本講座ではこれまでに何回か異種移植の話題を取り上げてきました。 それらをもとに幅広く異種移植の全体像について、今回「異種移植」という本を河出書房新社から出版しました。 ご参考までにまえがきと目次をご紹介させていただきます。 ご意見やご感想をお寄せいただければ大変幸いです。 |
まえがき |
臓器移植はシクロスポリンをはじめとする免疫抑制剤の開発と医療水準の向上により確立された医療となってきている。 わが国では1999年に初めての脳死からの移植が行われ、移植医療の普及が期待されている。 しかし、すでに脳死からの移植が広く行われている欧米では深刻なドナー不足が大きな問題になっている。 全世界で移植を待っている患者は年間10万人に達するともいわれている。 ドナー不足の根本的解決の手段として登場してきたのが動物の臓器を用いる異種移植である。 1980年代半ばから本格的になった異種移植の研究は人の補体制御蛋白遺伝子を導入した豚の作出により現実的な医療技術として期待されるようになってきた。 一方で、豚の臓器を用いることに対する生命倫理の問題、さらに豚由来のウイルスによるリスクといった問題が大きく取り上げられてきている。 とくにウイルス感染の問題は患者個人にとどまらず、周辺の人々、最悪の場合には社会も巻き込むおそれのあることが指摘されている。 21世紀の重要な医療技術としての期待の反面、第2のエイズの危険性といった側面が問題になってきているのである。 この新しい医療技術を受け入れるかどうかを最終的に決めるのは社会である。 そのためには科学的基盤をはじめ周辺の問題も含めて一般の人々への情報提供が不可欠である。 個々の医療で患者へのインフォームド・コンセントが普及してきているが、異種移植では社会へのインフォームド・コンセントが求められているといえよう。 そのためには研究開発の段階から、一般社会へのわかりやすい説明が必要である。 本書はそのような観点からまとめたものである。 ところで、日本では移植に関する本は多数出版されているが、ほとんどが脳死に関する記述でしめられていて医療技術としての移植という側面が一般にはあまり紹介されていない。 そこで、本書では、まず移植がどのようにして確立された医療技術になってきたか、その歴史を振り返ることにした。 その後で、本題の異種移植の基盤となる研究についての解説を試みた。 異種移植での主役になる豚も取り上げた。 豚の貢献を理解していただきたいという、獣医学出身の私の個人的な感情も加わったものである。 もっとも大きな問題とされているウイルス感染のリスクは、ウイルスが専門の私にはきわめて身近な問題でもある。 異種移植でこれが問題になってきた背景をエマージングウイルスという観点からとらえた上で、考えられるリスクについての解説を試みた。 異種移植では感染とならんで生命倫理がきわめて重要な問題である。 医学研究および医療での生命倫理の対象は患者だけではない。 実験に用いられる動物も含まれている。 そこで、医療の面での異種移植の倫理と動物福祉の両者をとりあげた。 とくに動物福祉は私の専門にも関連する分野である。 しかし、これもまた全体像についての解説書は日本には皆無であるため、幅広く動物福祉の問題について解説を試みた。 そして、最後にクローン羊に象徴される動物バイオテクノロジーを異種移植の基盤技術という観点からとりあげた。 各章はそれぞれ独立した内容になっているが、いろいろな形で異種移植とその周辺の問題につながるものである。 本書が異種移植の総合的な理解にいささかなりとも役立てば幸いである。 |
目次 |
プロローグ ベビー・フェイの20日間
第一章 移植の歴史
第二章 臓器不足
第三章 異種移植の時代へ
第四章 移植ドナーとしての豚
第五章 感染のリスクと対策
第六章 異種移植の倫理
第七章 動物福祉
第八章 動物バイオテクノロジー
ミスプリントの訂正 かなり注意して見たつもりでしたが、やはり活字になってみるとミスプリントが見つかりました。訂正させていただきます。
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