫では、カンジダ菌に対する抵抗性が認められた。また、ヒトの脳細胞もしくはCHO(チャイニーズハムスター卵巣由来)細胞では、ヒトAβを発現した細胞が正常の細胞と比べてカンジダ菌に対して高い抵抗性を持っていた。詳細な実験の結果、粘着性のあるAβペプチドが糊のように細菌に張り付き、さらに周囲に存在する細菌も包み込んでいることが明らかにされた。Aβトランスジェニックマウスの脳では、ネズミチフス菌が感染した部位の周辺でAβの蓄積が加速されていた。これらの結果から、Aβは自然免疫で防御に働いていることが推測されたのである。
アルツハイマー病の脳にはアミロイド斑のほかに神経原線維変化と呼ばれる変化がある。これは、タウ・タンパク質を主な成分とする線維状の構造物が蓄積したものである。アミロイドは、脳内に侵入した細菌やウイルスなどの病原体をつかまえて殺す一方で、病原体が急速に排除されないと炎症を起こしてタウ・タンパク質を巻き込んで神経細胞を死滅させる。その結果として、アルツハイマー病になるという訳である。アミロイドは、防御と病因の側面を持つ諸刃の刃ということになる。これまでにアルツハイマー病のリスク要因として、クラミジア・ニューモニエと単純ヘルペスウイルス1型が注目されており、2015年には数種類の真菌(カビ)の痕跡をアルツハイマー病患者の脳で見いだされたことが報告されている(2)。微生物に対する自然免疫をアミロイド斑が担っている考えを支持する知見として、オランダ・マーストリヒト大学のヤコブス・ヤンセン(Jacobus Jansen)は、MRIで調べたところ、アルツハイマー病の初期の患者の血液脳関門の透過性が高まっていて、微生物が通過しやすくなっていることを報告している。アルツハイマー病の予防として、アミロイド斑形成の引き金となる病原体に対するワクチンの可能性があるかもしれないと、モイヤーはインタビューで語っている(3)。
文献
(1) Kumar, D.K.V., Choi, S.H., Washicosky, K.J. et al.: Amyloid-β peptide protects against microbial infection in mouse and worm models of Alzheimer’s disease. Science Translational Medicine. 25 May 2016 Vol. 8 Issue 340 340ra72
(2) Pisa, D., Alonso, R., Rabano, A. et al.: Different brain regions are infected with fungi in Alzheimer’s disease. Scientific Reports. 15 October 2015. 5:15015 DOi: 10.1038/srep15015.
(3) Ananthaswamy, A. & Klein, A.: Vaccines might be able to stop Alzheimer’s plaques from forming. New Scientist. 31 May 2016.