1997年も後わずかで終わろうとしています。 来年はウイルス発見100年記念の年にあたります。 このことについて最近、日生研たよりの巻頭言に書いたものを転載します。 また、今度、「エマージングウイルスの世紀」という本を出版しましたので、これもご紹介させていただきます。 |
1. 巻頭言:ウイルス発見100年記念を目前に |
最初のワクチンである種痘は1796年、ジェンナーにより初めて行われ、昨年はその開発200年というウイルス学にとって記念すべき年となった。 それに続いて1885年、パスツールは狂犬病ワクチンを開発した。 種痘ワクチン、狂犬病ワクチンいずれも人類の福祉に大いに貢献したことはいうまでもない。 しかし、実際にウイルスの概念が微生物学の領域に登場したのは、これらのワクチン開発よりも後である。 最初のウイルスの発見は口蹄疫である。 現在と同様、畜産における大問題であった口蹄疫の研究を、ドイツ政府の命令で開始したコッホ研究所のレフラーとフロッシュは、口蹄疫にかかった牛の口と乳房の水疱を子牛へ接種する実験を行い、細菌フィルターを濾過したのちも、健康な牛に病気が起こせることを見いだし、濾過性病原体によることを実証したのである。 しかも彼らは天然痘、牛疫、麻疹なども同様の濾過性病原体であるという推論まで行った。 このように明白な成果が得られたのは、実際に牛に感染実験を行うことができ、しかも非常に特徴的な水疱性の病変を作る病気であったためである。 同じ年にオランダのバイアリンクはタバコモザイク病にかかったタバコの葉をしぼった液が、細菌フィルターを通過させても健康なタバコに病気を起こすことをみいだした。 これも、口蹄疫と同様に実験的に特徴的な病気の再現が可能であったためである。 このようにしてウイルスの存在は家畜と植物で初めて明らかにされた。 実験が困難な人のウイルスが見いだされたのは、20世紀に入ってからである。 来年は動物ウイルスと植物ウイルス発見100年にあたり、ドイツのフリードリッヒ・レフラー研究所では100年記念シンポジウムを6月に予定している。 その準備副委員長Helmut Wege教授は私を含め日本に多くの友人を持っており、日本の研究者の参加を大いに希望している。 植物ウイルスについてもオランダで同様の企画が予定されている。 ところで、細菌は顕微鏡で実体そのものが発見されてきたのだが、ウイルスの実体が見えるようになったのは電子顕微鏡の開発まで待たなければならなかった。 ウイルスの存在は、動物または細胞での病原性が指標となって認識されてきた。 ウイルスの実体ではなく、病原性という生物活性がウイルス研究の基盤となっていたのである。 ウイルスの物質的側面についての研究が進み始めたのは1970年代半ばの遺伝子工学の誕生からである。 それとともに、物質としてのウイルス研究が先端的と受けとめられる傾向が生まれ、ウイルスの病原性の研究はおろそかとなった。 しかし、エマージングウイルスの出現がきっかけとなって、ふたたび感染症の原因としてのウイルスへの関心が高まってきた。 100年前と異なり現在はウイルスの遺伝子や蛋白の構造など、物質としてのウイルスの実体を理解した上で、その病原性の解明を行うことが可能となっている。 とくに自然宿主での実験が可能な獣医ウイルス学にとっては、大きな進展が期待できよう。 なお、本文中のウイルス発見100年記念シンポジウムの日程は下記のとおりです。 スピーカーにはBrian Mahy, Stanley Prusinerを含め計20名のトップクラスの人が名前を連ねています。 関心のある方はProf. Dr. Werner Seidel, Ernst-Moritz-Arndt-Universitat Greifswald Institut fur Medizinische Mikrobiologie, Martin-Luther-Strasse 6, D-17487 Grefswald, Germanyに手紙で資料を請求して下さい。 |
2. エマージングウイルスの世紀 |
昨年春から取り組んでいた一般向けの本です。 この連載講座の内容を大幅に取り入れています。 目次のみを以下にご紹介します。 私の研究人生と人獣共通感染症の現状や問題点をからめたものです。 お読みになってご感想やご意見がいただければ大変幸いです。 なお、1カ所史実と異なる記載のあることが校了の後で気がつきました。 296頁に生物兵器の歴史として、1763年、南北戦争の時代に北軍総司令官がに天然痘患者に用いた毛布を用いた旨を書きましたが、これは7年戦争の時代にイギリス軍総司令官のあやまりです。 増刷の時まで修正できませんので、ここで訂正させていただきます。 「エマージングウイルスの世紀 -- 人獣共通感染症の恐怖を越えて」河出書房新社 (本文315頁) 序章 ウイルスはどのように見出されてきたのか
第1章 人獣共通感染症 - 種の壁を越えるウイルスたち
第2章 ウイルス研究の現場で - 麻疹ウイルスからスローウイルス感染、そして プリオン病へ
第3章 ワクチン - ウイルスとどう戦ってきたか
第4章 高度危険ウイルスの研究環境 - バイオハザード対策
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