表記の本が、みすず書房から刊行されました。編集者による本書の紹介と、本書に登場する人物および主な出来事の表を掲載します。
**********************************
2000年もの間、感染症は「悪い空気(ミアズマ)」がもたらすものだと曖昧に考えられていた。しかし「病気を媒介するもの(コンタギオン)」が存在するという説が登場すると、劇的な進歩が始まった。
ある者は顕微鏡越しに微生物の世界を見いだし、ある者は病院での従来の手技を疑い、ある者ははるか異国の予防法の普及に努めた。科学者であるかどうかにかかわらず数多くの探索者たちがそれぞれの方法で病に立ち向かい、その知識のリレーにより、感染症学の基礎が作られた。
本書はその劇的な進歩の過程を、ジェンナー、パスツール、コッホを中心に、研究者同士の論争や世論との衝突なども含めて描き出す。結びとして、たびたび新興感染症が現れる現代社会でこの遺産が生かされている一方で、3人の視点に学ぶことが残されていると指摘する。
表1 本書に登場する主な人物
ヒポクラテス(紀元前460頃―370頃)
医学の父。ギリシアの医師。病気のミアズム説を提唱。
フラカストロ(1476/8-1553)
コンタギオン説を提唱。イタリアの医師、詩人、数学者、地質学者、天文学者。
レーウェンフック(1632-1723)
オランダの織物商人。自作の顕微鏡で初めて微生物を観察。微生物学の父。
エドワード・ジェンナー (1749-1823)
免疫学の父。牛痘種痘を開発。天然痘根絶を予言。
ヤコブ・ヘンレ(1809-1885)
病気の細菌説を提唱。コッホのゲッティンゲン大学時代の恩師。
ゼンメルワイス (1818-1865)
消毒法の父。ハンガリー生まれの医師。塩素水での手洗いによる産褥熱の防止を提唱。
ナイチンゲール (1820-1910)
英国の看護師。クリミア戦争に従事し近代看護法を導入。換気の重要性を指摘。
ウイリアム・ファー (1807-1883)
医学統計学の父。ロンドン統計局の医学統計を担当。彼が集めたロンドンのコレラに関する疫学データがジョン・スノーのコレラ調査に役立つ。
ジョン・スノウ (1813-1858)
疫学の父。ロンドンのコレラで飲料水媒介を証明。麻酔の分野でも先駆者。
ルイ・パスツール (1822-1895)
酒石酸分子の非対称性の発見。発酵の微生物説を提唱。カイコの微粒子病の対策。家禽コレラワクチン、炭疽ワクチン、豚丹毒ワクチン、狂犬病ワクチンの開発。微生物学、ワクチン学の創始者。
ジャン・バティスト・デュマ (1800-1884)
フランスの化学者。パスツールの恩師。
ジョセフ・リスター (1827-1912)
パスツールの信奉者。無菌外科手術を導入。近代外科の父。
ジャン=ジョセフ・トゥーサン (1847-1890)
フランスの獣医学者。炭疽ワクチンの最初の開発者。
エミール・ルー (1853-1933)
パスツールの助手。しばしばパスツールと意見が衝突する。第三代パスツール研究所所長。
シャルル・シャンベラン (1851-1908)
パスツールの助手。シャンベラン細菌濾過器を開発。高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)を発明。
アドリアン・ロアール (1862-1941)
パスツールの甥で助手をつとめる。チュニジアにパスツール研究所を創設。
ルイ・チュイリエ (1856-1883)
パスツールの助手。エジプトでのコレラ調査の際にコレラに感染して死亡。
ジョセフ・マイスター (1876-1940)
狂犬病ワクチンの最初の接種を受ける。のちにパスツール研究所の守衛。
ジャン=バティスト・ジュピーユ (1869-1923)
狂犬病ワクチンの2番目の被接種者。狂犬に立ち向かった銅像がパスツール研究所の庭に設置されている。
ロベルト・コッホ (1843-1910)
病原細菌学の父。結核菌、コレラ菌などを分離。平板法による細菌の培養、顕微鏡観察法など、細菌学の基礎手段を開発。熱帯病対策にも取り組む。
フリードリッヒ・レフラー (1852-1915)
コッホの最初の助手。ジフテリア菌を発見。口蹄疫ウイルスを発見。
マックス・ペッテンコーファー (1818-1901)
ミュンヘン大学衛生学教授。ミアズマ説を信奉。コッホのコレラ菌病原説に反対してコレラ菌を飲む。
北里柴三郎 (1853-1931)
コッホ研究室に官費留学。破傷風菌の純培養。破傷風の血清療法の開発。
帰国後、伝染病研究所を創設。
エミール・ベーリング (1854-1917)
ドイツ陸軍軍医。コッホ研究室で北里と共同研究。ジフテリアの血清療法を開発。第一回ノーベル賞を受賞。
パウル・エールリッヒ (1854-1915)
結核菌の染色法開発。コッホの伝染病研究所客員研究員。後に実験医学研究所所長。抗体の側鎖説の提唱でノーベル賞を受賞。秦佐八郎と梅毒治療薬サルバルサンを開発。化学療法の父。
カール・フリュッゲ(1847-1923)
ベルリン大学教授でコッホの同僚。結核の飛沫感染を提唱。
ウイリアム・ウエルズ(1886-1963)
飛沫感染と飛沫核感染(空気感染)の概念を提唱。結核菌の空気感染を実験的に証明。
表2 主な出来事
年 名前 出来事
紀元前4世紀 ヒポクラテス ミアズマ説の提唱
1546 フラカストロ コンタギオン説の提唱
1670年代 レーウェンフック 微生物の初めての観察
1749 ジェンナー 誕生
1796 ジェンナー 最初の牛痘種痘
1822 パスツール 誕生
1823 ジェンナー 死亡
1840 ヘンレ 病気の細菌説を提唱
1843 コッホ 誕生
1847 ゼンメルワイス 手洗いによる産褥熱の予防を提唱
1848 パスツール 酒石酸塩の非対称性を発見
1849 スノー コレラの飲料水媒介説を提唱
1854 ナイチンゲール クリミア戦争に従軍看護師として参加
1854 スノウ ロンドンのコレラでの感染源の調査
1857 パスツール 乳酸発酵の微生物説を提唱
1859 ナイチンゲール 「看護の覚書」の出版
1865 パスツール カイコの微粒子病の調査開始
1867 リスター 石炭酸消毒による外科手術
1876 コッホ 炭疽菌のライフサイクルの解明
1879 パスツール 家禽コレラワクチンの開発
1881 パスツール 炭疽ワクチンの公開試験
1881 コッホ 「病原菌の研究方法」を発表
1882 コッホ 結核菌の発見
1883 パスツール 豚丹毒ワクチンの開発
1884 コッホ コレラ菌を分離
1885 パスツール 狂犬病ワクチンの開発
1886 北里柴三郎 コッホ研究室への留学
1888 パスツール パスツール研究所の創立
1889 北里柴三郎 破傷風菌の純培養に成功
1890 ベーリング、北里 ジフテリアと破傷風の血清療法の論文
1890 コッホ ツベルクリン開発
1892 北里 帰国
1895 パスツール 死亡
1896 コッホ 南アフリカでの牛疫対策
1897 コッホ インドでの牛疫対策
1897 レフラー 口蹄疫ウイルスの発見
1897 フリュッゲ 結核の飛沫感染の提唱
1898 コッホ マラリア研究
1901 ベーリング 第一回ノーベル賞受賞
1903 コッホ ローデシアにおける東海岸熱の研究
1905 コッホ 第四回ノーベル賞受賞
1906 コッホ ウガンダでの睡眠病の治療
1908 コッホ 日本訪問
1908 コッホ 米国での国際結核会議への出席
1910 コッホ 死亡
1961 ウエルズ 結核菌の空気感染を証明
