チクングニアウイルスは、1952年から53年にタンザニアで起きた発生の際に患者から分離されたもので、ヤブカ属のネッタイシマカとヒトスジシマカが媒介する。症状は、発熱、しばしば手と脚の激しい関節痛、頭痛、筋肉痛、関節の腫れ、発疹などである。1週間くらいで症状は軽くなるが、6割くらいの人は数年も続く関節痛に悩まされる。死亡することはほとんどないが、衰弱するため、経済的に大きな損失をもたらす。
チクングニア熱の分布
2013 年まではアフリカ、アジア、ヨーロッパで発生していたが、2013年にカリブ海諸国に広がり、図(2016年4月の時点)に示したように、世界的広がりを見せている。日本では、2016年2月にキューバから帰国した27歳の男性がチクングニア熱と診断された。
テキサス大学医学部門(UTMB)のスコット・ウィーバーらは、エイラートウイルスを基盤とする新しい手段で、チクングニア熱ワクチンの開発をNature Medicine2月号に発表した。
エイラートウイルス(EILV)はイスラエルのネゲヴ砂漠で1982年から1984年にかけて昆虫媒介ウイルスの調査の際に蚊から分離されたウイルスで、トガウイルス科アルファウイルス属に分類されている。主なアルファウイルス31種のうち、これは、昆虫細胞で増殖し脊椎動物細胞では増殖しない、唯一のウイルスである。人為的にウイルスのゲノムRNAを脊椎動物の細胞質に導入しても、ゲノムRNAの複製は起こらない。
ウィーバーらは、エイラートウイルスの感染性cDNAクローンにチクングニアウイルスの構造蛋白遺伝子を組み込んで、エイラート・チクングニアのキメラウイルスを作出した。これは、電子顕微鏡で見ると、チクングニアウイルスと同じで、ミドリザルの腎臓由来のヴェーロ細胞または陽性対照としてのヒトスジシマカ由来のC7/10細胞に接種すると、いずれの細胞でも、キメラウイルスは細胞膜に結合し、細胞内に侵入して細胞質まで輸送されていたが、ヴェーロ細胞ではウイルスRNAの複製は起こらず、脊椎動物ではまったく増殖しないことが確かめられた。
このワクチンをマウスに接種した結果、4日目の血清にウイルス中和抗体の産生が確認された。一方、長期間の防御効果を見るために、インターフェロン受容体を欠損させたマウスに接種し292日目にチクングニアウイルスの攻撃接種を行ったところ、ワクチンを接種しなかったマウスと比較して、はっきりした防御効果が認められた。さらに、カニクイザルにワクチンを接種したところ、28日目には中和抗体が産生されていた。31日目にチクングニアウイルスの攻撃接種を行った結果、対照のサルは2日目に発熱し、血液中に攻撃ウイルスが検出されたが、ワクチン接種サルでは発熱も血中のウイルスも認められなかった。
今回の報告は、トガウイルス科のアルファウイルスの中で唯一の昆虫特異的なウイルスを基盤としたキメラワクチンという新しいタイプのワクチンを提示したものである。ワクチンは蚊の細胞で増殖させたキメラウイルスで、生きたウイルスが成分であるが、ヒトではまったく増殖しない。生ワクチンの持つ有効性と不活化ワクチンの持つ安全性を兼ね備えているとみなせる。
蚊が媒介するウイルスとしては、フラビウイルス科フラビウイルス属のデングウイルスやジカウイルスがあり、これには、蚊だけで増殖し脊椎動物では増殖しない昆虫特異的ウイルスが28種見いだされている。著者らは、同様の方式によるジカワクチンの開発を提唱している。
文献
Erasmus, J., Auguste, A.J., Kaelber, J.T. et al.: A chikungunya fever vaccine utilizing an insect-specific virus platform. Nature Med., 23, 192-199, 2017.
Nasara, F., Palacios, G., Gorchakov, R.V. et al.: Eilat virus, a unique alphavirus with host range restricted to insects by RNA replication. Proc. Nat. Acad. Sci., 109, 14622-14627, 2012.
Bolling, B.G., Weaver, S.C., Tesh, R.B. et al.: Insect-specific virus discovery: Significance for the arbovirus community. Viruses, 7, 4911-4928, 2015.