サル痘ウイルスとは
サル痘ウイルスは天然痘ウイルスと同じオルトポックス科に属するウイルスで、天然痘に良く似た症状を引き起こす。サル痘ウイルスは、1958年、デンマーク、コペンハーゲンの研究所でシンガポールから輸入したカニクイザルの間で広がった化膿性発疹から分離され、この名称が付けられた。しかし、実際はサルのウイルスではなく、齧歯類のウイルスが、たまたまサルに感染して、サルの間で広がっていたことが、後に明らかにされている。
天然痘ウイルスには大痘瘡ウイルスと小痘瘡ウイルスがあり、前者は30%、後者は数パーセントの致死率を示す。それと同様に、サル痘ウイルスにも2つのウイルス・グループ(クレード)が存在していて、コンゴ盆地のウイルスは約10%の致死率、西アフリカのウイルスは1%以下の致死率を示す。
サル痘ウイルスはDNAウイルスなので変異をほとんど起こさない。新型コロナウイルスのようなRNAウイルスの変異速度の10万分の1くらいである。天然痘ワクチンはサル痘ウイルスに対して有効である。
日本では、橋爪壮博士が開発した弱毒天然痘ワクチン(LC16m8)が備蓄されている。このワクチンは2002年から2005年に国連平和維持活動のために派遣された自衛隊員約3500名に接種され、安全性が確認されている。
アフリカで発生が続くサル痘ウイルス感染
人のサル痘ウイルスの感染は、1970年、コンゴ民主共和国で見いだされた。ちょうど、WHOの天然痘根絶計画が進み、天然痘の発生が減少していた時期で、第二の天然痘になるおそれが危惧された。サル痘の皮膚病変は天然痘と良く似ているが、天然痘ウイルスは空気感染を起こすのに対して、サル痘はほとんどが接触感染で広がっており、稀に飛沫感染も起きている。
ウイルスの変異速度は遅くても、人の間での感染連鎖が続けば、空気感染を起こすウイルスに変異するおそれがあるため、WHOはアフリカでのサル痘に注目してきている。
1980年の天然痘根絶宣言の後、1986年、サル痘患者が時折発生していた西アフリカと中央アフリカで、WHOの支援によるサル痘感染の実態調査が行われた。その結果、338例の感染が見つかり、そのうち245例は動物からの感染が疑われた。1996年にはザイールで89名の感染者が見つかり、そのうち73%は人から、27%は野生動物からの感染と推定された。
この調査のうち、コンゴ民主共和国での1981年から1986年の間のサル痘感染の割合は1万人あたり1例以下だった。ところが、カリフォルニア大学のチームが同じ地域で2006から2007年のサル痘感染例を調べたところ、1万人あたり約14例見つかった。30年弱の間に感染頻度は20倍に増加していたのである。
2017年ナイジェリアで、サル痘の大きな発生が起こり、約500名の疑似患者、200名以上の確認例が見いだされた。この発生の前に起きていた激しい雨と洪水のために、人間と動物宿主の距離が縮まったためと推測されている。
アフリカ以外の地域での発生
2003年米国イリノイ州で、西半球で初めてのサル痘の発生が起きた。47名の確認および疑似患者が見いだされた。感染源はペットとして購入したプレイリードッグだった。プレイリードッグは、ペットショップでガーナから輸入したアフリカオニネズミと一緒に飼われていた際に感染したと推定されている。そして、ペット交換会などでイリノイ州からウイスコンシン州などへも広がった。なお、この発生の詳細は、霊長類フォーラム・人獣共通感染症(146回)「米国で発生したサル痘」で紹介している。
2018年にはナイジェリアからの旅行者2名が英国でサル痘と診断された。病院の清掃員1名が感染し、汚染したベッドシーツ交換で感染したと推測されている。これはアフリカ以外の地域で起きた、人から人への最初のサル痘伝播例である。この発生では、200名以上が接触者として、天然痘ワクチンの接種を受けた。
2018年、イスラエルではナイジェリアに住んでいたイスラエル人が帰国して、PCRと電子顕微鏡でサル痘と診断された。
2019年には、シンガポールを訪れたナイジェリア人が入国直後に発症し、PCRでサル痘と診断された。英国でもナイジェリアから1名の感染者が入国した。
これまでの発生は散発で終わっていた。ところが、2022年5月7日にナイジェリアから英国への帰国者で感染が見いだされた後、これまでに140例以上のサル痘の感染が、英国、ドイツ、ベルギー、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、ポルトガル、米国、カナダ、オーストラリア、イスラエルなどから報告されている。
https://www.dailymail.co.uk/news/article-10839877/Monkeypox-outbreak-Europes-biggest-100-cases-reported.html
この発生では、5月5日から15日までスペインのグラン・カナリア島で開かれたLGBTフェスティバルでの感染伝播が疑われている。これには、ヨーロッパ諸国から約8万人のLGBTが集まった。英国での調査では、感染者の多くはゲイとバイセクシャルだったことが注目されている。
新たに発見された2つのポックスウイルス
2013年、コーカサスのジョージアで、牛痘が疑われた牛から感染した2名から新しいポックスウイルスが分離された。発生した町の名前をとって、アクメタウイルスと命名された。ウイルスはアカネズミ属が保有している。
2015年には、アラスカのフェアバンクスで、一人の女性の肩の病変から新しいポックスウイルスが分離され、アラスカポックスウイルスと命名された。2021年、ふたたびフェアバンクス地域で2名のアラスカポックスウイルス感染者が見つかっている。
野生動物には、まだまだ未知のポックスウイルスが潜んでいると思われる。
文献
Simpson, K. et al.: Human monkeypox – After 40 years, an unintended consequence of smallpox eradication. Vaccine, 38, 5077-5081, 2020.
Kozlov, M.: Monkeypox goes global: why scientists are on alert. Nature News, 20 May, 2022.
Rohde, R.E.: What is monkeypox, the virus infecting people in the U.S. and Europe? Scientific American, May 20, 2022.
Crist, C.: CDC watches monkeypox outbreak in U.K. WEBMD, May 18, 2022.
https://www.webmd.com/a-to-z-guides/news/20220518/cdc-watches-monkeypox-outbreak-uk
Doty, J.B. et al. : Isolation and characterization of Akhmeta virus from wild-caught rodents (Apodemus spp.) in Georgia. Journal of Virology, Vol. 93, Issue 24, e00966-19, December 2019.
Willingham, E.: New virus causing ‘Alaskapox’ detected in two more cases. WEBMD. Sept. 23, 2021.
https://www.webmd.com/skin-problems-and-treatments/news/20210923/new-virus-causing-alaskapox-detected-two-more-cases
Warren, J.: Pride festival in Gran Canaria – which was attended by 80,000 people – is linked to Spanish monkeypox outbreak as well as two cases in Italy while European total reaches 100. Daily Mail Online, 21 May 2022.
https://www.dailymail.co.uk/news/article-10839877/Monkeypox-outbreak-Europes-biggest-100-cases-reported.html