48.エボラ出血熱に医学はどのように対応してきたか:治療薬、ワクチン、患者輸送

致死的熱病患者への回復期血清の投与:最初の決断

1969年ナイジェリアの小さな村ラッサで原因不明の熱病が発生した。米国人の修道女が発病し、効果的治療法がなかったためニューヨークに送られた。そこで新しいウイルス感染によることが明らかになり、ラッサウイルスと命名された。診断にあたったエール大学の著名なウイルス学者ジョルディ・カザルスが感染し危篤状態に陥った。その頃、修道女は回復してきており、彼女の血液にはラッサウイルス抗体が存在していることが分かっていた。カザルスの治療のために、彼女の血清を投与するべきか、深刻な議論が繰り返された。血清にウイルスが残っている可能性も否定できない。カザルスの血液中には大量のウイルスがあるため、大量の抗体が入れば、ウイルスと抗体の結合物ができて、かえって命取りになるかもしれない。この議論に最終的な結論を下したのは、CDCの特殊病原部長のカール・ジョンソン(写真1)だった。彼自身と彼の同僚はボリビアでボリビア出血熱(マチュポウイルス*)にかかり瀕死状態から回復したが、その後、別のメンバーが発病した。そこで回復した同僚の血清を投与したところ、劇的に回復したのを経験していたのである48写真1

写真1:カール・ジョンソン:1977年、CDCのレベル4実験室内でのマールブルグウイルスの培養実験を北村博士(中央)、清水博士(右)と見学時に私が撮影したもの。この実験室は密閉キャビネット内にウイルスを封じ込める完全隔離方式。そのため、手袋などの防御対策もとっていない。現在は、操作性を高めるために、部分隔離キャビネットを使用し実験者を陽圧のプラスティックスーツに封じ込める方式が普通になっている。

カザルスは血清投与により回復した。熱病から回復したばかりの修道女が500 mlもの献血に進んで応じた賜でもあった。

ジョンソンは1976年にスーダンとザイール(現・コンゴ民主共和国)で発生したエボラウイルスの命名者でもある。最初このウイルスは1967年に突然発生した熱病の原因マールブルグウイルスに似ていると考えられたが、彼の同僚で私の古くからの友人でもあるフレッド・マーフィーが撮影した電子顕微鏡写真は、新しいウイルスであることを示していた。芸術的ともいえるエボラウイルスの写真は今でもシンボル的存在になっている(写真2)。

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写真2:フレッド・マーフィー:2009年予防衛生協会シンポジウムでの特別講演に来日した際の写真。ネクタイのパターンは彼が撮影したエボラウイルスの電子顕微鏡写真。彼は講演の際には必ずこのネクタイを着用している。CDCのスーベニアショップでも販売している。

まだ、マールブルグ様ウイルスと呼ばれていた発生の初期、英国国防省ポートン・ダウンにある高度隔離実験室(現在のP4実験室に相当)でジェフ・プラットが患者材料をモルモットに接種する際に、誤って親指に注射器の針を刺してしまった。血もにじまない程度だったが、彼は4日目に発病した。隔離病室の陰圧アイソレーターに入れられ、すぐに大量のインターフェロンが投与され、さらにスーダンから取り寄せた回復期血清が200 mlずつ2回投与された。32日後にアイソレーターからでることが出来た。インターフェロン、免疫血清、それとも彼の体力のどれが効いたのかはわからないままである。

エボラ出血熱の治療薬とワクチンの現状

2014年現在進行中の流行では、米国の二名の医療従事者が西アフリカでエボラウイルスに感染した。米国に輸送され、CDCの向かい側にあるエモリー大学の隔離病室で、米国のMPバイオメディカル社のZMAPPが投与された。これは米陸軍感染症研究所(USAMRIID)との共同研究で開発された。エボラウイルスのエンベロープの糖タンパク質のうちの三つの抗原決定基に対するモノクローナル抗体を混合したもので、ウイルスが細胞に侵入するのを防ぐ効果が期待される。モノクローナル抗体はマウスで作成しなければならないが、マウスの血清は人に投与できないので、抗原決定基と反応する部分だけがマウス由来で、ほかは人由来としたキメラタンパク質になっていて、大量生産が可能なタバコの葉で生産されている。2012年の米国科学アカデミー紀要にアカゲザルでの実験成績が発表されている。それによれば、ウイルス接種24時間または48時間後に投与を始めた場合、6頭中4頭が生き残った。

人での臨床試験はないまま、緊急事態としてこれが二人の患者に投与された。

一人は、彼が治療した患者の回復期血清の輸血も受けたと伝えられている。

緊急事態でやむを得ないという見方もあるが、倫理的な問題も提起されている。WHOは臨床試験が行われていない新薬の緊急使用について、医学倫理専門家の会議を開く予定と言われている。

カナダのバイテク企業テクミラ(Tekmira)社はRNA合成酵素であるLタンパク質のRNAを干渉する小さなRNAを開発している。これはウイルスの増殖を阻止することを目的としたものである。2010年にはカニクイザルでの試験で、5回投与した場合には3頭中2頭、7回投与した場合には4頭すべてが回復したことが報告された。第一相臨床試験が許可されたが、ドイツのテゲネロ(TeGenero)社の新薬が動物実験では安全だったのが、臨床試験で6名のボランティアに投与したところ、危篤状態に陥った事件4がきっかけで、中断されていた。今回のエボラ発生で、8月初めに食品医薬品庁は臨床試験の再開を許可したと伝えられている。これでテクミラ社の株価は45%上がった。

USAMRIIDは、バイオクリスト(BioCryst)社と協同でエボラウイルスのRNA合成酵素の働きを阻止する合成核酸を開発し、2014年にネイチャーに発表している5

ワクチンとしては、USAMRIID がエボラウイルスの糖タンパク質、核タンパク質、マトリックスタンパク質の遺伝子をそれぞれ発現させたウイルス様粒子ワクチンを開発し、これら三つのワクチンを混合したものをカニクイザルに接種することで、致死的感染を防げることを2007年に発表した。ウイルス様粒子ワクチンの方式は、感染性がなく、しかも免疫効果も高いので、すでにB型肝炎ワクチンやパピローマワクチンで用いられている

西アフリカから米国への患者の輸送

1976年に発生した致死率が90%に達するエボラ出血熱は米国公衆衛生専門家に大きな衝撃を与えた。アフリカで感染した患者をどのように米国に輸送するかが大きな問題になったのである。そこで採用されたのは、アポロ計画の際に宇宙飛行士が地球に帰還したのち、地球にない微生物に感染していないことを確認する間収容した隔離用ステンレススチール製トレーラーである(写真3)。これを空軍の大型輸送機で運ぶ計画だった。これは幸い使用されることはなかった。

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写真3:隔離輸送のためのトレーラー(Mobile Quarantine)。      

マールブルグ病、ラッサ熱、エボラ出血熱とあいついで致死的熱病が発生したため、厚生省はこれらを国際伝染病と指定した。国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)から私と北村敬博士(のちにウイルス・リケッチャ部長)、清水文七博士(のちに千葉大学教授)は、1977年に厚生省調査チームとしてCDC, USAMRIIDなどを訪問した。このトレーラーはCDCの倉庫に置かれていた。現在は、ワシントンの国立航空宇宙博物館に展示されている。

前述の二名の米国人では、2003年のSARSの際に製造された患者航空輸送用封じ込め設備が用いられた。写真4に示したプラスティック製のもので、それに患者を収容し、特別に改造したビジネスジェットで輸送したのである。今回が実際に使用された最初となった。

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 写真4:今回使用されたプラスティック製患者収容設備。 

エボラウイルスの犠牲者は人だけではない

現在流行を起こしているエボラウイルスは1995年から森林で広がっていて数千頭のゴリラとチンパンジーを殺している。ある調査では、4ヶ月の間に143頭のゴリラの中の130頭が死亡していた。推定ではこれまでに5000頭のゴリラが死亡していた。過去12年間で、世界中のゴリラの1/4がエボラウイルス感染で死亡したとも言われている。

ウイルス様粒子ワクチンの安全性と有効性を飼育しているチンパンジーに接種して調べた結果、安全で抗体も産生されており、チンパンジーとゴリラに予防接種することにより、エボラウイルス感染を防げる可能性が示されている。しかし、野生の動物にどのように接種するか手段が見つかっていない。さらに、米国はチンパンジーでの医学実験が可能な唯一の国だが、チンパンジーの実験に反対する団体のキャンペーンの結果、昨年、米国政府は実験の中止を決めた10

 

文献

1. 山内一也:エマージングウイルスの世紀。河出書房新社、

2. Olinger, G.G., Jr., Petitt, J., Kim, D. et al.: Delayed treatment of Ebola virus infection with plant-derived monoclonal antibodies provides protection in rhesus macaques. PNAS, 109, 18030-18035, 2012.

3. Geisbert, T.W., Lee, A. C., Robbins, M. et al.: Postexposure protection of non-human primates against a lethal Ebola virus challenge with RNA interference: a proof-of-concept study. Lancet, 375, 1896-1905, 2010.

4. Atoarwala, H.: TGN1412: From discovery to disaster. J. Young Pharm., 2, 332-336, 2010.

5. Warren, T.K.,Wells, J., Panchal, R.G. et al.: Protection against filovirus diseases by a novel broad-spectrum nucleoside analogue BCX4430. Nature, 508, 402-405, 2014.

6. Warfield, K.L, Swenson, D.L., Olinger, G.G. et al.: Ebola virus-like particle-based vaccine protects nonhuman primates against lethal Ebola virus challenge. J. Infect. Dis., 196, S430-S437, 2007.

7. 山内一也、三瀬勝則:ワクチン学。岩波書店、2014.

8. 山内一也:キラーウイルス感染症。双葉書房。

9. Warfield, K.L., Goetzman, J.E., Biggins, J.E. et al.: Vaccinating captive chimpanzees to save wild chimpanzees. PNAS, 111, 8873-8876, 2014.

10. Mackenzie, D.: Ebola vaccine for chimps works but may never be used. New Scientist, 28 May, 2014.

 

 

追記:8月12日12名の専門家による倫理委員会は今回の発生状況の下では、一定の条件が満たされれば、未承認の薬とワクチンの使用は倫理的に許されるという結論に達した。

http://who.int/mediacentre/news/statements/2014/ebola-ethical-review-summary/en/