成長研究と実験動物 第18回

成長研究と疾患モデル動物


今迄ずっとのべてきましたのは、動物には成長という一定のルールに従う現象があってそれを正確に把握するにはどうしたらよいかということで、どういうメカニズムで動物は成長し調節されているかという点には全く触れていませんでした。 いろいろな成長理論曲線の導出の際でも、それらはすべて成長の内部的(生理・生化学的)機構を考慮せずいわばブラック・ボックスにおける入力と出力の関係のみに着目しています。 アロメトリー式も、前項で述べたようにいわば経験式です。

成長は、遺伝因子やホルモン、そのリセプター因子、栄養、環境因子などが複雑に搦み合って調節されていて、まだその機構は完全にはわかっていません。 ただ、ホルモンについては、成長ホルモン(GH)をはじめ甲状腺ホルモン、インスリン、性ホルモンなどの関与が知られ、また、成長ホルモン放出因子(GRF)、インスリン様成長因子(IGF-I, IGF-II)などが重要な役割を演じていることがわかっています。 これらは下垂体摘出ラット、視床下部腹内側核一弓状核領域破壊ラットあるいはラットGHに対する抗体の連続投与(Gardner and Flint, 1990)などによって明らかにされたものです。 一般に、生体における特定の臓器あるいはそれらが生産している活性物質の働きを知るにはその臓器を外科的に取り除くことによって生ずる現象を観察することによって知ることができます。 下垂体の摘出は以前はかなり難しかったのですが今では比較的容易に行えます。 (財)動物繁殖研究所では、幼齢ラットの下垂体をわずか数分で摘出する技術を有しています。 それらは遺伝子工学によって作られた成長ホルモンの効力を調べるのに使われているそうです。

ところで、実験動物とくにマウスには発育異常を示すミュータントが多数検出されています。 これらは成長に関与しているホルモンが生合成または分泌の段階で、あるいはそれらのレセプターで異常があるなど原因はさまざまです。 そのうち成長の疾患モデル動物になり得るミュータントとその特性を以下に記します(Beamerら, 1981; Scanesら, 1983; 米田, 1987; Chartonら, 1988; Takeuchiら, 1990などからの引用)。


マウス

Snell dwarf;
XVI連鎖群の劣性遺伝子dwによるミュータント。 下垂体前葉における好酸性細胞とTSH産生細胞がほとんど欠損。 甲状腺低形成。 GH、プロラクチン、TSHはほとんど産生されない。 以上のために成長異常を示す。 雌雄ともホモでは不妊。 このマウスにはGH、サイロキシン(T4)、プロラクチン、TSHの順にホルモン投与の効果がみられ、併用投与ではGHとTSHがもっとも効果があるという。 GHあるいはT4投与により雄の生殖能力は回復するが雌では効果がない。
Ames dwarf;
劣性遺伝。 その遺伝子dfはXI連鎖群に属する。 症状は Snell のdwarfと同じ。
hypothyroid;
XII連鎖群に属する劣性遺伝子hytによるミュータント。 甲状腺機能低下、TSH上昇、血中コレステロール上昇。
dwarf little;
VI連鎖群に関する劣性遺伝子litによるミュータント。 GH遺伝子は存在するが、mRNAへ転写できずGHが欠損。
pigmy;
X連鎖群に属する劣性遺伝子pgによるミュータント。 下垂体からのホルモン分泌異常。


ラット

dwarfism;
劣性。 下垂体が正常の半分以下で体重(11週齢)は正常ラットの半分位しかない。 GH濃度は雄で正常の10%、雌で6%で非常に低いが、同じ下垂体から分泌されているLH、TSH、プロラクチンおよびACTHは正常レベル。 このラットに5日間GHを投与すると1日増体量は雄で2.6倍、雌で約4倍になる(Charltonら、1988)。
Spontaneously dwarf rat, SDR;
劣性dr遺伝子によるミュータント。 下垂体GH産生細胞欠損。 プロラクチン、ACTH、TSH、LH産生細胞は正常。 GHmRNAのスプライシングが異常。


ニワトリ

dwarf;
不完全劣性遺伝子dwによるミュータント。 dwが性染色体上にあるために雄はホモ型のdw/dwで、雌はdw/-で発現する。 このニワトリは血中のGHレベルは高いがSM活性が低い。 ヒトには、GHを投与しても成長効果がみられない低SM活性のラロン型小人症があるが、このニワトリはそれと類似しており、GHあるいはSMの作用機序を調べるための動物モデルとなり得る(Scanesら、1983)。


一方、以上のように成長障害をおこすのではなく成長を促進するミュータントもみつかっています。 Bradford and Famula(1984)はマウスの離乳後の成長を促進される劣性遺伝子(high growth, hg)を検出しました。 hgをホモにもつ個体はホモでないマウスに比べて離乳後の増体が30〜50%大きいのです。 同氏らはこの遺伝子をホモにもつ系統(hg/hg, line Ch)を作出し、この系統の体重、尾長、大腿骨長および各臓器重を正常の対照系統(Hg/-,line CH)と比較したところ、いずれもChの方がCHより有意に大きいことをみています。 しかし、各臓器の相対重、骨の相対長は両系統間で差がありません(Famula, 1988)。 hg/hgマウスに関する内分泌学的研究が進み上記成長障害を呈するミュータントとの比較が詳細になされたらホルモン等成長因子による成長のメカニズムとその調節は明らかになると思います。


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