136.新型コロナウイルスの体内分布

新型コロナウイルスは呼吸器から感染し、咳、高熱、呼吸困難などの症状を中心とする呼吸器疾患を起こす。しかし、呼吸器以外の臓器にもウイルスが広がっている知見が蓄積してきている。神経系、心臓血管系、腸管、腎臓などの機能への影響などもしばしば報告されている。

新型コロナウイルス感染症の発病機構を知るために、ベルギーのゲント大学のグループは、全部で11700篇の論文を検索して、新型コロナウイルスの体内分布に関連する182篇を選び出した。そして、それらの成績について系統的な考察を行い、体内での広がり状況を図にまとめた(1)。

各臓器について、定量的PCRによるウイルスRNAの量が測定され、ほかに電子顕微鏡によるウイルス粒子、または蛍光抗体法によるウイルスタンパク質の検出も行われていた。したがって、ここで得られた結果は、必ずしも感染性ウイルスの存在を示すものではない。図では、ウイルス量は紫色の濃淡で示されている。微量のウイルスまで含めると、咽喉頭、気管、肺、血液、心臓、血管、腸、精巣、脳、腎臓と、身体全体に広がっている。これらの結果は、ウイルスが粘液、唾液、尿、脊髄液、精液、母乳に含まれる可能性も示しており、新型コロナウイルス感染症は全身病とみなされた。

新型コロナウイルスの受容体は細胞のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)で、ACE2陽性細胞は体内に広く分布している。しかし、ウイルスの分布とACE2陽性細胞の発現量との間に相関はみられない。

通常、ウイルスが体内に広がる場合は、血液を介して起こる。血液からはウイルスが分離され、ウイルス血症(viremia)と呼ばれている。Emiaとはギリシア語で血液のことである。今回の考察でも、新型コロナウイルスが身体中に広がったのもウイルスによると推測されたものの、感染性ウイルスを検出した報告は調査した論文ではみあたらなかったという。重症の患者ではPCRでウイルスRNAが検出されているだけである。ウイルス血症があったとしても、微量もしくは稀に起きるだけで、見逃されているのかもしれない。ウイルス血症に代えて、PCRで1 mlあたり1000コピー以上RNAがある場合をRNA血症(RNAemia)と名付けている論文もある。(2)RNA血症は、感染性を指標としてきた従来のウイルス学を超えた新しい概念を提示しているのかもしれない。

これまで、ヒトのウイルス感染症では、解剖してウイルスの体内分布が総合的に調べられたことは、ほとんどなかった。ウイルス学のテキストブックを見ても、麻疹やポリオのような代表的なウイルス感染症の発病機構は、断片的な知見をつなぎあわせた推測に基づいた説明で終わっている。新型コロナウイルス感染では、膨大な数の患者が発生し、剖検例も蓄積してきている。しかも、従来からのウイルス分離、ウイルス抗原の検出といった手段に加えて、ウイルスRNAを定量的に検出する新しい手段が加わったことで、ウイルス感染症の発病機構について新たな展開が期待される。

 

文献

  1. Trypsteen, W., Van Cleemput, J., Snippenberg, W. et al. (2020) On the whereabouts of SARS-CoV-2 in the human body: A systematic review. PLoS Pathog 16(10): e1009037. https://doi.org/10.1371/journal. ppat.1009037
  2. Järhult, J.D., Hultström, M., Bergqvist, A. et al.The impact of viremia on organ failure, biomarkers and mortality in a Swedish cohort of critically ill COVID-19 patients.  Rep., 117163 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-86500-y