118.中国全土に広がったアフリカ豚コレラとはどんな病気か
アフリカ豚コレラは、1921年、英国のロバート・モントゴメリー(Robert Montgomery)により、当時英国植民地のケニアで発見された。最初、東アフリカ豚コレラと呼ばれたが、アフリカに広く存在することからアフリカ豚コレラ(African swine fever、ASF)と呼ばれるようになった。それまでswine feverと呼ばれていた豚コレラはclassical swine feverに変更された(114回参照)。
原因のアフリカ豚コレラウイルス(ASFV)は、大型の DNAウイルスで、イボイノシシの穴に生息するヒメダニに持続感染していて、それが豚に広がったと考えられている。豚やヨーロッパのイノシシでは、致死的な感染を引き起こす。一方、アフリカのイノシシ(イボイノシシやヤブイノシシなど)では、無症状のまま持続感染を起こすため、野生動物間でのウイルス保有宿主となる。
豚はダニに噛まれたり、汚染した肉を食べることで感染する。発症した豚では多量のウイルスが鼻汁や唾液に存在し、糞便や尿にもかなりの量のウイルスが含まれる。
豚の間では、直接接触、同じ建物内ではエアロゾルにより急速に感染が広がる。人や器物を介しても広がる。英国パーブライト研究所での実験では、感染性ウイルスの半減期は糞便では8〜9日、尿では4℃で1ヶ月を越え、37℃でも20日弱と、尿の中でウイルスは長期間生きていることが推測されている。
感染した豚では100%の致死率に達することもある。一方で、毒性の低いウイルスでは30〜70%の致死率で症状も軽い。回復した豚では持続感染が起きることがあり、このような豚から分離されたウイルスでは毒性が低下しているものもある。ウガンダやケニアでは、見たところ健康な豚からASFVの遺伝子が検出されていて、毒性の低いウイルスが循環していると推測されている。
ASFは、ヨーロッパに侵入するまでは、局地での病気として関心は限られていたが、1957年にスペインとポルトガルで発生してから注目されるようになった。1978年にはカリブ海諸国と地中海地域に広がった。これらは船からの残飯を介したものと推測されている。
2007年には、南コーカサスのジョージアで発生が起きた。ウイルス遺伝子解析の結果から、ウイルスは黒海沿岸に南アフリカから寄港した船の残飯により持ち込まれたと考えられている。ウイルスは、コーカサス地方からイラン、ロシアへと広がり、ロシア連邦では2008年以来、常在している。
2018年8月初旬、中国北部の遼寧省でASFが初めて確認された。続いて黒竜江省、内モンゴル、河北省でも見つかった。ウイルスはロシアから持ち込まれたと推測されている。最初に発生した遼寧省の省都である瀋陽市で分離されたウイルスの遺伝子配列は、ロシアやポーランドで分離されたウイルスとほぼ同一だった。
中国はロシアからの肉製品の禁輸を2016年に解除していた。米国との貿易戦争により、米国からの輸入に関税をかけたため、ロシアから豚肉を買うようになり、それがきっかけでウイルスが持ち込まれたとの批判もある。一方、ロシアは、東ヨーロッパから輸入した豚肉が原因の可能性が高いと主張しているという。
発生は12月には、中国南部の広東省広州市に広がった。 2019年1月のFAOの報告では、これまでに23の省と自治区で100以上の発生があり、85 万頭以上の豚が殺処分されたと伝えられている。台北タイムズ紙によれば、国立台湾大学の賴秀穂名誉教授は、この数は実際よりも低く、約4億3000万頭飼育されている豚のうちの1億頭が感染している可能性が高いと指摘し、感染した豚が食肉処理場に送られ、汚染した豚肉が市場に出回っているため、撲滅は不可能だろうと語っている。
2019年1月3日のロイター通信によれば、デンマークのファンドが共同運営している黒竜江省の大規模養豚場(年間38万5000頭を生産)で、4600頭あまりが感染して3700頭あまりが死亡し、残る約7万頭が殺処分されるという。デンマークは安全対策など、すぐれた飼育管理技術を持っているが、そこでもウイルスの侵入を防げなかったのである。
ASFのワクチンはできていない。ASFVは、天然痘ウイルスとほぼ同じ17万ないし19万塩基対のDNAゲノムの大型ウイルスで、150ないし167のタンパク質をコードしている。そして、免疫反応を回避するさまざまな戦略を持っている。そのため、ワクチン開発は容易ではない。
米国農務省のプラムアイランド動物病センターでは、ゲノム編集技術で特定の遺伝子領域を除去した弱毒ワクチンの開発が進められている。英国パーブライト研究所では、エイズワクチンなどで用いられているプライム・ブースト方式のワクチンが検討されている。これは、防御に関わると推測されるウイルスタンパク質をサブユニットワクチンとして、最初に接種したのち、このタンパク質を発現するワクチニア・ベクターワクチンで追加免疫を与えるものである。
欧州委員会は、2017年にASFワクチン開発のためのロードマップを発表し、多くの技術的な問題点を具体的に指摘している。ワクチン実用化には8―10年を予想しており、殺処分を中心とした現在の対策に頼らなければならない。
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