(12/26/02)
ネズミから起きたヒトの牛痘ウイルス感染
CDCが発行しているEmerging Infectious Diseasesの12月号(Vol. 8, No.12)にオランダで見いだされた14才の少女の牛痘ウイルス自然感染例が報告されていました。眼の周りの潰瘍病変と浮腫で膨れ上がった患者の顔のカラー写真は、以前に見たことのある炭疽の患者の病変を思い出させました。もっとも、牛痘の場合の症状が炭疽に似ていることは1993年に英国の皮膚科の雑誌に発表されています。
牛痘はジェンナーが種痘に用いたことで有名です。当時はウシの病気と考えられていましたが、現在では齧歯類を自然宿主とするもので、ウシはたまたま感染するものと考えられています。かって行われた抗体調査の結果では、英国をはじめ西ヨーロッパの野ネズミ(ヨーロッパヤチネズミ、モリアカネズミ、キタハタネズミ)で高い陽性率が見いだされています。なお、種痘に用いられる天然痘ワクチンに含まれているウイルスは牛痘ウイルスではなく、ワクチニアウイルスです。これもまた、齧歯類のウイルスと推測されています。
バイオテロに関連して天然痘に関心が高まっている時期でもありますので、今回報告されたヒトの症例を中心に牛痘ウイルス感染について現在の知識を整理してみようと思います。
患者は唇と瞼に潰瘍病変ができて入院したのですが、発熱を除けば健康状態は良好でした。顔の潰瘍病変は4週間で治り、後に瘢痕が残りました。瞼からは牛痘ウイルスが分離されました。彼女は家でカメ、ハムスター、モルモット、トリ、アヒル、ネコ、イヌを飼っており、また、病気になったドブネズミの面倒も見ていました。このドブネズミから牛痘ウイルスが分離され、遺伝子配列は患者から分離されたウイルスと完全に一致しました。
これまで、ヒトの牛痘ウイルス感染はネコ、ウシ、動物園やサーカスの動物から起きていました。とくにネコからの感染が問題になっていました。これらの際の感染源動物は自然宿主ではなく、偶然感染してヒトに媒介していたものです。自然宿主のネズミからヒトへの感染がはっきり証明されたのは今回が初めてです。牛痘ウイルスは人獣共通感染症の病原体であることがウイルス分離の面からも証明されたことになります。
ワクチニアウイルス研究の第一人者である英国のデリック・ バックスビーDerrick Baxbyは1969年から93年の間に見いだされた54例の牛痘ウイルス感染例を調べた結果、感染者の多くは手、顔に痛みを伴った出血性の潰瘍や黒いかさぶたと浮腫、紅斑、リンパ節の腫れの症状を示していましたが、湿疹のあるヒトや免疫不全のヒトでは致死的な例も見いだされています。
牛痘ウイルスのヒトへの感染はこれまで非常に稀にしか起きていませんが、種痘が中止された結果多くのヒトで天然痘ウイルスだけでなく牛痘ウイルスに対する免疫も残っていないこと、エイズなどで免疫不全のヒトが増えていることから、注意が必要と考えられます。