176.野生動物に致死的感染を起こしているイヌジステンパーウイルス (CDV)

2024年9月、野生動物保護活動のニュースで、ネパールで死亡していたヒョウがCDVに感染していてウイルスの遺伝子構造から野犬から感染したことが推定されると報告された (1)。CDVが野生動物に被害を及ぼしている実態を、本連載63で紹介した過去の感染例を含めて時系列で眺めてみる。

 

アザラシに致死的感染を起こしたCDV

1987年秋、シベリアのバイカル湖でけいれんなどを起こして死亡したアザラシが見つかった。その数は急速に増えて湖に生息する8万から10万頭のアザラシのうちの約10%が死亡していた。アザラシの死体からはCDVの遺伝子が見いだされた。沿岸ではアザラシと接触した可能性のある5頭のイヌのうちの3頭が典型的なCDV感染の症状で死んでいるのが見つかったことからイヌが感染源と推定された。カスピ海は流出する川がない塩水湖で、カスピカイアザラシはもっとも小型のアザラシでここにだけ生息している。その総数は12万頭と推測され、絶滅危惧種に指定されている。

1997年春、アゼルバイジャンのカスピ海沿岸でカスピカイアザラシの大量死が起こり、死亡したアザラシの組織からはCDVの遺伝子が見つかった。2000年4月から8月にかけて再びカスピカイアザラシの大量死が起こり、カザフスタンの沿岸だけで4月と5月には1万頭以上が死亡したと推定された。このアザラシから見つかったCDV遺伝子は1997年のウイルスと同じだった(2)。陸上の動物から時々アザラシへのCDV感染が続いていることが推測されたのである。

 

サルに致死的感染を起こしたCDV

2006年中国雲南省昆明近くの広西チワン族自治区にある中国最大のサル繁殖施設で約1万頭のサルが原因不明の病気になり4250頭が死亡した。ここには31260頭のサルが飼育されていた。2008年末に2年間凍結保存してあった組織を調べた結果CDVに感染していたことが明らかになった。自然に回復した4頭のサルの血清にはCDV抗体が検出され、発病しなかったサルでは陰性だったことからCDVが死亡の原因だったことが判明した。分離されたCDVは中国でキツネやイヌから分離されたウイルスと遺伝子配列が98%以上一致した (3)。

日本でも2008年に中国から輸入した432頭のカニクイザルで、検疫中にCDV感染が起きた。46頭が重症の肺炎、下痢、食欲不振で死亡または安楽死させられた。分離されたウイルスは中国で発生を起こしたウイルスと遺伝子配列が99%以上一致していた。中国で感染していたのである(4)。

 

野生ネコ科動物でのCDV感染

1994年、タンザニアのセレンゲティ国立公園に生息するライオンの約1/3に相当する1000頭近いライオンが突然死亡した。原因はCDV感染だった。感染源は公園の周辺で飼育されていたイヌと考えられた。しかし、イヌから直接ライオンに感染したことは考えにくく、多分、残飯などをあさりにくるハイエナなどが感染し、そこからライオンに広がったと考えられた (5)。

2018年、インドのジール国立公園では20頭以上のアジアライオンがCDVで死亡した。インドとネパールではベンガルトラとヒョウがCDVで死亡していた。極東ロシアでは絶滅危惧種のアムールトラのCDVによる致死的感染が見いだされた(6)。

ネパールでは2016年から2023年にかけて、図1に示した場所で4頭のヒョウの死体が回収された。2024年、感染していたCDVがH遺伝子の配列から、インドやネパールのイヌの間で発生しているCDVと同じAsia-5系列(ネパールとインドでの分離ウイルス)に属することが明らかにされた(図2)。周辺には多数の野犬が棲み着いていてCDV抗体陽性の個体が多く見つかることから、イヌからの感染と考えられている (6)。

図1

図2

ブルーの配列がネパールのヒョウのウイルス

(文献6)

文献
1. Rajjoshi, A.: Canine distemper likely infecting and killing Nepal’s leopards, study shows. Mongabay Conservation News, September 29, 2024.https://news.mongabay.com/2024/09/canine-distemper-likely-infecting-killing-nepals-leopards-study-shows/
2. Mamaev. L.V. et al.: Canine distemper virus in lake Baikal seals. Veterinary Record, 138, 437-439, 1996.
3. Kennedy, S. et al.: Mass die-Off of Caspian seals caused by canine distemper virus. Emerging Infectious Diseases, 6, 637-639, 2000.
4. Qiu, W. et al.: Canine distemper outbreak in rhesus monkeys, China. Emerging Infectious Diseases, 17, 1541-1543, 2011.
5. Roelke-Parker, M.E. et al.: A canine distemper virus epidemic in Serengeti lions (Panthera leo). Nature, 379, 441-445, 1996.
6. Sadaula, A. et al.: Phylogenetic analysis linked fatal neurologic disease in leopards (Panthera pardus) to Asia-5 lineage of canine distemper virus in Nepal. Virus Research, 350, 199463, 2024.