成長研究と実験動物 第19回

成長研究と形質転換動物


この項の内容は、1994年11月つくば市で開催された第26回成長談話会大会(大会々長吉田高志博士)におけるシンポジウム「ヒトの成長の背景を考える」での講演の一部です。 「成長」33,(2), 59-66(1994)の拙稿から引用しました。

Gordonら(1980)は、SV40とヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(TK)遺伝子からなるDNA断片をマウス胚の雄性前核に注入し、これを偽妊娠マウスの卵管に移植する実験を多数回繰返し子マウスを生産したところそのうちの2頭にTK遺伝子の発現をみました。 これが外来の遺伝子が導入された動物、形質転換(transgenic; t.g.)動物の初めての作出です。 この技術はその発現が比較的容易に識別できるGH遺伝子の導入に直ちに適用されました。 すなわち、Palmiterら(1982)は、プロモーターとして重金属によって転写レベルでの発現が導入されるマウスのメタロチオナイン遺伝子(MT-I,MT-II)を用い、その下流にラットGH遺伝子をつないだ合成遺伝子をマウス胚に注入し、その胚を仮親マウスに移植しました。 その結果21頭の産子を得ましたが、このうち導入したGHのDNAを有していたのは7頭のみでした。 ZnSO4を含む水を給与してプロモーターを導入したところ、導入マウス(t.g.マウス)の体重は同腹の対照マウスに比べて雄で1.17〜1.69倍、雌で1.02〜1.87倍と成長がすぐれ、血清中のGHレベルも高かったのです。 続いてHammerら(1985)はヒトhGRF遺伝子を同様な手法でマウスに導入したところ、hGRFの発現が血漿中にみられると同時にマウスのGHレベルも上昇して体重の増加がみられました。 そして、t.g.マウスのうち雌は妊性を有していましたので(hGHやrGH遺伝子t.g.マウスの雌は通常不妊)、正常雄と交配したところ体重(9週齢)増加などの発現が遺伝することが確認されました。 ヒトのhIGF−It.g.マウスも作出されました(Mathews,1988)。 このマウスではhIGF−I濃度が肝、膵、肺、腎などの多くの臓器で上昇し、成長も雌雄とも1.5ヶ月以降対照マウスに比べて有意に増加しました。 このようにして導入された外来の遺伝子は初代のt.g.マウスばかりでなくその子孫でも発現することも確められています(Nagaiら, 1990; Koopsand Grossman, 1991; Wolfら, 1990)。

t.g.動物作出はブタにも適用されました。 Millerら(1989)は、ヒトおよびウシbGH遺伝子とプロモーターとしてマウスMT-Iをつないだ遺伝子をそれぞれ胚操作によってブタに導入しました。 MT-hGHの場合18頭にintegrateされたうち11頭で、MT-bGHでは9頭中8頭でバラツキが大きかったもののそれぞれ発現がみられました。 本来のブタGH濃度はt.g.ブタで対照動物より低く、IGF−I濃度はt.g.ブタが対照動物に比べて3倍高かったといいます。 このように、t.g.ブタにおけるヒトとウシのGHはIGF−Iを増加させ本来のブタGHを抑制することから生物学的に活性を有すると考えられました。 Purselら(1989)は2世代後のt.g.ブタを用いてその利点、欠点を詳細に検討しています。 すなわち、t.g.ブタでは一日増体量と飼料効率が有意に改良され屠体の皮下脂肪も著減したものの、胃潰瘍が高率に発症したのをはじめ関節炎、心肥大、皮膚炎、腎臓病など有害な作用が認められました。 bGHやhGRF遺伝子とMT−I遺伝子をつないだ遺伝子が導入されたt.g.マウスでも高レベルの血清GHを呈したものの、腎臓系球体硬化症を伴なう内臓巨大症と巨大肝細胞を有していたといいます(Quaifeら, 1989)。 外来の成長に関与する遺伝子は宿主の成長促進のみに作用するのではなく、宿主の遺伝的背景とも関連してさまざまな症状を発現させるようです。

以上に対し、胚幹細胞(ES細胞)の開発は特定の宿主の遺伝子を欠如したt.g.動物の作出を可能にさせました。 ES細胞は発生能、分化能をともに有する培養細胞です。 マウスのES細胞に本来マウスの有する目的遺伝子と相同な遺伝子にプロモーター、ネオマイシン耐性遺伝子(neor)、ポリAシグナルをつないだものをエレクトロポレーションで導入します。 導入されたES細胞では目的遺伝子は不活化され、ネオマイシン耐性となります。 この耐性のある細胞を選択し、ホストマウスの胚盤胞(あるいは8細胞期)に注入して仮腹を通じてキメラマウスを作成します。 キメラマウスと正常マウスの交配により宿主の特性の遺伝子が欠けたt.g.マウス(ヘテロ型)が得られます。 いわゆるgene targetingです。 DeChiaraら(1990)は、成長促進因子の一つであるIGF−IIの発生学的な役割を調べるためにマウスの生殖系のIGF−II遺伝子に突然変異を誘発させるよう試みました。 すなわち、マウス由来ES細胞のIGF−II対立遺伝子の一つをgene targetingによって破壊しそれからキメラマウスを作出しました。 妊性のある雄を正常雌と交配して得られたIGF−II遺伝子欠損ヘテロのマウスは対照の同腹子マウスの体重の約60%しかありませんでした。 この結果は、IGF−IIがマウスの胚の発育に重要な生理的役割を果たしていることを直接証明したものです。

最後に、遺伝的に矮小なdwarf little(lit)マウスにラットGH遺伝子を導入した研究を紹介します。 この矮小マウスは、既に示したようにGH遺伝子は存在しますがGHのmRNAが欠損しているために血清中のGHとソマトメジンが減少しています。 そのために15日齢頃から成長が遅滞しはじめ、成熟時には正常マウスの約1/2の体重しかありません。 このマウスにラットおよびヒトGH遺伝子のみを導入した場合には成長の回復は認められませんでしたが、プロモーターとしてマウスMT遺伝子を用いこれとrGH遺伝子をfusionした遺伝子を導入したt.g.マウスでは体重が増加しました。 このマウスの雄は妊性を有していましたので正常雌と交配させてその子孫を2代にわたって観察したところ、この遺伝子は代々伝わり発現することがわかりました(Hammerら, 1984)。 この結果は遺伝子治療への可能性を示唆しています。

成長の機構および調節には多くのホルモン、因子が複雑に関与しています。 この機構を解明するには成長に重要な働きを有するホルモン、因子の遺伝子の導入によって生ずる生体内の反応とか、宿主の特定の遺伝子を破壊して生ずる反応を観察できるt.g.動物の果たす役割は大きいのです。 成長の疾患モデル動物やt.g.動物を有効に活用することによって、成長の調節機構を分子レベル、in vivoで解明することができると思われます。


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