エボラウイルスをはじめ危険なウイルスによる病気の発生では世界中がCDCに依存しています。 そのCDCのレベル4実験室 (いわゆるP4) の危機的状況についてジャパンタイムスに論説がのっていましたので、紹介します。 世界中にP4実験室は5つあると書かれています。 米国に2つ(CDC, USAMRIID)、英国のMedical Research Establishment, モスクワのInstitute of Virus Preparations(天然痘ウイルスを保存しているのは世界でCDCと、ここだけです)、パスツール研究所(パリ)です。 パスツール研究所にはアルボウイルスと出血熱ウイルスのレファレンスセンターがありますが、はたしてP4かどうか、私は疑問に思います。 このほかに南アフリカ、ヨハネスベルクにNational Institute for Virologyがあり、1979年に竣工式典が開かれ、日本からも北村敬先生達が出席されています。 今回のザイールでのエボラ流行に際してもこの研究所からいちはやく研究チームが現地に行っていますが、この研究所は論説の中では触れられていません。 多分、実質的にはBL-4では動いていないのかもしれません。 この論説を読むと、なんでもCDCに頼むということで、これからのエマージングウイルスにはたして対処できるか心配です。 |
ジャパンタイムス 6月19日 もうひとつのウイルス;いったい誰に頼む ロウリイ・ガレットLaurie Garrett(Newsday) |
先月の初めにザイールのウイルス学者がキクウイト市内の患者が恐ろしいエボラウイルスに感染しているのではないかと疑った時、頼むことができた研究室は世界でただひとつアトランタの疾病予防センター(CDC)であった。 エボラのように極端に高い致死率で治療法のないウイルスの診断と研究を行うためのバイオハザードレベル4(BL-4)にほぼ合致するのは世界中で5つだけの研究室だけである。 WHO職員の最近の談話では、唯一の民間研究室であるCDCの特殊病原室がエボラのような危険な病原体について対処しうるところである。 エボラの発生から学んだ教訓についてインタビューを繰り返す度に公衆衛生関係者は今回の流行が素早く解決したことを誉めたたえている。 しかし同時に、人員、機材ともにきわめて乏しく、もしも、エボラのような危険なウイルスの流行がもうひとつ起こったとしたらCDC, WHOおよび関連機関はおてあげの状態になってしまったであろうと警告している。 匿名希望の米国高官によれば、今回はうまく弾丸をかわすことができた。 そこにはいくつもの幸運があった。 まず、流行が起きた場所がはるかに遠くしかも貧困地帯で起きたため、ほかに拡がることができなかったことである。 CDC感染症部門のルース・バーケルマン博士も同意見である。 エボラが起きたと知った時(流行が始まった時から4か月後)から我々はエボラの制圧ですばらしい働きをした。 そして同時にふたつの流行が起こらなかったことを喜んでいると。 CDCの実験室がキンシャサ大学のタムフン・ムエンベ教授から送られてきた血液と組織サンプルからエボラウイルスを同定するにはわずかに2日かかっただけである。 その時すでに、部分的には国際医療チームの努力で、また部分的にはウイルス病原性が低下の様相を示したために、160人以上を殺した後、ウイルスは衰えはじめていた。 アトランタにあるCDCのBL-4実験室ではわずか6人の研究者がエボラ危機の際に24時間ぶっ通しの交替勤務体制で激務にあたったのである。 予算削減と議会からの縮小要求のために1980年代と比べて研究者定員は7名減少している。 5月9日にキクウイトからの血液サンプルがエボラウイルスに汚染していることが判明して以来、研究室長C.J.ピータース博士は上司へのメモに研究室員の過重労働の結果、重大な事故が起こるかもしれないという警告を述べた。 BL-4という特殊な性格のためにCDCのほかの部署から人を回すという単純な埋め合わせは不可能だった。 その結果、流行の全体像を把握し動物宿主をみいだすために研究室はザイールから送られてくる何千もの人と動物の血液と組織サンプルに取り組まなければならなかった。 深海のダイバーのようにBL4内の研究者は不自由な防護スーツに包まれ、外から空気を供給しながら働いた。 実験室からのすべての空気、水、ごみは何段階かの滅菌処理の後に施設外に出される。 たとえザイールからのサンプルの多く(多分すべて)がエボラフリーであっても、すべてプルトニウムを取り扱う際のような注意を払って処理をしなければならないのである。 ちょっとした間違いでも研究者にとって致命的になり、もしもBL-4封じ込め施設から漏出すれば社会に危険をもたらすかもしれない。 20年前にはCDCは今回のような事態に対して実験作業をふたつの流れに分けて対処できた。 すなわち、インフルエンザの新しい株のような危険性の低いと思われるサンプルはBL-3実験室にまわし、もっとも危険性が高いサンプルのいくつかは世界中の4ケ所の別の高度安全実験室にまわすことができた。 WHOによればほかの4ケ所のBL-4実験室はもはやCDCの代わりにはなりえない。 モスクワにはソビエトのビッグサイエンスの全盛時代の遺物であるBL4実験室があるが、最近ではロシアの公衆衛生や研究の衰退とともに老朽化してしまった。 英国のソールスベリーにあるポートンダウン生物兵器研究施設は予算削減の結果、もはやBL-4の基準には合わなくなった。 この2、30年間、CDCのバックアップを勤めてきたのはパリのパスツール研究所であった。 しかし、WHO担当者は危険なサンプルをこのフランスの研究所に送ろうとはしない。 それはここの研究者が昨年秋にエボラに汚染した血液で研究をしていた際に発病したことがあったためである。 この血液はコートジボアールから来たもので、ここではスイス人研究者がチンパンジーの解剖中にエボラウイルスの新しい株に感染した。 このふたりともに回復している。 (連続講座第3、4回参照)。 唯一残るのはメリーランドにある米国陸軍のフォートデトリックの研究室である。 ここでもまた、米国の財政赤字の減少のために国防省が規模の縮小と予算削減を行っている。 CDC筋によれば、ピータース博士はかってフォートデトリックで働いており、そこの研究者と密接なつながりを保っているが、この軍の施設にザイールからのサンプルの解析について協力を得ることはできなかった。 しかし、軍は近いうちに7名の経験豊かなBL-4研究者を疲労困憊したCDC特殊病原室職員を助けるためにCDCに一時的に貸し出す予定である。 一方、CDCはエボラ以外の仕事を2つのBL-3施設におろすことはいやがっている。 これらの40年経った建物はかなり老朽化しており、外部からの査察で5年以上前から使用禁止が迫られている。 もっとも重大な警告は汚染の可能性のある空気を研究者とは反対の方向に吸引するように設計されていたベンチレーションシステムが実際には逆の方向に空気を吹き出していたことが分かったことである。 そして過去4年間に3名の研究者が自分達が研究していた病原体に感染・発病した。 アメリカ人にとってはるかかなたのアフリカでの外来性疾病の流行は自分にまったく関係ないことかもしれない。 とくに国内での政治的関心が財政の安定化に向けられている現在では。 しかしWHO特殊ウイルス部長ジェームス・ルドユック博士のような全世界の公衆衛生に関する専門家にとっては、CDCは世界でNo.1の公衆衛生のよりどころである。 ルドユックによれば「CDCは町の中のただひとつの野球場なのだ」。 |