148.抗アレルギー食品に認可された異種移植用の豚

新しいアレルギー、アルファ・ガル症候群の発見

21世紀になって見つかった食物アレルギーにアルファ・ガル症候群という名前の病気がある。これが見つかった経緯は意外にもがん治療の領域だった。2004年、がん治療用の新薬としてセツキシマブ(ヒトとマウスのキメラ抗体)が市場に出た際に、この抗がん剤に過敏反応を示す人が見つかったのがきっかけである。最初は100人のなかの一人か二人だったが、多くの人たちに使用されるようになってから、増え始め、ノースカロライナ州のクリニックでは88人中25人が過敏反応を示した。

アーカンソー州では、セツキシマブ投与後にアレルギーの症状を示して死亡した患者が出た。この症例の報告を受けたバージニア大学のトーマス・プラッツミルス(Thomas Platts-Mills)が調査チームを結成し、アレルギーの原因が糖の一種αガラクトース(alpha-1,3 galactose)であることを突き止めた。そして、アルファ・ガル症候群と名付けた。

セツキシマブ投与後の激しいアレルギー症状は、すべて初めて投与した後に起きていた。突然のアレルギー症状、腫脹、じんましん、時にはアナフィラキシーショックの患者がプラッツミルスのクリニックに集まりはじめた。いずれもαガラクトースに対する高い価のIgE抗体を持っていた。患者の近くに住む人では、ほぼ5人に1人にαガラクトースに対するIgE抗体がみいだされた。

アレルギー反応が見られた人たちは、アーカンソー州、ノースカロライナ州、テネシー州などに住んでいて、ボストンやカリフォルニアでは見つからなかったことから、地域性が疑われた。一方、患者の分布がダニにより媒介されるロッキー山紅斑熱(リケッチア感染症)の分布域に合致することが注目された。アルファ・ガル症候群の患者にダニに咬まれた経験の有無を尋ねたところ、全員が咬まれていた。

たまたま、プラッツミルスが森に散歩に出かけた際、マダニに咬まれた。彼はダニを昆虫学者に送り、彼自身のIgEの測定を始めたところ、上昇していた。そして、ラムチョップを食べてから2,3時間後に激しいじんましんが出た。
一方、2007年にはオーストラリアで原因不明のアナフィラキシーの研究中に、ダニと肉アレルギーに関連のあることが見いだされた。これがきっかけになって、アルファ・ガル症候群は米国東南部に限ったものではなく、世界全体の問題ということが疑われた。2012年には米国南部と西部地域で数千人の症例が見つかり、さらにヨーロッパ数カ国でも見つかった。

現在、アルファ・ガル症候群の原因になるダニの種類は北極と南極以外の全世界に生息すると言われている。

αガラクトースは、新世界サルを除く霊長類以外の哺乳類が持っている糖である。進化の過程で、αガラクトース転移酵素遺伝子が、新世界サルと旧世界サルが分岐した際に失われたと推測されている。

このアレルギーの原因ははっきりしていないが、状況証拠から、ダニの唾液中に哺乳動物由来のαガラクトースが含まれていて、咬まれた際に感作されるためと考えられている。

αガラクトースによる起こるアレルギーは、症状は軽いものから重症まであり、ほとんどの場合、牛肉、豚肉、羊肉などを食べて3〜6時間後に症状がでている。多くの食物アレルギーの発症が急速に起きるのと異なり、肉製品を食べて数時間後と、遅く現れる特徴がある。

αガラクトースは、霊長類以外のすべての哺乳類に存在するため、アルファ・ガル症候群は正確には、哺乳類製品アレルギーということになる。アレルギーを引き起こすのは、肉だけではない。薬のカプセルの成分のゲラチン、化粧品に含まれるコラーゲン、口紅のラノリンなどでもアレルギーの症状が起きる。ウールのセーターを着てじんましんが出る例や調理中に出る肉の煙でアレルギー症状が出る例も見られている。

異種移植用に開発されたガルセーフ豚

異種移植では、豚の臓器を移植した直後に起こる超急性拒絶反応を回避するために、αガラクトース・フリーの豚が、2000年代初めにバージニア州のレビビコール社で開発され、ガルセーフ(GalSafe)豚と名付けられていた(本連載77142)。超急性拒絶反応は、人の血液中に存在する豚臓器中のαガラクトースに対する自然抗体が、補体を介して豚臓器に対して起こす免疫反応である。ガルセーフ豚は、体細胞核移植の技術を応用して、αガラクトース転移酵素遺伝子を破壊して作出されたノックアウト豚である。

2021年に脳死者に移植された豚の腎臓、2022年に心臓病患者に初めて移植された豚の心臓は、いずれもガルセーフ豚の臓器で、さらにヒト化豚に近づけるよう、全部で10個の遺伝子が改変されている。(本連載142

調査チームの一員、ノースカロライナ大学のスコット・コミンズ(Scott Commins)は、アルファ・ガル症候群の研究モデルとして、ガルセーフ豚の利用を検討していた。一方、2017年にアルファ・ガル症候群と診断されていたスティーブ・トロックスラー(Steve Troxler)は、ノースカロライナ州の農業委員で、食品医薬品局(FDA)の複雑な手続きを良く知っていた。たまたま、コミンズからガルセーフ豚のことを聞いて、トロックスラーはレビビコール社に抗アレルギー食品として申請するよう提案した。その結果、2年後の2020年、FDAはガルセーフ豚の肉を食品として正式に認可した。2015年に成長ホルモン遺伝子を導入したアクアドバンテージ(AquAdvantage)サーモンについで、2番目に承認された遺伝子改変食品である。サーモンの際は承認までに20年かかっていた。

2021年から、レビビコール社はガルセーフ豚の冷蔵肉を無料で、フェイスブックでつながっている患者たちに発送し始めた。当初飼育していたガルセーフ豚は25頭だけだったが、今後、大規模な養豚場に拡大してネットでの注文による宅配を開始するという。

レビビコール社は、抗アレルギー食品という思いがけない事業を見いだしたのである。

文献

Sarah Zhang: A tick bite made them allergic to meat. The Atlantic. April 25, 2022.
https://www.theatlantic.com/science/archive/2022/04/alpha-gal-syndrome-tick-meat-allergy/629649/

Linda P.: The history of alpha-gal syndrome. Alpha-gal information. https://alphagalinformation.org/the-history-of-ags/

Commins, S.P. et al. : Delayed anaphylaxis, angioedema, or urticaria after consumption of red meat in patients with IgE antibodies specific for galactose-alpha-1,3-galactose. Journal of Allergy and Clinical Immunology, 123, 426-433, 2009.