1996年に発表された異種移植ガイドライン案がやっと正式ガイドラインとして、7月上旬に発表されました。3年間の間にかなりの議論が行われ、サルを用いる場合のガイドラインだけが1999年に発表されました。ただし、これは本講座(第76回)でご紹介したようにサルをドナーとすることの実質的禁止の内容です。今回のものは臨床試験に向けて、とくに感染リスクに限って作られたものです。特徴としては、臓器移植だけでなく細胞移植、体外灌流など指針の対象を異種移植のすべてに広げたこと、臨床試験のスポンサーの責任にまかされる面が増えたこと、具体的審査のための保健・福祉省長官異種移植諮問委員会(Secretary's Advisory Committee on Xenotransplantation: SACX)の設置を勧告していることです。英国では、すでに異種移植諮問委員会(Xenotransplantation Interim Regulatory Authority: XIRA)が発足しており、これと類似の組織になるものと思われます。 かなり膨大なガイドラインですが、その全体像は序文にまとめられていますので、その中の主な点を整理してみます。全文の約半分くらいです。おおよその内容を理解していただくための仮の翻訳ですので、文章が練れていないことをご了承ください。ガイドラインの部分は項目だけをリストアップしました。 なお、本ガイドラインの全文はhttp://www.fda.gov/cber/gdlns/xeno0500.txtでダウンロードできます。 |
PHS Guideline on Infectious Disease Issues in Xenotransplantation 異種移植における感染症問題に関する公衆衛生総局ガイドライン |
序文 |
「背景」 |
異種移植は期待される恩恵に対して、(1) 動物から患者、その接触者、そして一般大衆への感染の危険性、(2)複雑なインフォームドコンセント、および(3)動物福祉の問題を抱えている。1996年9月23日に米国保健省は「異種移植における感染症問題についてのガイドライン案」を発表した。これはCDC、FDA, NIHなどを含む5つの組織が合同で作成したものである。これに対して学会、企業、患者、消費者、動物福祉提唱団体、倫理専門家、研究者、ほかの政府機関、一般市民などから140以上の幅広い意見が寄せられ、これはFederal Registerに発表された。 保健省は1997年と1998年に2回の公開ワークショップを開催した。1997年7月の最初のワークショップでは動物種を越えて感染を起こすウイルスに関するこれまでの知見に焦点があてられた。そして、議論の焦点はドナー動物からヒトへの感染の可能性であった。そこでの基本的コンセンサスは種を越えての動物由来病原体の感染の例はあるが、異種移植で実際に起こりうる可能性は現在では確認できず、安全性と有効性を試験するための少数の十分にコントロールされた臨床試験の計画が妥当というものであった。この要約は以下に掲載されている。(http://www.niaid.nih.gov/dait/cross-species/default.htm) 第2回目は1998年1月に開かれ、異種移植に関する公衆衛生行政の問題、とくに行政の枠組み、国としての異種移植データベース、国の諮問委員会が議論された。(http://www.fda.gov/ohrms/dockets/dockets/96m0311/96m0311.htm) これらを通じて得られた広いコンセンサスは、このガイドライン案は重要であるから修正があっても実施すべきこと、そしてここで提案されている国の異種移植諮問委員会の設立であった。異種移植臨床試験を慎重に進める点については広い支持が得られたが、国の諮問委員会が設立されるまではモラトリアムを主張する人もいた。 1998年のワークショップではWHO、OECDと、異種移植に関する政策を検討している各国の代表も参加した。病原体の伝播には国境が存在しないことから、本ガイドラインは国際的視点にたって、公衆衛生の安全のために国際的対話を強調するものとなった。 この目的に沿って、現在、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、スウェーデン、英国、米国、それといくつかの国際機関(WHO, OECD, EC)が積極的に活動している。これらのガイダンスの一部のwebsideは末尾に紹介されている。 |
「ガイドラインの主な修正点」 |
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「目次」 |
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追加 |
前回は序文のみで、ガイドラインの本体は膨大なためにご紹介しませんでした。追加として、ガイドライン本体の中で、ごく一部ですが興味のある部分をピックアップしてみます。断片的なメモの形にしたため、「すべきである」という表現はほとんど削除しました。多面的に問題点をとりあげていることがお分かりいただけると思います。 暫定的安全対策として、全血液、白血球やプラズマなど血液の一部、組織、母乳、卵子、精子などの提供は一切差し控えるべきである。レシピエントと体液の密接な交換のある接触者、セックスの相手、ひげ剃りや歯ブラシを共有する家族、直接レシピエントに頻回接触する医療従事者なども同様である。 動物福祉法にしたがうこと。国際実験動物認定基準(Association for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Care International: AAALAC International)に適合した動物施設であること。 細菌、カビ、マイコプラズマは直接培養でスクリーニングする。さらにユニバーサルPCRプローブでの微生物の検出を試みる。 動物についての医学的記録は移植実施後50年間は保存する。 供給源(ドナー)候補の動物について検疫期間中に、獣医による健康診断、感染性因子(細菌、カビ、寄生虫、ウイルスなど)のスクリーニングを行う。これらのテストは臨床に使用するまでに成績が得られることを配慮した上で、移植の日になるべく近い時期に行う。 異種移植用に動物の細胞、組織、臓器を採取する際には、プラズマを採取し十分量を血清試験とウイルス試験用に保存する。さらに凍結白血球の保存バンクを設ける。供給源動物の臓器のホルマリン固定組織、凍結組織も望ましい。 最終的に異種移植用の供給源動物と「おとり」動物を廃棄する問題、とくに食用動物の場合の問題が予想される。一般的にこれらはペット、食肉やミルクのような人の食品、ほかの動物の餌に利用するべきではない。 動物の種類によっては人の食用やレンダリングによる餌としての使用が安全な場合もあるかもしれない。この場合はFDAのCenter for Veterinary Medicine獣医センターに相談すること。 保存用のレシピエント・サンプルの採取は、(1)異種移植前に1ヶ月間隔で2回。そのうち1回は異種移植の直前。(2)異種移植直後と約1ヶ月後と6ヶ月後。(3)最初の2年間は毎年。(4)その後、5年に1回ずつ生涯。 レシピエント死亡時には凍結保存サンプル、パラフィン包埋組織、電子顕微鏡用組織を解剖時に採取すること。これらは採取後50年間保存。 レシピエントからの臨床サンプルの取り扱いはバイオセーフティ・レベル(BSL)2の封じ込めおよび作業手順で行う。レシピエントから分離した未知の感染性因子を扱う時はBSL2の施設で、BSL3手順で行う。 免疫抑制処置を受けたレシピエントでは抗体により感染を検出することができないかもしれない。このような患者では、培養、遺伝子検出などの方法が必要である。未知の病原体の評価のためのアルゴリズムを専門家と相談して作っておくこと。 異種移植前に動物の組織や臓器を取り扱う医療従事者の感染リスクは、供給源動物に日常的にさらされている動物飼育員、獣医師、と場従業員と同等の安全対策を講じていれば、これらの人たちのリスクを上回るものではない。 国の異種移植データベースに関する試験的プロジェクトが進行中である。これが将来、十分に機能しうるデータベースに拡張されることが期待されている。法律で許される範囲内で、プライバシイを守った上で、データベースは一般利用可能になるであろう。 長官異種移植諮問委員会は現在、保健・福祉省により運営されている。ここでは、進行中のプロトコール、申請されるプロトコールを含む異種移植に関するすべての問題が検討される。また、一般討論のためのフォーラムも開催する。 |