人獣共通感染症連続講座 第57回

牛海綿状脳症(BSE)と新型クロイツフェルト・ヤコブ病 (CJD)の関連


ご存知の方も多いと思いますがNature (10月2日発行) に新型CJDがBSEにより引き起こされた可能性を強く示した2つの論文が発表されました。 これまで両者の関連を示す知見としては、本講座第47回でご紹介したロンドン大学インペリアル・カレッジのジョン・コリンジ教授の論文がありました。 ここでは、プリオン蛋白のウエスタン・ブロットでみられる3本のバンドのパターンが新型CJDは普通のCJDとは異なり、BSEを脳内接種したマウスやカニクイザルの場合と同じという成績です。

しかし、この実験ではスクレイピーは含まれておらず、エジンバラの家畜衛生研究所の成績ではスクレイピーにはあてはまらないことが報告されています(本講座49回)。 このほかに、フランスの原子力研究所のコリンヌ・ラスメザスのカニクイザルにBSEを脳内接種した成績がありました(本講座第43回)。 彼女の実験ではサルの脳に新型CJDの場合と同じ様な花模様の空胞病変が見つかったことが注目されています。 しかし、サルに食べさせた実験ではないという批判もあります。

今回、発表されたのは近交系マウスでの株のタイピングの実験の中間報告です。 この内容を簡単にご紹介します。


スクレイピー病原体を近交系のマウス(Sinc S7タイプ、Sinc P7タイプおよび両者を交配させた系統)に脳内接種すると、スクレイピー株により固有の潜伏期でマウスは発症し、脳の空胞病変の分布も株に固有のプロフィルを示します。 すなわち株の特徴がマウス接種で見られます。 なお、Sinc遺伝子はプリオン遺伝子に連関しているもので、Sincはscrapie incubationの略です。特定のスクレイピー株に対してs7はshort(短い)潜伏期、pはprolong(長い)潜伏期を示す特徴があります。

BSE牛をはじめ、BSEを実験的に接種した羊や豚、餌からBSEに感染した動物園の牛科動物(ニアラ、クーズー)などの脳乳剤で株のタイピングを行うと、すべて同じ特徴を示します。 このことはBSEにはひとつの株だけが存在していること、またBSE株の特徴は、羊、豚、動物園の動物にも伝えられていることを示しています。 もしも新型CJDがBSE牛を食べたことによる感染であれば、BSE汚染餌を食べた動物園の動物の場合と同様にBSE株の特徴を示すことが予想されます。

この株のタイピングは1995年からエジンバラの家畜衛生研究所で行われています。 新設のレベル3実験室で、これまでスクレイピーなどをまったく取り扱ったことはなくコンタミネーションの可能性のないところです。 私は昨年暮れに吉川先生と訪問しましたが、ここには入れてもらえませんでした。

この実験の中間成績が今回発表されました。 BSE株接種によりもっとも短い300日くらいの潜伏期で発症する系統(RIII)のマウスが、予想どうり300日くらいの潜伏期で発症し、しかも脳病変のプロフィルもBSEと同じでした。BSE株で次に発症するはずの系統(C57BL)も、発症し始めたとのことです。 これはBSEと新型CJDが同じ病原体によることを強く示しており、両者の関連を示す直接的証拠とみなせます。

この実験の責任者のモイラ・ブルースには、この論文が発表される1月ほど前にエジンバラで会いましたが、その際には、全部の系統のマウスの成績が出なければ最終結論は出せないと話していました。 しかし、論文の中では強力な証拠といっています。 なお、もっとも長い潜伏期の系統(Sinc S7 x Sinc p7)ではBSEの潜伏期は2年以上ですから、最終成績はさらに1年あまり待たなければなりません。

Natureの同じ号にはジョン・コリンジの論文も出ました。 これはヒトのプリオン蛋白遺伝子を導入したトランスジェニックマウスにBSEを接種した実験結果です。 このマウスが600日前後の潜伏期で発症し、その脳乳剤のプリオン蛋白のウエスタン・ブロットでのパターンが新型CJDと同じだったという成績です。 前述のマウスやカニクイザルの成績が、ヒト型マウスでも確認されたことになります。

なお、このトランスジェニックマウスはなかなか発症せず、昨年夏に私が彼に尋ねた時には500日経ってもまだ発症していないと語っていました。 BSEはヒトに感染しにくいことを示すものとして、期待されていたものですが、500日を越してから発症し始めたわけです。

現在、新型CJD患者は英国で21名、フランスで1名見いだされています。 とくにBSE発生10年くらいしてから、ほとんどが英国で発生しているという、時間的、地理的関連はBSE感染を示唆する重要な疫学的所見とみなされています。 これが小流行で終わるか、大流行の始まりかという議論も行われていますが、誰も分かりません。

潜伏期の長さも分かりません。 食人儀式で感染したクールーは、1950年代終わりにこの儀式が廃止された後に生まれた人での発生はなくなりました。 しかし、その前に生まれた人では現在でも毎年5〜6人の患者が出ています。 40年という長い潜伏期です。

また、これまで新型CJD 17人で調べた結果では、すべてプリオン蛋白遺伝子コドン129がメチオニンのホモ接合体でした。 英国では37%の人が、この遺伝子型です(日本人は90%以上)。 これらの人がとくに新型CJDになりやすい可能性も考えられます。 成長ホルモンからの感染では、最初バリンのホモ接合体の患者だけでしたが、昨年になってからバリンとメチオニンのヘテロ接合体の患者が出始めています。 アミノ酸構造の異なる2つのプリオン蛋白が存在するヘテロ接合体の人では長い潜伏期で発症する可能性のあることが、この成績から推測されています。

このふたつの論文のインパクトは強烈でした。 英国政府はBSEをヒト病原体とみなし、レベル3の規制を適用することを10月15日に決定しました。 といっても病原微生物の場合のレベル3の安全対策をそのまま、あてはめるわけではありません。 具体的にはHealth and Safety Executive (通常HSEと呼んでいます。 和訳は知りませんが、健康安全局とでもいうのでしょうか) の下に設置されている危険病原体諮問委員会 Advisory Committee on Dagerous Pathogens (通常ACDPと呼んでいます)がふたつのガイドラインを出しており、それを参考にすることになっています。 ひとつは、Precautions for work with human and animal transmissible spongiform encephal opathies (1994)、もうひとつはBSE: Background and general occupational guidance (1996)です。 前者は改訂版が来年はじめに出るそうです。 なお、前者は 6.50ポンド、後者は 5.50ポンドで、下記から購入できます。

HSE Books, PO Box 1999 Sudbury, Suffolk CO10 6FS, UKです。

HSEについては、あまり良く知りませんが私の理解しているかぎり、保健省の機関で病原体によるバイオハザードコントロールから組換えDNA実験の安全確認も受け持っています。 これは法律にもとずいて行われており、かなり厳重です。時には研究を圧迫するという意見も研究者から聞かされます。 といっても日本のように病原体の安全管理が自主規制のみで国の指針がないのも問題です。

ついでですが、私が英国家畜衛生研究所で数年前から行っている牛用の組換えワクチン(ワクチニアウイルスベクターを用いた組換え牛疫ワクチン)の長期免疫持続実験では、隔離動物舎で一定期間飼育した後、所内の牧場で飼育しています。 すなわち途中から部分的な開放系になります。 この計画を承認してもらうのに、かなり多くの実験成績がHSEから要求されました。



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