世界での麻疹発生の現状
新型コロナウイルス感染(COVID-19)のパンデミックが起きてから、世界的に麻疹ワクチンの接種率が低下している。世界保健機関(WHO)の報告では、全世界で、2021年には初回接種を2500万人、2回目接種を1470万人、合わせて4000万人近くの子供が麻疹ワクチン接種の機会を失っている。WHOのテドロス事務局長は、「パンデミックのパラドックスは、COVIDワクチンが記録的早さで開発され、歴史的に最大のワクチン・キャンペーンが展開されたが、一方で、麻疹のような命にかかわる病気に対する効果的なワクチン接種計画に著しい混乱を招いたことである」と語っていた(1)。
麻疹発生状況を見ると、2021年が22カ国、2022年が37カ国、2024年には49カ国と増加し続けている。2021年と2022年を比較すると、感染例は18%増加して920万例になり、死亡者数は43%増加して13万6000人になっている(2)。2024年の発生例数は、先進国では英国で934例(4月4日時点)、米国で121例(4月11日時点)、日本で11例(3月13日時点)が報告されている。世界全体でのトップ10カ国(3月12日時点)は表に示したとおりである(3)。
順位 | 国 | 発生例数 |
1 | カザフスタン | 21,740 |
2 | アゼルバイジャン | 13,720 |
3 | イエメン | 13,676 |
4 | インド | 13,220 |
5 | イラク | 11,595 |
6 | エチオピア | 9,042 |
7 | キルギスタン | 7,601 |
8 | ロシア連邦 | 7,594 |
9 | パキスタン | 5,812 |
10 | インドネシア | 5,648 |
麻疹とはどんな病気か
(文献6を改変)
麻疹ウイルスの標的となるのは、SLAMと呼ばれる受容体を持つリンパ系細胞とネクチン4と呼ばれる受容体を持つ上皮細胞である。麻疹ウイルスが最初に感染するのは喉の奥を取り囲む扁桃で、ここには樹状細胞、Tリンパ球、Bリンパ球といったリンパ系細胞が多数存在している。麻疹ウイルスはこれらの細胞にSLAM受容体を介して侵入・増殖し、全身のリンパ組織に拡がり、さらに気道の上皮細胞にネクチン4を介して感染する。
感染10日目頃には気道の上皮細胞で増殖したウイルスが呼気から放出され、周囲のヒトに伝播されるようになる。その頃は前駆期(前触れの時期)で風邪と間違えられやすい。14日目頃に特徴的な発疹が出て、初めて麻疹と診断される。その時にはすでにウイルスは周囲のヒトへの伝播が始まっているのである。
ウイルスの感染力は基本再生産数(ひとりの患者が感染をうつす平均人数)を指標として示されている。麻疹は表に示したように、ほかのウイルスよりも飛び抜けて高い感染力を持っている。
病名 | 主な感染経路 | 基本再生産数 |
麻疹 | 呼吸器(飛沫) | 12-18 |
天然痘 | 呼吸器(飛沫) | 6-7 |
ポリオ | 経口(糞便) | 5-7 |
風疹 | 呼吸器(飛沫) | 5-7 |
ムンプス | 呼吸器(飛沫) | 4-7 |
新型コロナ | 呼吸器(飛沫) | 2-3 |
インフルエンザ | 呼吸器(飛沫) | 2-3 |
エボラ | 接触(体液) | 1.5-2.5 |
強い感染力を持つ麻疹の伝播を阻止できる集団免疫を確保するために、WHOはワクチンの2回接種率が95%以上を目指すよう勧めている。1回目接種は1歳から2歳未満に行われる。この時期には母親からの移行抗体が残っていてワクチン・ウイルスの増殖を妨げることがあるため、小学校入学前に2回目の接種が行われる。世界での子供の麻疹ワクチン接種率を見ると、1回接種が81%、2回接種が71%と極めて低い(1)。なお、2022年における日本での麻疹ワクチン接種率は1回目が全体で95.4%だったが95%未満の地域が数多くあり、2回目は全体として95%未満で90%を切る地域も複数あった(4)。
麻疹は軽い病気ではない。子供では20人のうち1人が肺炎になる。1000人のうち1人が脳炎を発症し、難聴や知的障害といった後遺症を残すおそれがある。1000人のうち1〜3人が呼吸器障害や神経障害で死亡する。妊娠している女性では早産や低体重の赤ん坊の出産のおそれがある。1万人のうち1人(かっては100万人に1人と言われていた)が亜急性硬化性脳脊髄炎(SSPE)という致死的な神経難病を発症する(5, 6)。
麻疹にかかると、免疫を担うリンパ球が麻疹ウイルスに感染して破壊されるため、免疫力が低下してほかの感染症にかかりやすくなる。この免疫抑制の状態は、病気が回復したのちも1ヶ月くらい続く。さらに、本連載123回で紹介したように、英国、デンマーク、米国で子供の集団について麻疹の発生率と感染症による死亡率の相関を調査した結果、麻疹から回復後2年以上、感染症で死亡しやすくなっていることが示された。これは、麻疹ウイルスが免疫記憶を担うリンパ球(免疫記憶細胞)を破壊するためと説明されている。麻疹ワクチンは非常に高い免疫効果があり、麻疹のさまざまな合併症や後遺症も防いでいるのである(7)。
文献
- World Health Organization: Nearly 40 million children are dangerously susceptible to growing measles threat. 23 November 2022. https://www.who.int/news/item/23-11-2022-nearly-40-million-children-are-dangerously-susceptible-to-growing-measles-threat
- VaccinesWork: New data shows “staggering” increase in measles deaths worldwide. 16 November 2023. https://www.gavi.org/vaccineswork/new-data-shows-staggering-increase-measles-deaths-worldwide#
- Centers for Disease Control and Prevention: Global measles outbreaks. March 12, 2024. https://www.cdc.gov/globalhealth/measles/data/global-measles-outbreaks.html
- 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会:乾燥弱毒生麻しん風しん混合(MR)ワクチン接種率の現状と課題について. 2023年12月11日. https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20231211_MR.pdf
- 山内一也:はしかの脅威と驚異. 岩波書店、2017.
- Rota, P.A. et al.: Measles. Nature Reviews/Disease Primers, 2, 1-16, 2016.
- Mina, M.J. et al.: Long-term measles-induced immunomodulation increases overall childhood infectious disease mortality. Science 348, 694-699, 2015.