100.極限環境で生きるアーキアウイルス:新しいナノテクノロジーへの応用の可能性

生物界は真核生物(動物、植物、カビ)、細菌、アーキアの3つのドメインに分類されている。温泉、塩田、沼地などから分離されていた好熱細菌、好塩細菌、メタン菌といった細菌はまとめて、以前は古細菌(アーキバクテリアarchebacteria: archeは原初または根源の意味)と呼ばれていたが、1970年代にカール・ウーズが、タンパク質合成のための細胞内小器官であるリボソームの分子構造を解析したところ、細菌とは別の系列の生物ということが明らかとなり、アーキア (archea)と命名したのである (1)

 

アーキアは、高熱、強酸、強アルカリ、無酸素状態といった、極限環境に生きる生物である。最近、海洋研究開発機構高知コア研究所地球深部生命研究グループは、カリフォルニアにあるマントル由来の岩石域からわき出る、pH12という超アルカリ性、超還元性の泉で、岩石のミネラルからエネルギーを得ていると考えられるアーキアを、メタゲノム解析により発見したことを、微生物生態学の学術誌The ISME Journal(7月21日)に発表している (2)。このように、アーキアは多くの謎を秘めた生物であるが、そのアーキアに寄生するウイルスは、さらに多くの謎を抱えている。

 

1974年に最初のアーキアウイルスが発見されて以来、これまでの40年間に117以上のアーキアウイルスが分離されている。数は多くないが、ウイルス粒子の形はきわめて多様で、分類できた29のウイルスは15のウイルス科に分けられている。6000以上ある細菌ウイルス(ファージ)は10のウイルス科に分けられているに過ぎない。しかも、その96%は尻尾をもったカウドウイルス目のウイルスである。このデータを見ただけで、アーキアウイルスがきわめて多様性に富んでいることが分かる (3)

 

アーキアウイルスは、極限環境でどのようにして生きられるのだろうか。イエローストーン国立公園からは、1999年にSIRV-2 (Sulforobus islandicus rod-shaped virus 2)と命名された棒状のウイルスが分離されている。このウイルスでは、カプシドタンパク質が、DNAのA型らせん構造をしっかりと包み込んで、外界と遮断しているために、80℃、pH 3という過酷な環境で生きていると、説明されている (4)

 

しかし、エンベロープのあるウイルスの場合は構造が複雑なため、極限環境の生存の仕組みは、ほとんど研究されていなかった。バージニア大学のEdward Engelmanらの研究チームは、イエローストーン国立公園の間歇泉から2003年に分離されたAFV1 (Acidianus filamentous virus 1)と命名された紐状のウイルスのエンベロープの微細構造が、これまで自然界では知られていない特殊なものであることを、eLEFE誌に発表した (4)

 

エンベロープは宿主細胞の膜が取り込まれたものであるが、宿主となるアーキアの膜は、特殊な脂質で出来ていることが多く、細菌や真核生物の2重膜と異なり、単層の構造になっている。そして、このような構造の方が、2重膜よりも頑丈で安定しているとされてきた。

 

Engelmanらは、AFV1の粒子を、ウイルス粒子を超低温で急速に凍結して、氷の中に閉じ込めたままクライオ電子顕微鏡で観察し、コンピューター・モデルを構築した結果、このウイルスのエンベロープが異常な構造になっていることを発見した。膜の厚さは通常の細胞膜の半分であって、驚くほど安定なものだった。膜の分子は馬蹄形に並んでいて、これにより、サイズが小さく保たれ、しかも高い耐久性を示していた。(図)

アーキアウイルス

 

このような立体構造の膜をデザインすれば、顕微鏡レベルの小さな粒子を閉じ込めることが可能である。しかもアーキアの脂質は脂質分解酵素に耐え、高温やpH、さらに高圧蒸気滅菌にも耐えることから、これまでにない超耐久性の膜として、ナノテクノロジーの分野で非常に役立つと、彼らは指摘している (4)。応用が期待されている分野のひとつは、ナノメディシンで、きわめて強力で耐久性のあるラップを作って、それに薬を包み込めば、体内の異物分解作用を回避して、癌組織など、薬の標的部位に正確に運ぶことができる (5)

 

参考文献

 

(1) Forterre, P. : Microbes from Hell. University of Chicago Press, 2016.

(2)Suzuki, S., Ishii, S., Hoshino, T. et al.: Unusual metabolic diversity of hyperalkaliphilic microbial communities associated with subterranean serpentinization at The Cedars. The ISME Journal, (21 July 2017), doi:10.1038/ismej.2017.111

 

(3) Snyder, J.C., Bolduc, B., Young, M.J. et al.: 40 Years of archaeal virology: Expanding viral diversity. Virology, 479/480, 369-378, 2015.

 

(4) Kasson, P., DiMaio, F., Yu, X. et al.: Model for a novel membrane envelope in a filamentous hyperthermophilic virus. eLIFE 2017; 6: e26268.

doi: 10.7554/eLife.26268

 

(5) University of Virginia Health System: Indestructible virus yields secret to creating incredibly durable materials.

ScienceDaily, 19 July 2017.

www.sciencedaily.com/releases/2017/07/170719132