1988年以来、人に病原性のある新しいウイルスは40種以上出現しています。
これには再出現したものは含まれていません。
新しいウイルスは、たとえば1988年にはC型肝炎ウイルス、1989年にはE型肝炎ウイルスと大阪大学の山西弘一博士たちによってヒトヘルペス7型ウイルスが発見されています。
これらウイルスの出現の背景には社会状態の変化、とくに低開発国における都市化があります。
アフリカなどでは大家族化が起こり家族が集団で劣悪な衛生環境のもとで生活するようになってきました。
蚊などのベクター(ウイルスの運び屋)と接触する機会も増加しています。
デング熱や黄熱はベクターのコントロールが不十分なために増加しています。
またハンタウイルス肺症候群のように宿主の齧歯類の増加により発生した病気もあります。
全世界での死亡原因の大部分は感染症です。
感染症の増加には免疫不全の人の増加もかかわっています。
その一部はHIV感染によるものです。
また、がんや移植による免疫抑制も免疫不全の人を増加させています。
このような事態に対してのCDCの基本戦略はエマージング感染症の実体を周知徹底させることです。
その一つとしてパンフレット(Addressing Emerging Infectious Diseases)を作成し配布しています。
さらに新しい感染症対策についての計画を検討中で、これは今年の8〜9月にできあがる予定です。
これは5ないし6年にわたって年間予算1億2,500万ドルをあてるという大規模なものです。
そのうち、7,000万ドルはエマージング感染症にあてられます。
この活動には四つの主なゴールがあります。
第1はサーベイランスの改善で、主にアメリカ合衆国を対象としたものですが、インフルエンザのように全世界的なものも含まれます。
第2は研究で、とくに流行に対処するために診断技術の開発などの研究を推進することです。
その成果を各州の検査施設に移転することも重要なゴールです。
第3は予防・制圧対策を強化するもので、たとえばハンタウイルスについては膨大な情報がありますが、これらの情報を普及させて、予防・制圧の対策を強化するものです。
第4はアメリカ合衆国でのインフラストラクチャーを強化するもので、教育、研修なども含まれます。
これらの計画の対象は感染症すべてにわたるもので、ウイルスだけでなく、細菌、寄生虫なども含まれます。
これらが第1段階の計画であって、つぎに、慢性病の原因となる感染症に取り組む予定です。
まだよくわかっていない面が多くありますが、たとえば動脈硬化症にはサイトメガロウイルス、子宮頚がんにはパピローマウイルスの関与が疑われています。
そのほか多くのウイルスが慢性病の原因に関わっている可能性があります。
新しい感染症対策にはウイルスだけでなく、細菌や寄生虫などほかの微生物も含めます。
これがどのように成果をあげることになるか、そのよい例にインフルエンザがあります。
CDCはWHOのインフルエンザ協力センターの一つになっています。
香港のトリインフルエンザの騒ぎがおきた時に最初にCDCが行わなければならなかったのは、診断用キットの作成でした。
そのために高い力価の免疫血清をNIHを通じて入手しました。
これは、メンフィスにあるセントジュード小児研究病院のWEBSTER博士がNIHからの研究費でヤギを免疫して作成したものです。
この免疫血清2ないし3リットルを用いて、2〜3週間で500の診断用キットを作りWHOを通じて世界中に配布しました。
日本もその配付先に含まれています。
アメリカ合衆国には70のインフルエンザ協力センターがあり、そこでも同じキットで検査が行われました。
これまでCDCは、H1とH3型のウイルスの診断キットを作ってWHOを通じて供給していました。
しかし、香港で発生したH5型ウイルスに対しては診断キットはありませんでした。
昨年5月に香港で3才の少年が死亡した際には、H1とH3型ウイルス用のキットだけだったので診断ができず、2カ月の間放置されていました。
8月にオランダの調査団が訪問して検査した結果、初めてH5型ウイルスであることが明らかになったわけです。
それまでは誰もH5型ウイルスを疑ってはおらず、1968年に消えたH2型ウイルスを疑っていたのです。
この成績は英国とオーストラリアにあるWHOのインフルエンザ協力センターに伝えられ、そこでH5型であることが再確認されたのです。
CDCでも確認し、さらにわれわれはこの死亡した少年の気管からウイルスを分離し、それがH5型のインフルエンザウイルスであることを証明しました。
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