99.単一ウイルスゲノム解析による分子生態学

ウイルスは地球上にもっとも多く存在し、もっとも遺伝的多様性に富む生命体と考えられている。ウイルスの最大の貯蔵庫は海で、1031という天文学的数字のウイルスが存在すると推定されている。二一世紀、ヒトゲノム計画に伴ってゲノム科学が進展し、環境中のサンプルについて、分離・培養することなく、直接、環境中の未知の細菌やウイルスの遺伝子を解析するメタゲノム解析(メタは高次元を意味する)の技術が生まれた。メタゲノム解析で見いだされた細菌の集団はマイクロバイオームと呼ばれ、そのうち、ウイルス集団はヴァイロームと呼ばれている。こうして、環境中のウイルスの生態を分子レベルで調べる試みが海洋を初め、人体についても進展している。

フランスを根拠地とする海洋調査タラ財団の帆船タラ号は、北極海、大西洋、太平洋、インド洋、南極海の5大洋すべてと、紅海、地中海、アドリア海で、約1年半かけて、ヴァイロームの調査を行った。海水をホースでくみ上げ、細菌フィルターで濾過し、濃縮したサンプルについて、核酸を染色する蛍光色素サイバーグリーンを加えて蛍光顕微鏡でDNAウイルス粒子を確認した上で、そのDNAを抽出して、配列の解析を行ったのである。

その結果、遠洋と中深海層で15222のDNAウイルス集団を検出し、867の主なクラスターに分けた。これは、ウイルスの属にほぼ相当するものとみなされる。そして、これらウイルスの世界の海における分布を示す地図を作り上げた。分離・培養では、これまでに、その1%以下しか検出できていない。メタゲノム解析はきわめて高い値といえる。それでも、メタゲノム解析で得られた配列の80%以上は、由来が分かっていない。

一方、過去数年の間に単一細胞ゲノム解析の技術が、メタゲノム解析と培養技術の欠陥を補って、海洋やほかの環境に多数存在する原核生物の個々のゲノムの解析に利用されるようになった。

スペイン・アリカンテ大学のManuel Martinez Garciaをリーダーとした微生物分子生態学の国際研究チームは、この単一細胞ゲノム解析の技術をウイルスに応用して単一ウイルスゲノム解析(single virus genomics)の技術を開発して、Nature Communicationsに発表した。

彼らが開発した方法は、蛍光色素(サイバーゴールド)でウイルスDNAを染色し、セルソーターで個々のウイルス粒子を分けたのち、ウイルス粒子の殻(カプシド)を液体窒素で破壊し、内部のDNAを増幅して、その配列を解析するものである。これまでのメタゲノム解析では、共通した配列を検出していたため、異なるウイルスも含む集団としてのウイルスを見つけていたが、単一ウイルスゲノム解析では、個々のウイルスの素性を知ることができるようになった。

彼らは、この技術で海水サンプルを解析して、44の単一ウイルスゲノムが、全世界の海洋で、とくに多量に存在していることを明らかにしている。

単一ウイルスゲノム解析とメタゲノム解析を組み合わせることにより、環境中のウイルスの生態を、より詳細に調べることが可能となった。彼らは、唾液のような人体サンプルへの応用を検討しているという。

 

参考文献

Martinez-Hernandez,F., Fornas, O., Gomez, M.L. et al.: Single-virus genomics reveals hidden cosmopolitan and abundant viruses. Nat. Comm., 8:15892 | DOI: 10.1038/ncomms15892, 2017.

 

Ruvid, A.: Most abundant viruses in Earth’s oceans identified. ScienceDaily, 29 June 2017. www.sciencedaily.com/releases/2017/06/170629110248.htm