風邪の原因となるウイルスには、ライノウイルス、コロナウイルス、アデノウイルスなど数多くある。コロナウイルスでは4株(229E, HKU1,NL63, OC43)が風邪の原因として知られている。これらのウイルスの中で、OC43ウイルスは牛のコロナウイルス由来の可能性が高いが、ほかの3つのコロナウイルスの起源は分かっていない。
ドイツ・ボン大学のChristian Drosten教授たちは、今回、米国科学アカデミー紀要のオンライン版に、229Eウイルスはラクダから感染して進化したものと推定されることを報告した。彼らは、中東呼吸器症候群(MERS:マーズ)ウイルスの調査研究を行っていた際、2014年から2015年にかけてサウジアラビアとケニアで採取した1033頭のヒトコブラクダの咽頭ぬぐい液の5.6%に、ヒトコロナウイルス229Eに類似のウイルスの遺伝子が高い濃度(平均107コピー)で含まれていることを見いだした。また、229E類似ウイルスに対する抗体が、サウジアラビアとアラブ首長国連合のラクダでは、50%以上に検出され、このウイルスが中東地域のラクダに常在していることが示された。すべてのサンプルは健康なラクダから採取しているので、229E類似ウイルスはラクダに病気を起こしていないと考えられている。
サウジアラビアで採取した新鮮なサンプルのうち4つから、ヒト肝臓癌細胞とラクダ腎臓細胞で感染性の229E類似ウイルスが分離された。229Eウイルスは、ウイルス粒子の表面に存在するスパイクタンパク質が、受容体となるアミノペプチダーゼN(APN)に結合して細胞に侵入する。そこで、人、ラクダ、猫、豚のAPNのアミノ酸配列を比較したところ、人とラクダではAPNのスパイクタンパク質と結合する領域の配列に共通性が認められた。実際に、APNを発現させたヒト腎臓細胞では229Eウイルスと229E類似ウイルスはいずれも感染し、APNを欠いた細胞では両ウイルスともに感染しなかった。その結果、229E類似ウイルスは同じ受容体を介してヒトに感染することが明らかにされた。
Drostenたちは、2009年にアフリカのコウモリで、229Eウイルスに近縁のウイルスを分離していた。コウモリのウイルスと229Eウイルス、229E類似ウイルスについてゲノムの系統樹を作製した結果、コウモリのウイルスがラクダに感染して229E類似ウイルスの祖先が生まれたことが示された。ラクダがアフリカ大陸に導入されたのは、5000年以上前なので、コウモリからラクダにウイルスが感染したのは、それ以後の出来事と考えられる。そして、ラクダからヒトに感染して229Eウイルスに進化したことが推測された。Drostenは、ラクダのウイルスが人の間でパンデミックを起こした結果、229Eウイルスが生まれた可能性がきわめて高いと語っている。そして、MERSウイルスでも同様の経過で人のウイルスに進化する可能性を指摘している。
多くのラクダが229E類似ウイルスに無症状感染していて、しかも、呼吸器に多量のウイルスを保有していることから、アフリカと中東では人がこのウイルスにさらされている可能性が高い。しかし、多くの人は229Eウイルスに対する抗体を持っているので、ラクダから229E類似ウイルスに感染することは限定的と考えられる。
文献
Cormana, V.M., Eckerlea, I., Memishc, Z.A. et al.: Link of a ubiquitous human coronavirus to dromedary camels. Proc. Natl. Acad. Sci. Early edition (June 27, 2016). www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1604472113.
Pfefferle, S., Oppong, S., Drexler, J.F. et al.: Distant relatives of severe acute respiratory syndrome coronavirus and close relatives of human coronavirus 229E in bats, Ghana. Emerg. Infect. Dis., 15(9):1377–1384, 2009.