オーストラリアのシドニーで8月9〜13日に第11回国際ウイルス学会が開かれました。 3年に1回開かれるウイルス学領域最大の学会です。 参加者は2,500名、演題は全部で1,762題でした。 人獣共通感染症関係では、ニパウイルスのセッション、エボラウイルスなどフィロウイルスのセッション、プリオンのセッションなどで最新の研究成果が発表されました。 今回はニパウイルスと、近縁のヘンドラウイルスを取り上げてみます。 ニパウイルス感染発生の経緯はすでに本講座第73,74,80回でご紹介していますので、なるべく重複をさけて新しい情報を中心ににまとめてみます。 エマージングウイルスのワークショップは初日の午後1:30から6:30までCDCのブライアン・マーヒーとフィンランドのヴァヘリVaheriが座長で開かれ、ここでニパウイルスについて6題の発表がありました。 このほかにポスターセッションでニパウイルスとヘンドラウイルスに関する発表が5題がありました。 ニパウイルスの分離はマラヤ大学医学部微生物学部のサイ・キット・ラムSai Kit Lam教授の研究室のコー・ビン・チュアKaw Bing Chuaで、彼がCDCにサンプルを持参して同定した経緯は本講座74でご紹介しました。 ラム教授がウイルス分離の経緯を発表しましたが、これまでに本講座で紹介してきたものとほぼ同様の内容でした。 興味があったのは、ウイルスが分離されてから同定までの期間は17日間であったこと、そして患者ののどのぬぐい液や尿の中にウイルスが含まれていることから院内感染防止に、このことを注意する必要があることを強調していたことです。 なお、Scientific American8月号にコー・ビン・チュアの大きな写真とともにニパウイルス感染の経緯が紹介されています。 日経サイエンス9月号に日本語訳がのるそうです。 マレーシアではヒトのサンプルの検査はマラヤ大学医学部、ブタのサンプルはイポIpohにある獣医学研究所Veterinary Research Institute (VRI) になっています。 ついでですが、VRIは日本のJICAが援助しているところです。 ここの所長のジャマルディン・アジスJamaluddin Azizがマレーシアの動物での病像をまとめて紹介しました。 子豚では呼吸器系を冒されるものが多く、肥育豚では神経系、妊娠豚や種豚では急性熱性が多い傾向というまとめでした。 イヌでは主に呼吸器系、ヤギでは軽い咳がみられ、ウマでは臨床症状はとくにみられないと話していました。 もっとも非公式にはウマでの発病が伝えられていますので、詳細は不明です。 またポロクラブのウマでは47頭中5頭(10.6%)が抗体陽性だそうです。 ProMEDでは2頭が抗体陽性といわれていますので、それよりも多い成績ということになります。 800以上の農場で抗体を調べた結果では25以下の農場(3%以下)であったと抄録には書かれています。 オーストラリア家畜衛生研究所のピーター・ダニエルスPeter Danielsは自然感染動物での病変としてブタ、イヌ、ネコ、ウマでの検査成績を発表しました。 ブタの場合はこれまでの本講座で書いている内容と同じですので割愛します。 イヌは末期例の写真を見せてくれましたが、全身性の血管炎、間質性肺炎が特徴的で、ウイルス抗原は肺、腎臓、脳などで検出されました。 ネコの場合もほぼ同じです。 ウマは脳と脊髄だけが検査に提出され、そこでは軽い脳炎の病変とウイルス抗原が見いだされました。 ニパウイルスのブタとネコへの感染実験はCSIRO家畜衛生局のミッドルトンD. Middletonが発表しました。 実験の主な目的はブタでの病気の再現と、ウイルスが排出される経路を調べることです。 ブタ、ネコともに3頭ずつに皮下または経口接種を行い、同居感染を調べるために、それぞれ1頭ずつを同居させています。 こまかい成績は省略しますが、ブタは皮下では神経症状または呼吸器症状と発熱、経口接種では軽い発熱を示しウイルスは扁桃と血液から分離されています。 同居対象では症状はとくに見られませんでしたが、ウイルスは扁桃から分離され、同居感染が起きています。 ネコでは発熱が見られ、1頭が呼吸困難で安楽死、1頭は回復しています。 ウイルスは扁桃や尿から分離されました。 ブタ、ネコいずれでもヘンドラウイルス感染の場合と非常によく似た病変と判断されています。 ニパウイルスの自然宿主についてはクイーンズランド第一次工業省・動物研究所のヒューム・フィールドHume Fieldが1999年4月から5月上旬までに10カ所で採取した果食コウモリ8種類と食虫コウモリ6種類について調査した結果を発表しました。 これまでにジャワオオコウモリPteropus vampyrusで10%、ヒメオオコウモリPteropus hypomelanusで27%、コイヌガオフルーツコウモリCynopterus brachyotisで3%、ヨアケオオコウモリEonycterus spelaeaで5%の陽性率で抗体が見いだされています。 ほかの種類からは見つかっていません。 ウイルス分離はまだできていませんが、ヘンドラウイルスの場合と同様にオオコウモリが宿主であることはほぼ間違いないと考えられます。 ニパウイルスの遺伝子解析はCDCのポール・ロタPaul Rotaが発表しました。 彼は麻疹ウイルスセクションの分子生物学者です。 一般にニパウイルスとヘンドラウイルスは核酸レベルで20%、アミノ酸レベルで11%異なるといわれていますが、各遺伝子別に見ると、アミノ酸レベルではN (92.1), P (67.6), V (81.1), C (83.2), M (89.0), F (88.1), G (83.3)、核酸レベルではN (78.4), P (70.1), V (88.5), C (85.0), M (77.1), F (74.2), G (70.8)です。 ニパウイルスはヘンドラウイルスとともにパラミクソウイルス科、パラミクソウイルス亜科の新しい属に分類されるはずです。 ただし、新しい属の名前がどうなるかは分かりません。 ウイルス分類国際委員会が現在検討中で、近く発行される7th Reportof International Committee on Virus Taxonomyで発表されるはずです。 本当はこのレポートは今年の9月に発行される予定でしたが大分遅れています。 オーストラリアグループが提唱しているメガミクソウイルス属の名称が受け入れられる可能性はあまり高くないようなうわさです。 なお、ヘンドラとニパウイルスに幾分近いウイルスとして原猿類のツパイから分離されたツパイ・パラミクソウイルスというものがあります。 これはドイツのハイデルベルク大学のダライDarai教授グループが大分以前に分離したものです。 これの分類がどうなるかも興味のあるところです。 |