人獣共通感染症連続講座 第73回

マレーシアにおけるヘンドラ様ウイルスの出現


マレーシアでは日本脳炎による死亡者が昨年末から多発していましたが、今度は数日前にオーストラリアで人と馬に致死的感染を起こしたウマモービリウイルス(現在はヘンドラウイルスの名前が一般的になっています)に似たウイルスが患者から分離されました。

これらのニュースはProMedにも連日掲載されていますので、それを中心に現状をご紹介しようと思います。 オーストラリアについで、東南アジアでエマージングウイルスの発生ということになりそうです。


1. 日本脳炎による死亡者の多発

日本脳炎は豚がウイルスの増幅動物となっていて、豚で増えたウイルスが蚊を介して人への感染を起こします。 日本では厚生省が毎年、日本全国の豚の血液について日本脳炎ウイルスの抗体調査を行って流行を予測しています。 それによれば毎年、蚊が発生する夏頃から抗体陽性の豚がまず九州など南の地域に現れはじめ次第に北上して秋頃には東北地方まで広がります。 時には北海道でも見つかります。

豚では妊娠中に感染すると死産や奇形を起こしますが、それ以外はあまり問題になるような病気は起こしません。 豚に対しては死産防止などを目的として日本脳炎ワクチンの接種が行われています。 ワクチンとしては不活化ワクチンと生ワクチンがあり、いずれかが用いられます。

ところで、昨年10月以来マレーシアでは日本脳炎による死亡者が続出し3月19日現在で少なくとも53名が確認されています。 クアラルンプールの南100キロのところのネグリセンビラン州ではこれまでに33名が死亡しており、この人たちはすべて養豚場で働いている人、またはその近くで生活していた人です。

マレーシア政府は日本脳炎の死亡者の多発に対する対策として豚の殺処分を開始しました。 ネグリセンビラン州の3つの村では毎日3万5千頭を10日以上にわたって殺す予定とのことです。 モスレムは豚を不浄なものとみなすため、この作業には非モスレムの兵士と警官2,300名が参加する予定です。 この作業は午後5時には終えることになっていますが、それはこの時間になると日本脳炎ウイルスを媒介する蚊の活動が盛んになり感染の危険性が増すためです。

また、養豚農家約3万人と養豚場の近く2キロ以内に住む15才以下の子供26万2,500人にワクチン接種を無料で行う予定だそうです。 ウイルスを媒介するコガタアカイエカの飛翔距離が2キロということから、この方針になったものと思われます。

ほとんどの養豚業者は中国系の仏教徒であり、国民の多くががモスレムのマレーシアではこの問題は政治的にデリケートなものになりそうです。


2. 第2のウイルス、ヘンドラ様ウイルスの分離

日本脳炎との診断で入院していたネグリセンビランの養豚家にヘンドラウイルスに類似のウイルスがみいだされたとの報告が3月20日にマレーシア厚生省から発表されました。 それによれば入院患者98人中19人にウイルスがみつかったとのことです。 ウイルス分離はクアラルンプールの大学病院とCDCの協力で細胞培養で行われました。 これまでのところ人からの分離だけで、豚からは分離されていません。 このウイルスが豚の間で流行しているのか、また豚から人へ伝播したものなのか、まだ不明です。 CDCは8名のチームをマレーシアに派遣しましたので、これから実態が解明されることと思います。

患者の発生に日本脳炎ウイルスとヘンドラ様ウイルスがそれぞれ、どの程度にかかわっているのかも不明です。

ヘンドラウイルスと同じものかどうかはまだ確認されていないため現在のところヘンドラ様ウイルスとして取り扱われています。

ヘンドラウイルスの場合、馬で致死的感染を起こしたことから、ヘンドラ様ウイルスが馬に感染を起こすのではないかという点も問題になっています。 マレーシアのとなりのシンガポールでは騎手や調教師などについてヘンドラウイルスの抗体検査を行うかもしれないというニュースが3月22日づけのジャパン・タイムスにのっていました。


3. ヘンドラウイルスについての補足

旧名のウマモービリウイルスについては本講座の第1回でまずとりあげ、その後、第40回46回70回と取り上げてきました。 それらの内容と重複する点がありますが、マレーシアのヘンドラ様ウイルス分離に関連のある面について解説してみます。

まず、ヘンドラウイルスという名前ですが、これは最初の流行が起きた厩舎にちなんだものです。 第70回でご紹介したようにウマモービリウイルスは、遺伝子構造から当初提案されたパラミクソウイルス科モービリウイルス属ではなくパラミクソウイルス科の新しい属(メガミクソウイルス属が提案されていますが、どうなるかは不明です)に分類すべきという意見が強くなりました。 そこで、ヘンドラウイルスの名前が普及しつつあります。

ヘンドラウイルスは馬と人で致死的感染を起こしました。 馬の感染は自然宿主のオオコウモリからと推測されています。 感染実験では猫で致死的な肺炎が起きています。 このほかにモルモットにも感染が証明されています。 したがってこれまでに分かっている感受性動物は人、馬、猫、オオコウモリ、モルモットということになります。 しかし、豚への感染実験は報告されていません。 これからおそらくオーストラリアで試験が行われることと思います。


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